2話
今世間を震撼させている事件がある。
不定期に王都に現れては、気の赴くままに人々を殺す殺人鬼の存在である。
犠牲者は頭部を切断された上、顔を剥がされるという極めて残酷な手法で殺害される。見つかっているだけでもその数、五十人以上に上るとされており王国建国以来の一殺人鬼による殺害数としては最悪の数字を今尚記録し続けている。犠牲者は一人の時もあれば十数人規模と無差別であり、快楽的殺人であることは明白であり誰でも対象になり得ることを裏付けており、王都を恐怖のどん底に突き落としているのだ。
犯人特定につながるような決定的な証拠もなく、王都の治安維持を専門とする憲兵隊だけではなく王直属の騎士団も王からの直々の勅命により動くほどの大きな事件になりつつある。
昼夜問わず街中を警戒する彼らの布陣は隙と言う隙など一切なく、文字通り鼠一匹すらも見逃さない執念の捜査網が敷かれている。をだが殺人犯は血眼になって探す彼らを嘲笑うかのように、また事件の記憶が薄れ始めたそんな頃に人を殺め、その姿を再び闇に隠す。
「顔剥ぎ」としてその名を王都中に知らしめる殺人鬼は、自分の痕跡を誰にも掴ませずに今もどこかで死神に見染められた哀れな犠牲者の顔を剥いでいるのかもしれない。
「そういや前に『顔剥ぎ』が出てから相当時間が経ってるよな……?絶対にここ数日のうちに奴が動くと思うんだがどう思うよアインザック?」
「殺人鬼の思考は俺たち一般人とはかけ離れてるから規則性を探すだけ無駄だぜ、クエン。まぁでも、国もようやくというか前回の殺人を受けて城下町にある各ギルドの方にも正体のわからない殺人鬼の捕縛依頼が出されたんだから、俺たちも本腰入れて探さねぇとな」
ギルドとは民衆、経営者、果ては子供まで幅広く成功報酬さえ払えるのであれば誰からの依頼でも受理し、日銭を求める冒険者と呼ばれる職の人間に斡旋する役割を担う機関である。
今回は異例の国が依頼者となり、王都に点在するギルド全てに「件の殺人鬼の捕縛依頼(生死は問わない)」という旨の依頼がなされた。憲兵隊や騎士団に所属する人間達だけでは埒があかないと判断をしたのだろう。なんにせよ、人手は多い方がいいことに変わりはなくギルドとしても国からの依頼であれば首を横に振るわけにはいかないため、全てのギルドでこの依頼が受理された。
国からの依頼があったという話が広がった当初は、「手練の殺人鬼を相手にしていては命がいくつあっても足りやしない」と依頼に対して積極的関わりを持とうとしなかった冒険者達。だがしかし成功報酬の金額を目にした者達はたちまちその姿勢を転換し殺人鬼の捕縛に意気揚々と乗り出していく。それもそのはず、国が提示した成功報酬は一生を二回豪勢に遊んで暮らしても有り余る程の金額であったからである。一日の仕事でその日を生きることの駅る日銭さえ稼げればそれでいい冒険者達からしてみれば、突如お上から降って湧いた千載一遇のチャンスを逃す理由がない。
「しっかしまぁ王様も思い切ったよな。いくら何十人も殺し回ってるとは言え、ただの殺人鬼にここまで出すか?」
「犠牲者の内訳を考えたら一刻も早く排除したいっていう気持ちは痛いほどわかるから、なりふり構っていられなくなったんだろ」
「言われてみれば犠牲者の大半が若い女性だったな。女性を弱者って決めつけはよくねぇけど、恐らくは自分よりも力的に弱い人を意図的に狙ってるってのが王様的にいただけなかったか?」
「そういう事だ。それだけの大金を叩いてでも排除したい殺人鬼と、成功すりゃ一発逆転のチャンスがある俺たち。関係性としたらこれ以上ないくらいに釣り合ってるだろ?」
そう話すこの二人も成功報酬の魔性の魅力に取り憑かれた冒険者達のうちの一組である。今日も今日とて、国からの大きな依頼と並行して今日を生きていくために必要な金を稼ぐためにギルドへと足を伸ばしてるいるようだ。ギルドが一番忙しくなる時間帯である営業開始直後は手練れの冒険者たちが依頼板の前にたむろする為、彼らのような駆け出しの冒険者達は必然的に遅めの時間に安い依頼を受けることが半ば当たり前になっている。例に漏れず彼らも営業開始から一時間ほど待ちギルドへと向かうのである。
「しかも考えても見ろよ?捕縛に成功したら成功報酬だけが俺達の手元に来るんじゃないんだぜ?巷をあれだけ騒がせた殺人鬼を捕縛したっていう名誉が副産物としてついてくるんだぜ?」
「この副産物と金があれば意中のあの娘は俺の手の中に飛び込んでくるに違いない……!」
「そ、お前の意中の受付嬢のリーシャもきっとお前に惚れるはずだぜ?おっと間違えたお前の持つその金に惚れる、だったな」
「おいおい勘弁してくれよ、これでもなけなしの金で彼女に色々とプレゼントしてるんだぜ?ネックレスとかイヤリングとかさ?」
「通りで最近飯の付き合いが悪くなったわけだ。日々の稼ぎを野郎との食事に使うわけにはいかねぇからな」
「固いこと言うなよー、そこは相棒の恋愛が成就するように祈っててくれよな」
ちくりと小言を挟むアインザックに対して、頼むという姿勢を見せるとニカッと笑い「冗談だよと」青い春真っ只中の恋するクエンの肩を小突いた。この男が恋愛に対してはとことん奥手であることを長い付き合いの中で知っているアインザックからしてみれば、意中の女性にプレゼントを贈るという行動に出始めたという成長に思わず目が潤みそうになるのを必死に抑えるしかなかった。
「今日あたりにでもご飯に誘ってみようかな、どう思うよ?」
「そこの決定権を俺に委ねるのは男らしくないぜ?お前は誘いたいんだろう?なら誘え。俺のことなんて気にする必要ねぇよ」
「そう言うと思った。悪いな、今度なんかの形で埋め合わせは絶対するから!」
「いらねぇよそんなもん。ほらそうと決まればさっさと仕事して小綺麗に身なりを整えないとな」
「違いない。こんな泥臭い、汗臭いやつなんかと誰が一緒に行ってくれるって話だな」
他愛のない話をしている間にギルドが見えてきた。がしかし、どうにも様子がおかしい。外に人が集まり過ぎている。
「……ん?なんかギルドの外に人だかりができてるぞ」
「営業の開始が遅れてるのか?」
名の通った冒険者から同い年の若い冒険者まで皆一様にしてギルドの「外」にいるのだ。営業開始が遅れるなんてこと昨日聞いていないと、内心不思議に思いながらも二人は人だかりへと急いだ。