第10話 帰路
天井が白い。ただ暇潰しに染みの数を数えようにもこの天井には染みが存在しなかった。
病院七不思議もビックリだ。ただ、変わった模様が入っているので見てて飽きなかった。日本には観られない模様だから。
今日でこの病院を退院できる。やっと医師から輸送機に乗って良いと許可がおりたのだ。
いつもなら谷口の奴が甲斐甲斐しく通い妻のように面会に来て世話をしてくれるのだが今回は勝手が違う。
なぜならオレの世話をしに来てくれたのが、メイド少女だったからだ。
世の男達からバッシングを受けてしまうような状況だ。美少女メイドに世話をされる入院生活なのだから。
しかし、オレはなんでメイド少女に世話をされることになったのか訳が分からなかった。
急にタルーム王子がやって来てオレの世話をさせることにしたって嵐のように去っていったのだ。
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タルーム王子に仕えているメイドのアイシェです。
私は、世の女性がいうビビビっときた所謂"一目惚れ"をしました。
御相手は命の恩人の篠崎様という日本の兵士さんです。
彼は私を庇って敵から背中を撃たれました。
防弾チョッキは着ていましたが、至近距離だったため肋骨にヒビが入ったみたいです。
その為飛行機で帰れるようになるまで1週間程入院することになりました。
そこで私はタルーム王子に無理を承知で篠崎様の身の回りのお世話を出来ないかお願いした所、直ぐにOKがでました!
ただ、タルーム王子がニヤケ顔だったのが気になります。
シャリー姉様も事後処理はこちらでやるから行ってきなさいと言ってくれました。
最初は緊張してぎこちなかったですが、直ぐに仲良くなれました。
これもタルーム王子による日頃の教育の賜りものだと思います。
まず、王子の趣味である日本の"アニメ"なるモノを宮殿に完備している特大ホームシアター(座席100名分)で王子と兵団の人達数名と一緒に毎日最低2時間は観てました。
私は映像が兎に角綺麗でみとれてしまい日本のアニメを凄く好きになりました。
他の兵団の方達は気配を消して一人また一人とホームシアタールームから抜け出して、最後まで残っているのはムハド様とシャリー姉様と私位しか残っていません。
他の方達はあまり興味がなかったかもしれません。
そして、もう一つは"マンガ"です。
宮殿にある書庫には歴史や数学、天文学といった書物の他に王子の趣味である"マンガ"という薄すぎず厚すぎない丁度よい厚さの書物が何百冊と保管されています。このマンガは挿し絵がメインで挿し絵の人物が喋っているセリフが書かれており、何となくこういう風に喋っているんだなと理解がしやすかったです。
マンガは書庫のお掃除に来たときに王子から勧められるのを読んでいたらまた面白く好きになりました。
そう私はアニメとマンガで日本語を話せるようになり、少しだけ日本語を書けるようになったのです。
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「アイシェさん、1週間ありがとう。お陰で異国の病院でも楽しく過ごすことができました」
オレは素直に感謝の気持ちを伝えた。
「いえ、私の方こそ命を助けて頂き本当にありがとうございます。私は仕事柄身の回りのお世話をすることしか出来ませんでしたが……」
アイシェちゃんの顔が急に赤くなり出した。
……多分"あのこと"を思い出したのだろうか。
オレにとって"あのこと"とは珍事件である。
入院初日の夜、どうしても小便がしたくなった。しかし、あまりにも肋骨が痛くてもがき悩んでいたところ帰りの挨拶に来たアイシェちゃんに見つかった。
彼女は直ぐに察した。流石、宮殿に勤めるメイドである。
しかぁし、このあとの彼女の行動に驚いてしまった。
「……篠崎様!あまり(トイレを)我慢しすぎると体に毒です!これを使いましょう!」
彼女が取り出したのは男性用尿瓶だった。
尿瓶とは入院中にトイレに行けない人がベッド上で小便をする入れ物だ。
ただ、オレの"息子"を入れ物の入り口に入れなければならない。その時のオレは使い方を知らなかった。
「さっ!遠慮なさらず!使い方は私がお教えいたします!」
…??じゃお願いしますといい流れになったが……
「でば、まずズボンと下着を脱いでください!」
「っえ!?」
おいおいいきなり痴女発言がでた。
「さぁ!」
「いやいやいや、さすがに無理です!」
「何を言ってますか!さぁ!」
アイシェちゃんはオレのズボンを脱がしにかかろうと手をかけてきた。
今のオレに彼女の力を振り払うことすら困難だ。このままではオレは何かを失う気がした。
「それは自分でやりますし、口答で教えてくれれば……………あっ………………」
下半身がスースーする。
瞬時に理解した。
オレの髪の毛が生えたゾウさんが顔を出したのだ。
恐る恐るアイシェちゃんの顔を見た。
「……えっえっ!?……違う……弟のと違う……」
少しゾウさんが顔を上ゲかけてきた。
静まるのだ!息子よ!今はそんなときではない!
と、心の中で語りかけるが所詮はオスのゾウさん。ぱぉーん?ってな感じで言うことを聞かなかった。
アイシェちゃんの顔がみるみる赤くなり出した。
「きっキャーー!!」
激しく同様していた。…オレもだよ。
いきなり叫んだと同時にオレのゾウさんが殴られた。
そのままアイシェちゃんは病室から飛び出していった。
そしてオレは無駄に負傷した。
これが"珍事件"の全貌だ。
翌朝、タルーム王子とシャリーさんと一緒にアイシェちゃんが謝罪しに来た。
「大変お恥ずかしいことをしてごめんなさい」
アイシェちゃんが謝った。
「気にしないで下さい、あれは事故ですから」
と、答えるのがやっとだった。
「浩司よ、貴様も手が早いな!流石に余も1日でそんな関係になるとは予想もしなかったぞ!ワッハッハ」
王子は咎めもしなかった。耳元で
…それで、本当の所どこまで致したのだ?よいよい、私は寛大だ。アイシェも美人になる素質を持っている。その気持ちはわかるぞ。で、どこまでいったのだ?
このエロ王子。
自分のメイドをなんだとおもっているんだ。
横からシャリーさんが凄いオーラで声をかけてきた。
「王子、冗談はそれほどに。…篠崎様。貴殿はよい大人だと思っておりますが、私の大切な妹を傷物にだけはしないよう重々気を付けてもらいたいですね」
シャリーさんの視線が痛かった。
王子も頭が上がらない様子だ。
アイシェちゃんもシャリーの剣幕とオレ達の様子をみてオロオロしている。
「コホン!まぁ冗談はこの辺で。私、タルーム王子の名において、貴殿のこの度の働きに対し褒美を進呈しよう。まぁ何をあげるかまだきめてはいないんだが楽しみにしてろ!あと、千葉隊長たちにも違ったものを用意したから安心してくれ、それじゃシャリー行くぞ!あとは若い二人だけにしようではないかワッハッハー」
アイシェちゃんの顔が赤くなった。
「王子、またそんなこと言うと今夜のお食事はピーマンを入れますよ?」
「うっ!シャっシャリーは冗談というものが解らないのか…?」
「わかりません」
「はぁー…そんなんだから、見合い相手が見つからないのだぞ」
「ちょっと王子!それとこれとは話が違います!そもそも伴侶にするなら私より強くて賢い殿方がよいと言っているだけです!」
「だからそんな奴中々居らぬ」
「王子が紹介する殿方がひ弱過ぎるんですぅ!!」
「あのーすいません、王子」
「うん?タルームでよいぞ。どうかしたか?」
「いえ、一国の王族の方を呼び捨てなど出来ませんよ。ただ、先程の褒美の話ですが…」
「おっ!やっとアイシェを欲しいと申すか!」
一層、顔を赤くするアイシェであった。
「いっいや、アイシェさんは魅力的な女性ですがそうではなくて…」
アイシェの顔が一瞬喜び、すぐ暗くなった。
「自分は日本の一兵士に過ぎません。今回の作戦も命令を遂行したまでです。そんな自分に褒美なんてもらえません」
タルーム王子とシャリーはお互いをみて篠崎に振り返った。
「浩司よ、今回の事件は元をただすと原因は余にある。余が中東連合議会に和平派を増やしたが為に、快く思わない輩を増やしそれに対して対策をせず、奴等に隙を突かれ、このようなことになった。そんな時に大切な"家族"を傷つけられ、死にかけているバール達や撃たれそうになっていたアイシェを助けて貰ったのだ。大切な家族を命を賭けて助けて貰った恩人に報いるのは当然のことだと思うのだが?」
あぁ、この王子は凄いな。当然のように血の繋がりもない、まして身の回りの世話係であったり身辺警護をする者を"家族"と言い切っている。王子とシャリーさんのやり取りを観てても普通の王子様とメイドの関係にはみえなかった。なんというか、アットホーム的な?いや、姉と弟みたいな関係が一番しっくりくる。
アイシェちゃんは王子の妹だな。
なんかいいなぁ。血が繋がっていなくてもこんなに大切にしあっている関係って。
「王子は血が繋がっていなくても家族だとどうして言い切れるのですか?」
「それはな、心が繋がっているからだな。いくら血が繋がっているからと家族とは言えない。大切なのは一緒に過ごして来た時間であったり育んできた関係だと余は考えている。兵団のみんなは余の世話や警護人だけでなく父や母、姉や兄、弟や妹、祖父や祖母のような存在だったりするのだ。仕事はきっちりしてもらうがな。宮殿に一緒に住んでいるのだ!それはもう家族になってしまうものだよ」
「まぁ、タルーム王子は他の王族の方々と違い、民を愛し、国を愛しておられます。私たちの自慢の優しい王子ですからね」
シャリーさんが少しドヤ顔で言ってきた。
「そういうことだ!日にちもないから浩司達が帰国した後に褒美を送ることになるが楽しみにしてろよ!それではな!」
「では、篠崎様失礼致しました。アイシェ、またね」
「はい、シャリー姉様!」
と、いうことがあり入院生活は事件もあったが楽しかった。王子とも仲良くなれた気がしたし。
今は輸送機に搭乗する直前だ。
オレが入院中に千葉隊長達はウォルフ司令や辻三尉やスミルノフ主任を含め、王子の宮殿に招かれて宴会をしていたようだ。
寺井二曹から聞いた話だと、宴会中美女が沢山いたようだ。千葉隊長は鼻の下を伸ばしまくっていたようだ。
谷口はギリギリ鼻の下は伸ばさないようこらえていたようで、姉ちゃが愛されているんだと思った。
西曹長には常にシャリーさんが側でお酒を注いでいたみたいだ。
みんな何だかんだいい思いしてたんだな。
ウォルフ司令、辻三尉にスミルノフ主任とムハド執事長とアイシェちゃんがお見送りに来ていた。
「では、諸君と出会えて光栄であった!またいつか他の戦場で会おう!」
ウォルフ司令が敬礼し、オレ達も千葉隊長にならい敬礼をする。
「皆さんお達者で!!皆さんのお陰でいいデータが取れました!」
スミルノフ主任は最後までメカオタクな感じだったな。
「篠崎様、御体には気を付けて下さい……」
「アイシェさん、ありがとう。アイシェさんも体には気を付けてね」
そう告げてオレ達は輸送機に搭乗し、中東を発った。
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何だかんだ大変だったけどいい人達と巡り会えたな。オレ達は何で戦争をしていたんだろうかと考えてしまった。
《そろそろ、基地に到着です。各自シートベルトを着用して下さい》
機長からのアナウンスがでた。……やっぱりこの声どこかで聞いたんだよなぁ。
と、思い出そうとしていたら着陸したようだ。
恋しかった日本の大地に戻ってきたー!
横を見たら谷口の奴、そわそわしている。
「そんなに姉ちゃんに会いたいのか?」
「勿論!出発前に到着時間を教えたので直ぐに会いにいきますよ!美咲さんを抱き締めて温もりを感じたいですよ!」
「…だからのろけるな、気持ち悪い」
「いいじゃないですか、生きて帰って来れたんですから」
「まぁそれもそうだな」
「先輩は帰ったらどうします?」
「取り敢えず、天道先生に骨診てもらうわ」
「じゃぁ今日は別行動で」
…お前は姉ちゃんと会って何をするつもりなんだね?
オレ達は輸送機から降りて装備を片付け、千葉隊長と西曹長は大隊長室に報告をしに行った。
T:ASは第一戦隊に正式配備となり、運用してデータ収集をしていくみたいだ。
今日はもう休暇になったようだ。
帰る前に柳曹長達にも帰還の挨拶しにいってきた。整備員達から生還の歓喜と新装備(T:AS)がまわってきた歓喜が沸いた……新装備の歓喜が若干高かったのは気のせいか??整備の奴等、人よりモノを愛しすぎだ。
天道先生は今日は休みで、実家の病院に顔を出してるみたいでいなかった。仕方ない、病院まで行くか。
オレと谷口は戦闘服のまま基地の正面玄関に来た。
そしたら、見たことがある車が停まっていた。
中から小柄なワンピース姿の見た目は美人な女性が降りてきた。
谷口は急に走り出した。
女性も走り出した。
そして、二人はオレの目の前で抱き締めあった。
「美咲さん、ただいま」
「隆くん…隆くん…お帰りなさい…生きててよかった…」
「心配かけました」
「…うん…うん」
二人はまだ抱き締めあっていた。完全に二人の世界だ。
女性はオレの姉だ。
何だかんだいい光景だなぁ。姉ちゃん、本当に谷口のこと好きなんだな。何か嬉しくなってしまった。
血の繋がりがない赤の他人が愛し合い、そして結ばれて家族になり子供が出来る。
その子供が大人になりまた赤の他人と結ばれる……人って愛があれば結ばれるんだ。
素敵なことだ。
オレは早くに叔父さんになるかもしれない。
と、考えていたら二人がやっと離れオレに気付いた。
「浩司もお帰り」
「ただいま、姉ちゃん」
1章完
第一章が完結しました。
人間世界に出てくる物語の重要人物を盛り沢山出せたと思いますが、拙い文章なので面白いかは分かりませんが読んでいただけたら幸いです。
物語の流れでは本格的な異世界編は第三章からを予定してますのでまだ少し先になります。ですが、第二章からはちょっぴり恋愛と日常生活を書き、さらには物語に重要な新兵器を出していきたいと思っています。