女が犯した三つの罪(2300字)
(誤字・脱字・変換ミスなど、後日訂正します。)
修学旅行のお土産で買ったかんざし。
漆塗りのちゃんとしたかんざし。
この男がくれたお金で買った。
だけど私は幼稚園以来、髪を伸ばしたことがない。
先の尖ったほうで一発、ぶすり。
首の後ろの、とある箇所をピンポイントに狙った。
ぶくぶくの脂肪だけだったから、動脈まで簡単に刺せた。
それだけで、死んだ。
男が私のナカで暴れまくってるときに刺したのだけど、
だんだんソレが縮んでいくのを、私のアレは感じた。
入れるのはあんなに痛かったのに、死んだあとはするっとぬるっと抜けた。
そして私のアレからどぼっと液体がこぼれ出した。
私の血液、この男の汁。
混ざってしまっている。
所詮私はこいつと同類。
同じく穢れた人々。
毒々しい赤、絵の具みたいな白。
混ざっているがピンク色ではない。
そこから何も生まれない。
死んだ男の肢体にしつこく絡まれていたせいで、
浅黒いの両脚の間から私の右足を引き抜くのに力が要った。
死後硬直か、執念か。
寝台から降りてバスルームに向かった。
不用意にホテルの備品に触れないように。
警察なんかには捕まらないけど、用心に越したことはない。
ほとばしるお湯。
ぴしゃっとタイルに跳ね返る。
48℃、少し熱めが心地よい。
穢れた私を洗い流してよ。
シャンプーの泡が赤く染まっている。
ラックに積まれたバスタオル。
甘いグレープの香り。
ネイビーの下地に花柄のワンピース。
アレをする前に脱いだから綺麗なまま。
金ぴかの飾りのドライヤー。
ショートだからあっという間に乾いた。
温風を男の顔に吹きつけてみる。
ぎょろっと開いたままの目。
よだれまみれの口。
もちろん反応はなくて、ドライヤーがぶおーっとこだまするだけ。
なんとなく男のソレが視界に入って、
そいつは今までのどのときより小さく見えた。
もじゃもじゃの下の毛に隠れていて、存在感がなかった。
二度と勃つこともイくこともできないね、死んだから。
ざまあみろって感じ。
ソレは股の間で無気力に垂れ下がっていて、
生まれたての哺乳動物みたいにふにょふにょしている。
自分を弱々しく見せて、「手荒にしないでよ」と懇願している。
さっきまでめちゃくちゃに私を犯していたくせに。
脱ぎ捨てていたパンプスでソレをつついてみる。
何の感触も伝わらなくて、つま先が汚れただけだった。
ぐりぐりと力いっぱいソイツを痛めつけてやると、一旦へこんで元に戻った。
案外しぶといなと思っただけで、何の感情も湧いてこなかった。
持ってきた小さなポーチだけを手にして、非常階段から降りてフロントに出た。
フロントには誰もいなかった。
そういうことのための無人のホテルだ。
革財布から万札を取り出して、精算機に入れた。
何のお咎めもなく自動ドアが開いた。
外はもう朝だった。
朝だ。
やましいところのない朝。
お天道様が目を覚まし、悪い子がいないか目を光らせる。
私はとりあえずラインをチェックしてから顔を上げると、
ジャージ姿でランニング中のおばちゃんと目が合った。
一瞬後ろめたかったけど、向こうは爽やかに会釈してくれた。
私も自然な気持ちで挨拶できた。
見知らぬ人に「おはようございます」なんて、
そんなこと言ったのはいつぶりだろう。
川沿いを歩いていると、男の財布を持ったままだと気が付いた。
でっぷり膨らんだ財布だけど、捨てればいいやと思った。
一万円札を紙吹雪みたいにして、風に飛ばした。
財布はすぐそこの自販機の脇のゴミ箱に捨てた。
入っていた硬貨は精算のお釣りの280円だけで、
それは貰っておくことにした。
それから自販機でお茶か果物のジュースを買おうと思ったけど、やっぱりやめた。
お店で飲み物と一緒におにぎりでも買ったほうがいい。
さっきからずっとお腹が鳴っているんだから。
両方買うと足りないかもしれないけど、安いものを選べば足りるはず。
そういえばかんざし、刺しっぱなしで忘れてきちゃったな。
高かったんだけど、まあいいや。
そもそも髪に差したことは一度もないんだし。
高いから欲しかっただけで、欲しいから欲しかったんじゃない。
そしてまた歩き出す。
ほのかに潮の香りのする川。
きっと海が近いんだ。
道なりに行けば海まで辿り着ける。
スーパーはないによコンビニなら海際でもありそうだ。
海を見ながら朝ごはんにしよう。
お腹いっぱいになりさえすれば、
どんよりした気分も晴れ晴れするだろう。
そこでトボトボ歩く私の横を、
私と同じ17歳くらいの子が颯爽と駆け抜けていった。
ふと、負けたくないな、と思った。
たぶんあの女の子は毎朝で川沿いを走っているんだろう。
何か月も真面目に続けている日課なんだろう。
その証拠にもうあの子は遠くまで行ってしまっていて、
川の水面で反射する朝日のせいで後ろ姿がにじんでいる。
だから運動不足の私なんかが敵うわけない。
けど走って追い付かなきゃいけない気がした。
「まだやり直せるはずなんだ」
私は目をつぶってそう私に言い聞かせた。
深呼吸すると、空気が冷たくてむせこんでしまった。
そして走り出す。
目はつぶったままで。
ワンピースが風をはらんで抵抗になるせいで、もたついてしまう。
昨晩からホテルから出してもらえなかったから、筋肉痛だし寝不足だ。
お腹も空いていて、もしかしたら栄養失調とかかもしれない。
スニーカーじゃないから走りにくくて、足の裏が痛い。
それでも走る。
帰ったらまずお母さんに謝ろう。
お父さんのお墓にも参って謝ろう。
本気で心配してくれた友達にも、怒ってくれた先生たちにも。
閉じた瞼のわずかな隙間から、光がちらちらし始めた。
家か高校に警官が来ると迷惑かけることになるから、出頭して自首しよう。
刑務所から出てこられるのは何年後だろう?
法律のことはよく判らないけど、厳しい判決なんだろう。
それでも心から反省して刑を受け入れよう。
これまでのことも、殺したことも、全部自分のしたことなんだから。
そして、目前は、もう海だった。
朝日にきらめく、海だった。
無計画ゆえに本文中繋がってない箇所がありますが、お許しを。また作者は男ですが、女性を軽視しているわけではありません。