柱時計男
あいつはまるで時計のように正確だ。午後三時になると同時に家のチャイムが鳴らされる。あの古ぼけた柱時計が午後三時を告げるのと同じくして。毎日休まず訪問してくる点で彼も私にとって一種の時計であったといえよう。鳩が半身を顕わにし野太い鐘の音が家中にこだますると同時あいつはチャイムを鳴らすのである。
その正確さは時計の回転と軌を同じくして歩調を調整しているということか。様々な通りの事情を考慮すると、一分や二分の誤差があってもいいものである。この点を顧みるにあいつは明らかにあの柱時計をその行動の中心に据えていると見るべきだろう。といのもこの柱時計はすでに時刻の刻みに誤差が生じていたからだ。
ここに最新の電波時計がある。電波によって誤差を修正し絶えず標準時間を人に示してくれる。柱時計は万分の一ほどの時間の推移の間に人間には感知できないほどの遅れを内部に宿しながら、まるで何事もない様子でいつものように時を刻んでいる。その遅れはすでに標準時間から数えて三分二十二秒。
あいつの腕に嵌められた腕時計はこの柱時計に忠実ということか。何故、あいつは私の家の柱時計に己が時計の時刻を合わする必要があるのか。いかに柱時計に歩調を合わそうとも、通りの様々な状況から速く歩きすぎたり、立ち止まり遅れが生じることもあるだろう。柱時計はいよいよ三時を打とうとしている。私が何気なく窓を見遣ると、通りをあいつが早足で歩いてきている。それは柱時計の秒針と歩調が同軌している。私はあいつと柱時計を見回す。ああ。なんて正確なんだ。あいつがチャイムを押した。ボーン、ボーン、ボーン・・・鳩が半身を顕わにして野太い鐘の音が家中に響き渡った。