もし、勇者パーティーが人狼、魔女、吸血鬼、大悪魔だったら
……………………
人類と魔族との戦争が始まってから20年。
人類はかつてないほどに追い詰められていた。
この人類発祥の地にして人類の生存圏であるエウロパ大陸も魔族の激しい侵攻を受け、都市が陥落し、国家が崩壊し、人類の生存圏はじわりじわりと減少の一途を辿っていた。このままならば魔族たちは3年以内にエウロパ大陸を支配し、人類の生存圏はなくなるだろう。状況はそれほどまでに危機的であった。
「ひゃっはー! 人間狩りだー!」
新たに魔族の手に落ちた都市ハーナルガルツでは魔族による蛮行が行われていた。
「逃げろー! 魔族だー! 逃げ──……」
警報の鐘を鳴らしていた都市の自警団の男性が矢に射られて地面に落ちる。
「殺せえ! いたぶってから殺せえ! 人間どもの悲鳴で今日も酒が美味い!」
異形の魔族たちの指揮を執るのはゴリラが知性化して、そのまま世紀末を迎えたらこうなるだろうなという感じの見事な世紀末ファッションに身を包んだ3メートルはある大猿だった。手に刀身2メートルはある巨大な刀剣を握り、近くにいた人間の頭を掴んで地面に叩きつけていた。人間の顔面は原型を留めておらず、ミンチになっている。
「カクエン様。街の警備は全て鎮圧しました。降伏者は広場に集めてあります」
「いいぞお。こらから宴の始まりだあ」
部下の蛙頭の男が告げるのに、カクエンと呼ばれた大猿は景気よく笑いながら、人間の死体を引き摺って広場に向かった。
よく見れば、このカクエンという大猿が纏っている革の装飾品は人間を素材としたものだ。人間の革を剥し、なめして革の道具として利用しているのだ。人間の顔の形がそのまま残っていたり、手足の形がそのまま残っていたりする。グロテスクなものだ。
それは魔族の残虐性を示している。
魔族は人類が生まれた後から生まれた者たちだが、その本能は破壊・殺戮・略奪で満たされている。彼らは何も創造的な行動をせず、ただただ破壊を広めて回っている。それが人類から見た魔族たちの姿であった。
「お前たちが降伏したものたちかあ?」
広場にはこの街で最後まで抵抗していた自警団と騎士団の団員たちが捕らえられ、鎖で繋がれていた。強力な魔族を前にして抵抗する意欲を失った彼らは死んだ魚のような目をして、地面に俯いていた。
「どうしてやろうかなあ? まずはひとりずつ拷問して、それから夕食にしてやるかあ。お前たちの家族がいたら先にそっちから殺してやってもいいぞお?」
その言葉に自警団の団員たちが視線を上げた。
「俺の子に手を出してみろ! 絶対に殺してやる!」
「ひゃはははっ! 馬鹿な奴だな! それなら降伏せずに最後まで戦えよ、臆病者!」
自警団のひとりが立ち上がってそう叫ぶのにカクエンがそれを嘲笑った。
「畜生、畜生、畜生」
「神様……」
自警団と騎士団の団員たちは罵り、祈る。
「ひゃははははっ! 神なんていやしないぜえ! 神がいたらこんなことになったと思うかあ? そうだろう? 神なんてこの世にはいやしないんだよお!」
カクエンがそう嘲ってるときだった。
「カクエン!」
捕らわれていた騎士団の騎士が立ち上がって、カクエンの方を向いた。
「1対1で勝負しろ! 私が勝てばこのものたちを解放せよ!」
「へえ? なんだってお前の言うことを聞かなきゃならないんだあ? 俺に何のメリットがあるっていうんだあ? 馬鹿みたいじゃないかあ!」
「勝負に応じなければ貴様は人間に怯んだ臆病者として他の魔族から嘲られるだろう」
騎士がそう告げるのに、カクエンの瞳の色が変わった。
「この俺が臆病者だってえ? 許さねえ。そんなことを言う奴は許さねえ!」
カクエンは地面をどんどんと地響きを響かせて踏みつけると、騎士の方を向いた。
「いいだろう。勝負してやる。鎖を解いてやれ」
「分かりました、カクエン様」
カクエンの命令に蛙頭の魔族が騎士の鎖を解く。
「武器も与えてやれえ。対等な条件での勝負だあ」
カクエンの言葉に騎士に剣が渡される。
「待って、アルノー! 勝ち目なんてないわ! 相手は魔王軍13将軍のひとり“剛腕のカクエン”よ! 死に急ぐような真似をしては……」
「だが、このまま待っていてもどうせ死ぬだけだ。俺は決して諦めない。女神様が微笑んでくださると信じて、剣を振るう。そして騎士として死ぬ。それに、もしかしたら、君を助けられるかもしれないんだ、エラ」
エラという女騎士が制止するのに、アルノ―と呼ばれた騎士は剣を構えた。
「行くぞ、カクエン! 覚悟!」
「死ねえ、人間!」
アルノ―が下段から上段に向けて剣を振るうのに、カクエンは剣と呼んでいいのかも分からないような鉄の塊をアルノ―に向けて振り下ろした。
「ぐうっ……」
アルノ―は初撃を耐えた。剣が金属の軋む音を響かせるのに、一時的にカクエンの刀剣を弾き飛ばして、カクエンから距離を取る。
「なんだあ? 逃げるのかあ? 臆病者はどっちだろうなあ!」
カクエンは満足げに笑いながら、畳み伏せるように斬撃を繰り返す。
そこからはアルノ―の防戦一方だった。
アルノ―はひたすらにカクエンの斬撃を防ぎ続け、反撃に転じる機会を窺う。
だが、そんな機会は訪れない。カクエンのパワーもスピードもアルノ―を遥かに上回っており、そんなカクエンから繰り出されれる攻撃に隙など欠片もなかった。
刃が軋み、骨が軋み、筋肉が軋み、心が軋む。
魔族は人間より遥かに強力な生き物だ。人間たちでは一部の英雄と言われるものたちでしか魔物には歯が立たない。それほどまでに魔族は強力であったがために、人類は今日この日まで追い詰め続けられていたのだ。
「このっ! せめて貴様と刺し違える!」
アルノ―は防御を放棄し、カクエンの懐に飛び込んだ。
「無駄あっ!」
だが、そのアルノ―の決死の一撃もカクエンの筋肉によって弾かれた。鋼の刃の一撃が筋肉によって弾かれたのだ。
「そろそろ終わりだあ」
カクエンはそう告げると刀剣を横薙ぎに払った。
カクエンの刃が捨て身の攻撃で防御の取れないアルノ―の体を易々と引き裂き、広場にアルノーだったものが散らばる。はらわたがまき散らされ、体中の血液が広場を覆い、その血は女騎士エラの足元まで流れていった。
「すまない、エラ……」
アルノ―はそう告げると、こと切れた。
「いやあっ! アルノ―!」
アルノ―の死体に向けてエラが手を伸ばすが、魔族が鎖を引っ張りエラの手を届かせない。彼女の愛する人はひとりで死んでいった。
「ひゃはははっ! やっぱりカクエン様は最強だぜえ!」
カクエンはアルノ―の死体の足を掴むとそのまま口の中に放り込んだ。
「お前はこの男の恋人ってやつかあ? それならお前は食べずに残しておいてやる。その代わり魔族の繁殖用の胎にしてやるけどなあ! ありがたく思えよお! この慈悲深いカクエン様に泣いて感謝しろよお!」
カクエンはそう告げて甲高い声で笑う。
「カクエン様は地上最強! 敵う者なしだ! ひゃはははっ!」
カクエンがそう笑い声をあげていたときだ。
「そうか。貴様、強いんだな?」
不意にそう呼びかける声が響いた。
「なんだあ?」
カクエンが声の方を向くと、男が立っていた。
身長2メートル近くの大男。見るからに鍛えられているのが窺える上半身を裸にし、腰から下はジーンズを纏っている。使い古された感のあるヴィンテージ風のジーンズだ。武器は一切帯びておらず、その身ひとつでカクエンから僅かに10メートルの地点に立っていた。その肌の色は戦士の色である褐色で、瞳の色はアメジストのような紫色、髪の色は血のように赤い。
よく見れば現れたのはその男だけではない。
白いローブ姿の16、17歳ほどの少女。その手には折り畳み式の警棒が握られており、そのサファイアのような青い瞳とくすんだアッシュブロンドの髪の毛をポニーテイルにして腰まで伸ばしている。そしてどこか愉快そうに歪んだ薄い唇は赤いルージュで染められていた。まるで獲物を狙う肉食獣のように。
もうひとり、黒いゴシックロリータファッションに身を包み、日傘を握った少女。全ての色素が抜け落ちてしまったかのような髪と肌は真っ白で、黒いドレスとコントラストをなしている。ルビーのように赤い瞳はぼんやりと光を灯しており、まるでこの世の全てに興味を失ってしまったかのような色をしている。
「なんだあ、お前ら? 騎士団、じゃあないよなあ?」
「それより聞いてるだろ。答えろよ。貴様、強いんだな?」
カクエンがただならぬ気配を感じて尋ねるのに上半身裸の男はそう尋ねた。
「このカクエン様が強いかってえ? 強い、強いとも! このカクエン様は魔王軍13将軍の中でも最強だあ! お前は俺に降伏しに来たのかあ?」
「おいおい。そんなことするわけないだろ。このアベルがこの世の全ての強者に望むことはただひとつだけだ。それは──」
アベルと名乗った男がそう告げて拳を構える。
「尋常に勝負しろ、カクエンとやら。貴様が強者であるならばな。俺は弱い者いじめが大嫌いなんだ。強いやつとしか戦わない。貴様が強いなら俺と勝負しろ」
アベルはそう告げてニッと笑った。
「ひゃはははっ! そいつは残念だったなあ! 俺は大好きだぜえ。お前みたいに勘違いした弱い馬鹿を叩きのめすのはよお!」
カクエンはそう告げて刀剣を構える。
「それは貴様の獲物か、アベル」
「悪いな、セラフィーネ。こいつはいただく」
「では、私は有象無象の相手でもするか」
セラフィーネと呼ばれた白いローブの少女が尋ねるのに、アベルがそう告げて返す。
「おい。ローラ。貴様も手伝え」
「……ボクは面倒くさいのは嫌いなんだけどな……」
「貴様も一応は勇者だろう?」
「……ちぇっ。面倒くさいなあ……」
ローラと呼ばれた黒いドレスの少女はそう告げると、ようやく周囲を見渡した。
「見るからに不味そうだし、眷属にもしたくない。君たちの運命は決まりだ」
「なんだと、てめえ。てめえも繁殖用の胎にしてやるぜ!」
ローラの少女とセラフィーネの少女の周りに魔族たちが集まる。
「ひひひっ! 思いがけぬ収穫だぜえ! 上物が2匹も手にはいるなんてなあ!」
「おい。どこ見てる。貴様の相手は俺だぞ?」
カクエンが囲まれていく少女たちを見て気味悪く笑うのにアベルが苛立った様子で、拳を打ち鳴らしていた。パンパンと軽快な拳の音が響く。
「貴様なんて、すぐに糞袋にしてやるよお!」
カクエンは完全な勝利を確信して、刀剣を振るった。
それはアベルの脇腹に命中し──。
「はあ?」
砕け散った。まるでガラスの棒をコンクリートの塊にぶつけたかのように、カクエンの刀剣は完全に砕け散った。あの重さ20キログラムはあるだろう巨大な鉄の塊が砕け散り、カクエンの手が衝撃に痺れる。
「ありえな──」
「だせえ、だせえ、クソだせえんだよっ! 男なら武器なんて女々しいもの使ってんじゃねえよ、このハゲ猿! 拳で戦え、拳でだっ! そら、行くぞ!」
「ま、待って……」
カクエンがこの男は不味いと気づいたときには既に手遅れだった。
アベルの拳がまずはカクエンの腹部に叩き込まれ、臓物のいくつかが一瞬で破裂する。そして、思わず上半身を崩したカクエンの頬をアベルが右、左、右、左と交互に殴り続ける。脳がミキサーにかけられたかのようにシェイクされ、カクエンの耳と鼻から血があふれ出る。それでもアベルは殴るのを止めず、顎に下から上にアッパーを決めた。
この間、僅かに0.001秒。瞬きをしていたら、カクエンが刀剣を振るったのと同時にカクエンが上空200メートル近くに打ち上げられていたように見えただろう。
「な、なんだ……」
「カクエン様が……」
部下の魔族たちが上空で血飛沫を撒き散らしながら回転するカクエンを見上げる。
「貴様ら相手は私だ」
そう告げて白いローブの少女──セラフィーネが警棒で宙を突く。
それと同時にセラフィーネの周囲に、12体の甲冑姿の何かが出現した。魔族たちは何か分からずに、動揺しながら少女から距離を取り始める。
「ゴーレム。一斉射撃」
甲冑姿の何か──ゴーレムは手に握ったM240機関銃を構え、魔族たちに一斉射撃を浴びせる。機関銃から放たれた7.62x51ミリNATO弾には1発1発に冥界の女王エレシュキガルを讃え、エレシュキガルの呪いを与える古代シュメール語が刻み込まれており、その銃弾がはたとえ相手が実体を持たない悪霊のような魔族であろうとも死を与えるだろう。
まして、肉のある実体を持ち、血を流す生き物ならば、その銃弾が掠めて血を流しただけで冥界に引き摺り込まれる。魔族たちは何もできないまま、次々にその文字通りの“凶弾”を前にして倒れていった。
「舐めるなっ! その程度の玩具で!」
魔族の中の無事だったものがゴーレムに向けて魔術を放つ。
魔術は炎の塊となり何百度もの温度でゴーレムに命中し、熱風を撒き散らす。
「なあっ……!?」
だが、ゴーレムは傷ひとつ負ってはいなかった。焦げ跡すらない。
「この程度で驚くな、戯けが。アダマンタイトとミスリル、そして炭素繊維とセラミックスの複合装甲だ。劣化ウランの装弾筒付翼安定徹甲弾でも貫通できんぞ。それをその程度の“手品”でどうこうしようとは。笑止千万」
セラフィーネはそう告げると射撃を継続させた。
「げふっ! あげ、あがが……」
「おい。貴様、強いって言ったよな? クソみてーによえーじゃねーか!」
その頃、地面に向けて自由落下したカクエンにアベルが叫んでいた。
「もう、貴様に興味ねえ。損した気分だぜ、ったく」
助かった! カクエンはシェイクされた脳みその中でそう感じた。
あの化け物のような男は自分から関心を失った。後は魔族特有の回復力で回復して、それから遠く逃げよう。とにかくあの悪魔のような男から逃げよう。
そう考えていた。
「あー……。あー……」
奇妙な唸り声が聞こえてきたのはその時だった。
唸り声の発生源は部下たちだった。
いや、正確に言えば部下だったものだ。
虚ろな目をし、口は大きく裂けて鋭い犬歯が剥き出しになった青白い肌の怪物に部下たちは変貌していた。その元部下たちは生きている部下たちを襲い、食らっていた。腹を引き裂いて臓物を引き摺り出して啜り、頭蓋骨を割って脳みそを抉り食らう。
「やべろ……。く、くるな……!」
カクエンは満足に動かない体を引き摺ってそう叫ぶ。
「悪いけど」
黒いドレスの少女──ローラがいつの間にか元部下たちの背後に立っていた。
「君の部下は全部屍食鬼にしたから。後はご自由に」
ローラはダウナーな口調でそう告げると霧のように消え去った。
「あー……」
「肉……。にぐぅ……」
食われる。食い殺される。死にたくない!
そう、カクエンが強く思った時だった。
「助かりたいですか?」
不意に優し気な女性の声が響いた。
カクエンを見下ろすように現れたのは白いブラウスと黒いロングスカートの地味な服装の女性だった。これにエプロンでもつけていれば流行らない古本屋の店員にでも見えただろう。濡れ羽色の黒髪は美しく、その真っ赤な瞳はガーネットの色をしている。
「だ、だずかりだいです!」
「そうですか、そうですか。このフォーラント様は心優しいので、助けてあげますよ。まるで女神のようでしょう。讃えてくれたってかまわないのですよ?」
まさに女神が助けに来てくれたのだ。カクエンは数分前までの自分の言葉も忘れて、そう思い込み始めていた。
「死にたくないですよね。死んだらお終いですもんね。だから、“死ねなく”してあげますよ。どうですか? これでいいですか?」
「は、はいっ!」
助かる! これで助かる! カクエンはそう確信した。
「それではあなたの体を死ねなくしてあげましょう」
女性はそう告げると、人差し指で何かしらの紋様を描いた。
だが、何も起きなかった。カクエンの体が回復することはなく、屍食鬼になった部下たちが押し寄せてくるのが止まる様子もない。体の痛みはそのままどころか、余計に酷くなった感じすらする。いったい、自分に何が起きたのだ?
カクエンは説明を求めるように女性を見る。
「あなたは死なないですよ。正確には生命活動が全て停止しても、痛みを感じるし、飢えを感じるし、あらゆる感覚を感じるのです。もちろん、あなたの元部下さんたちに食われていって、はらわたを全部引き摺り出されても、脳みそを啜られても、その感覚は全て感じることができます。その後で虫に体を貪られていく様子すら味わえます。いいですよね。生きているというのは物事を感じることだとも言いますし?」
「あぐま……!」
この女は女神などではない。悪魔だ!
「その通り。私の名はフォーラント。大悪魔フォーラント。どうぞよろしく」
女性はそう告げて愉快気に鼻歌を歌うとカクエンの下を去った。
その後、カクエンは“生きたまま”部下たちに貪られ続けた。臓物が引き抜かれる痛みも、臓物が噛み潰される痛みも、脳みそが抉り出される感覚も全てを味わった。
カクエンは意識を失いたかったが、そうすることもできず、地獄の中に落ちた。
「あ、あなた方は……?」
一方、その頃、カクエンの部下の魔族たちはこの都市からひとり残らず一掃され、広場に囚われていた人々や、民家の地下室に隠れていた人たちがアベルやセラフィーネのゴーレムたちによって救出され始めていた。
だが、分からない。この人たちはどこから来た、何者なのだろうか?
「俺はアベル・アルリム。世界最強の勇者だ!」
捕らわれていた人々にアベルはそう告げた。
「私はセラフィーネ・フォン・イステル・アイブリンガー。世界最強の勇者だ」
「ボクはローラ・バソリー。世界最強の勇者だよ……」
そして、セラフィーネとローラもそう告げる。
「え? どの方も世界最強の勇者なのですか?」
「暫定的にはそうなっている。だが、まあ世界最強は俺だがな」
困惑する住民にアベルがそう告げる。
「戯け。世界最強はこの私だ」
「ボクだよ……」
住民はますます混乱している。
「まあまあ、皆さん。ここはちゃんと決めたではないですか。最初に人類を救った方が世界最強の勇者であると」
そこに現れたのがフォーラントだった。
「まー。しょうがねーな。そういうルールだし」
「つまらんゲームだ」
「はあ。可愛い眷属欲しい……」
さて、彼らの正体はというと──。
……………………
……………………
とある宇宙の、とある世界。
それは地球に似ているようで、地球とは異なる歴史が過ぎてきて、地球とは異なる生き物たちが暮らす世界。
その中でも死の山と恐れられていた山に、ひとりの男が佇んでいた。
アベルだ。
上半身に革ジャンを羽織り、見事に割れた腹筋を晒した暑苦しい男が、堂々とこの死の山と呼ばれた山の台地に立っていた。
この山が死の山と呼ばれていたのは、ここに恐るべき魔物が住み着いていたからだ。その名は火竜ヘリオガバルス。その細長い蛇のような体の体長は2キロ以上。アメリカ海軍のニミッツ級原子力空母の約7倍の大きさであった。
だが、今やその山の覇者はいない。
アベルが食らったからだ。彼が拳でぶちのめし、おやつ代わりに平らげた。
「おせーな」
アベルはジーンズのポケットからスマートフォンを取り出して時刻を確認する。
時刻は午後7時。世界は夕闇の中に落ちた時刻。
ちなみにこのスマートフォン。ドラゴンが踏んでも大丈夫というスペックを謳い、壊せた方には無料提供しますと店員が謳ったばっかりに、アベルの拳を受けて木っ端みじんになった。そのため店員は泣く泣く無料でスマートフォンをアベルに提供したのだった。
アベルがスマートフォンを見ていたとき、不意に魔法陣が浮かび上がった。
黒い色のそれが不気味に輝くと次の瞬間には白いローブの少女──セラフィーネが姿を見せた。セラフィーネはアベルの姿を見つけると呆れたような表情を浮かべた。
「おせーぞ」
「戯け。私は時間ちょうどに来た。貴様はいったいいつからそこにいる」
「半年前からだ!」
「貴様は相変わらずせっかちな馬鹿野郎だな」
アベルの言葉にセラフィーネが肩をすくめた。
「ローラはどうした?」
「まだ来てねえよ。あいつ、遅刻魔だからな」
「もう一度連絡しておけ。きっと忘れているぞ」
セラフィーネが周囲を見渡してそう告げるのに、アベルがスマートフォンを弄る。
「おーい。俺だ。アベルだよ。オレオレ詐欺じゃねーよ。貴様、ちゃんと約束覚えているだろうな? や・く・そ・く! しただろうが! 知らないじゃねーよ! 今日、午後7時に死の山の台地に集合だ! 分かったな? 急げよ!」
アベルはふうと息をつくと、セラフィーネを見た。
「見事に忘れてた」
「だと思った」
ふたりしてはあとため息をつく。
それから30分が過ぎただろうか、突如として黒い霧が淀み、それが濃くなっていく。
「参上……」
そして、その霧の中から現れたのが黒いドレスの少女──ローラだった。
「参上、じゃねーよ。約束忘れてる挙句に遅刻だぞ」
「ボク、朝には弱い……」
「今、何時か言ってみろ、貴様」
アベルがそう告げるのに、ローラは露骨に視線を逸らした。
「ともあれ、集まったな」
アベルは拳を叩きならす。
「この3000年。この世で正真正銘の最初の人狼として生まれてから、強い奴らは残さずぶっ飛ばしてきた。世界最強の剣聖、世界最強の格闘家、世界最強の軍人、世界最強の竜。みんな、全部叩きのめしてやった」
「この3000年。魔女として生まれ変わり、自分よりも強いと名乗る者は血祭りに上げてきた。世界最強の賢者、世界最強の黒魔術師、世界最強の死霊術師、世界最強の大魔女。全て私の前に敗れ去ったのだ」
「……この3000年。13人の真祖吸血鬼が数千万の軍勢を誇っていた。真祖に次ぐ第二世代吸血鬼から有象無象の屍食鬼に至るまで。だけど、真祖で残っているのはボクひとり。残りの連中はみんな殺してきた……」
アベル、セラフィーネ、ローラが口々にそう告げる。
「そうよ! 残るは我らだけ! 俺たちは強者をぶっ潰してここまで来た」
「ならば、問題は──」
「この中で誰が最強か、ってこと」
アベルが告げ、セラフィーネが告げ、ローラが告げる。
「いざ、決めようぜ。世界最強は誰かってことをな」
アベルがその鋭い犬歯をむき出しにしてそう告げるのに、セラフィーネは肉食獣のような笑みを浮かべ、ローラはふわあとひとつ欠伸した。
「おや。皆さん、お集まりのようですね」
そして、最後にやってきた人物。
「待ってたぜ、フォーラント。貴様がレフェリーだ。公明正大にジャッジしてくれ」
「とは言っても、ルールは無用でしょう?」
フォーラント。大悪魔フォーラント。
彼女の妹の名もまたフォーラントであり、彼女の姉の名もまたフォーラントである。
ひとつだけ言えるのは、この世で最強の種族を決定するという壮大な場において、この大悪魔ほどの適任はいないということ。彼女はやろうと思えば宇宙すら破壊できるだけの力を持ち、それでいて地上に生きる生命にただならぬ興味を示しているのだから。
「ギブアップした奴は離脱。それ以外は死ぬまで殴り合う。それがルールだ。それ以外にルールが必要だと思うか?」
「思わないですね。では、準備ができましたら始めましょうか?」
フォーラントはにこやかに微笑んでそう告げる。
「よっしゃあ! 行くぜ、行くぜ、行くぜ!」
アベルが己を鼓舞するようにそう叫ぶと、その筋肉が隆起していき、堅い体毛が体を覆って、その半身が狼を連想させるようなそれへと変化した。頭部は間違いなく狼のそれであり、人間の時と変わらぬ紫色の瞳が輝いている。
「ゴーレム。整列」
セラフィーネがそう告げて警棒を宙に突き立てると、21体のゴーレムがセラフィーネの前方にずらりと整列し、M240機関銃を構えた。
「夜はボクたち吸血鬼の時間だよ? 負けるなんて思う?」
ローラがそう告げると彼女の背後で無数の蝙蝠が蠢き、いつのまにか彼女は一振りのレイピアを握っていた。レイピアの名は“串刺し狂”。
「では、皆さん、準備ができましたようですね。それでは──」
フォーラントがこの3名による地獄の殺し合いに号令をかけようとしたときだった。
世界が暗転した。
「おい! なんだ、畜生! セラフィーネ、フライングだぞ!」
「私ではない。別の何者かが空間を操作している……?」
「不味い予感がするよ……」
それぞれが口々に告げる中、フォーラントも暗転した空間に巻き込まれていた。
「あれま。これはあれですよ」
「なんだよ?」
「召喚魔術です」
フォーラントが暢気にそう告げたとき、4名は落下する感覚に囚われた。
……………………
……………………
「ようこそいらっしゃいました、勇者……様?」
遥か宇宙の彼方のとある国──オーディヌスでは勇者召喚の魔術が行われていた。
世界の各地から最強の戦士たちを集めて召喚し、救国の英雄になってもらおうという魔術であった。これによって召喚されるのは武勇に優れた戦士、魔術に優れた魔術師、この世の全てを知り尽くした賢者など優れた人材が召喚される。
そして、それらはオーディヌスの住民に友好的な者たちである──とされてきた。
「おい。貴様が俺たちの最後の戦いを邪魔したのか? ああ?」
「小娘。貴様、何をした? すぐに吐かなければ蜂の巣にするぞ」
「君、血を吸っていいかな? ……死ぬまで」
ひとりは狼の半身と人間の半身を持った恐ろし気な怪物。ひとりはどう考えても殺意しかない瞳を有し、無数の甲冑姿の兵士たちを従えた女性。そして、もうひとりは背後に蝙蝠を群れさせている怪し気な少女。
やべえ。ミスった。
召喚主である王女の額に冷たい汗が流れた。
「まあまあ、皆さん。ここはひとつ落ち着かれてください」
殺気立った3名を宥めるように声を発するのはフォーラントだ。
「今はのは空間転移、それも高レベルのものですね。多元宇宙間を跨ぐ、壮大なもの。運命を感じます。宇宙の数は創造主により数多あれど、それが“偶然”この世界と私たちの世界を繋いでしまうだなんて。きっとこれは運命です」
「え、ええ! 運命です、運命! どうかこの世界を救ってください、勇者様!」
フォーラントがにこりと笑って告げるのに、王女が必死に頷く。
「はあ?」
「殺すか」
「殺そう……」
だが、この3名にそんな気はさらさらないぞ!
「お、お願いです。まずは話を聞いてはいただけませんか。この通り!」
ついに王女は土下座した。
「仕方ねえ。俺は弱い奴を放っておけないんだ。話聞いてやるから、頭上げろよ」
「本当ですか!?」
アベルというのは強者は弱者を守るべきというある種の紳士的な思想の持ち主で、弱者は弱者として相手にしないが、強者が弱者を虐げているというのは許せない男なのだ。
「アベル。貴様との勝負はどうなる?」
「これは延期だな」
「ふざけるな。私はようやく己が世界最強であると示す機会が回ってきたのだ」
セラフィーネが問い詰めるのにアベルが肩をすくめた。
「小娘。ここはどこだ。10秒以内に言わなければ殺す」
「は、はひっ! ここはオーディヌス王国王都トールベルクの王城! その召喚の塔になりますっ! 以上です!」
きっちり10秒以内に答えきった王女である。
「オーディヌス王国……? そんなものは聞いたことがないぞ」
「セラフィーネさん。ここは異世界なんですよ。あなたたちがいた世界とは別の世界。そういう魔術が行使されました。私が確認しています」
セラフィーネが渋い表情を浮かべるのにフォーラントがそう告げる。
「異世界。存在は知っていたが、まさか本当に踏み込むことになるとはな……」
セラフィーネはフォーラントの解説で落ち着いたようだ。
「なんだかイライラするな。みんな、どうして納得しているわけなのさ? ボクたちの一世一代の晴れ舞台が邪魔されたんだよ。生かしてはおけないんじゃないかな……?」
ひとり、今だ殺気を放っているのはローラだ。
彼女は蝙蝠を羽ばたかせ、レイピア“串刺し狂”を構えている。彼女がその気になれば王女など血の一滴も残さずに息絶えるだろう。
「落ち着いてください、ローラ。これは好機ですよ。あなたはあの世界の住民たちにめぼしい眷属を見つけられませんでしたが、ここは異世界。どんな種類の人間やそうでない生き物がいるのか分かりません。あなたの好むキューティーな眷属が見つかるかも?」
そんなローラをフォーラントが宥める。
「そうだといいけれど。まあ、ボクも今は話を聞こうかな」
ローラはそう告げると“串刺し狂”を彼女の傍に控えている無数の蝙蝠たちの中に消し去った。
「そ、それでは、こちらへどうぞ。歓待の宴の準備ができております」
王女は内心でこれは3回は確実に死んでたと思いながら、この異世界からの凶悪な客人たちを持て成すために王城の中を案内した。
……………………
……………………
王城の中は見るものを唸らせる装飾品などで満ちていたが、生まれてからずっと殺し合いで血の海にしか興味がなかった3名が興味を示すことはなかった。
「よ、よくぞ、いらっしゃいました、異世界の勇者の方々」
異世界からの勇者はこの国の王と同等の地位という考えにより円卓が準備された応接間には、今にも死にそうなおじいさんが立ち上がって4名を出迎えた。この死にそうなおじいさんこそ、この国の国王である。
「話を聞かせてくれ。誰が敵で、誰が強くて、誰が弱いのか」
アベルはいつの間にか人間の姿に戻っており、円卓に腰かけるとずいっと身を乗り出して、国王にそう問いかけた。
「はい……。我々は魔族の侵略を受けて、絶滅の危機にあります」
20年前から北の大地より南に進出してきた魔族の手で、いくつもの国家が崩壊し、人類の生存圏は今やオーディヌス王国とその周辺にまで縮まっているということ。魔族たちは野蛮で人間を文字通りの食い物にし、虐殺しているということ。
「許せねえ。そいつは許せねえな! 弱い者いじめは下等な連中のすることだ! そういう奴らは俺は気にらねえんだよ! 強者なら弱者を守ってやるのが使命だろ! 強い者が弱い連中をいたぶってどうするんだよ! 気に入らねえ!」
アベルは熱い男である。
彼はナチュラルに自分は絶対の強者であり他の連中は弱いと思っている。だから、何事も上から目線。それでも強者である自分が、他の弱っちい連中を守ってやるのは当然のことであり、そのことに理由は必要ない。そして、他の連中もそうするべきだ。そういう考えの男だった。
「俺はやってやるぜ、その勇者って奴! 魔族とかいう弱い者いじめ集団をぶっ潰して、粉々にしてやる! 鏖殺だ!」
この人に平和調停とか任せたら絶対にダメなパターンと分かる考えである。
「私はどうでもいい」
セラフィーネは無関心だった。
彼女も自分こそが強者であり、他の連中は相手にならない雑魚と考えているような、ナチュラル上から目線の人物だったがアベルとは違う。アベルとは違い、彼女は弱い連中に興味はないのだ。彼らが殺されようと、痛めつけられようと、食べられようと、彼女は全く以てどうでもよかった。
「だが、興味のあることがある。先ほどの空間転移魔術。あれについて教えろ」
それでも彼女を突き動かすのは知識欲。
魔女とはより知識を有するものこそが強者となる世界の生き物だ。故に未知のことにはどこまでも興味を示す。アベルとローラについても彼らに勝利したら、徹底的に解剖してその強さの仕組みを暴いてやろうという考えだった。
「あ、あれは王家の秘儀でして」
「教えろ」
セラフィーネの従えるゴーレムがSCAR-H自動小銃の銃口を王女に向ける。
「世界! 世界を救ってくれたら喜んで教えます! ですので、まずは勇者として世界を救っていただけないでしょうか!?」
王女も必死だ。この召喚に失敗したら文字通り人類の生存圏は消滅するのだ。
「ちっ。分かった。私もその勇者とやらをやってやる。要はその魔族とかいう連中を皆殺しにすれば解決するのだろう」
この人もまた平和調停とか任せたらダメな人である。
基本的に全滅か否かの0と1しかない。これで外交は無理である。
「ボクはどうしようかなー。みんながやるならやってもいいかなー。けど、ここで皆殺しってのもなかなか面白いかもなー……」
ローラは話に退屈してきたのかいい加減なことを言い始めていた。
「そちらの方は何をお望みで……?」
「しいて言うなら可愛い眷属かな……」
国王が尋ねるのにローラがそう告げて返す。
「そ、それならばこのようなものたちはどうでしょうか?」
国王が合図するとあれま、水着姿の美少女、美少年が部屋に入ってきた。
人間もいれば、そうでない種族も見受けられる。というか、なんのために用意していたのであろうか、この人たち。
「ほう? なかなかいいね。……見た目は。けど、弱いんでしょ?」
ローラは地味にこの中では一番面倒くさい人間──吸血鬼で、可愛くて、強くて、尽くしてくれて、見ていてにんまりできるような眷属が欲しいというわがままだった。
アベルのように弱者を救いたいわけでもないし、セラフィーネのように知識欲で動くわけでもない。彼女のわがままに付き合っていたら、10世紀以上はかかるだろう。
もっとも、便宜上彼女と呼んでいるが、真祖吸血鬼は無性である。つまり、女性でも男性でもいけちゃうのである。そのせいか彼女は眷属を番で飼いたがる。そこら辺も彼女のわがままポイントのひとつだ。
「エルフ種でしたら、強力な妖精術が使えますし、いつまでも美しいものです」
「へー……。まあ、それでいいかな。まあ、君たちには期待してないよ。最良の眷属というものは自分の手で探すものだし、さ。未知の世界だし、いい収穫があるかもね」
「ということは……?」
「……ボクも勇者やってあげるって言ってるんだよ」
なんだかんだでローラが仲間に加わった。
「そちらの御仁はどうなされますか……?」
国王がそう告げて見るのはフォーラントだ。
「ああ。哀れ絶滅の危機にある人類。私も同情します。深く、どこまでも深く同情します。私もあなた方をお救いしましょう。こうして円卓の座を設けられたということは、客人と国王も対等ということを意味しているのですよね?」
「ええ。異世界から遥々訪れた方々に無理なお願いをするのですから」
「つまり、私もあなたと同じ地位にあるとということですね?」
「はい。そのつもりで──」
国王が頷いたとき、その動きが止まった。
「私とあなたは同じ地位にある。同一の地位にある。つまり、あなたは私。というわけで、始めましょうか、皆さん!」
フォーラントが立ち上がって、拳を振り上げる。
「世界最強の勇者は誰か! 最初に人類を救った人が勝者です!」
「なっ……!」
その言葉にアベルが目を見開いた。
「国王様もそう思いますよね?」
「ハイ、ワシモソウオモイマス。イチバンハヤイヒト、ショウシャ」
国王がやけに機械音声染みた声でそう告げる。
「なるほど。そういう形で世界最強を決めようってわけだな。乗ったぜ!」
「いいだろう。受けて立つ!」
「勝つのはボクだけどね……」
そして、3名が椅子から立ち上がる。
「では、世界最強の勇者の名をかけて、用意! スタート!」
こうしてレースは始まった。
人類救世レース。
勝つのは世界で最初の人狼か。
あるいは3000年を生きる魔女か。
それとも真祖の名を冠する吸血鬼か。
「楽しいゲームになりそうじゃないですか」
もしかして人類を弄ぶ大悪魔か。
「魔族の場所を教えろ! ぶっ潰してきてやる!」
「早く敵の位置を言え。殺すぞ」
「ねえ。どこに敵がいるのか教えて……。そうじゃなきゃ死んで……」
これは人類が救われるようで、あんまり救われた気がしない物語。
「この召喚、絶対失敗だよ……」
そして、王女はひとり涙目になっていた。
……………………
人類「チェンジで……」