98話 四魔族ヴァサーゴ
「ちっ、敵の数が増えてきやがったな」
剣に付いた血を、ビッ! と払いながらダニーが舌打ちをする。
迷宮に入り十三層目を迎えたのだが……ここに来て現れる敵の数が増えてきた。
強力な魔族が出現すると、モンスターの動きが活性化する現象はこれまでに幾度となく確認されている。
やはり四魔族の内の一柱がこの迷宮内で復活を遂げるという、ベルゼビュートの予言は当たっていると見て間違いないだろう。そして四魔族のいる場所に近づいてきたということも……。
「ダニー、悪い知らせだよ」
「ですぅ……」
少し経った頃、斥候に出ていたケニーとマリエッタが、ダニーに報告を上げる。この様子からすると、とうとう四魔族のお出ましか……あるいはそれに近しい強力なモンスターを発見したといったところだろうか。
「ケニー、マリエッタ、どうした?」
「実はこの先でトロールを四体見つけたんだ」
「それも全部変異体なのですぅ」
ダニーの質問に答えたケニーとマリエッタ。その報告を聞き、ダニーは「うげぇ……」と苦い顔をし、ハワードも「ぬぅ……また面倒な」と言葉を漏らす。
トロールの変異体……ランクで表せばA+とされる、トロールの上位種のことだ。通常のトロールと違い、武器を主体とした戦いを得意とすることで知られている。
「ジュリウス殿下、ここは俺たち騎士隊で引き受けます。あんな個体どもが出てきたってことは四魔族も近いはずです。殿下たちは先に行ってください」
「……いいのか、ダニー」
「大丈夫です、俺らだって魔神の黄昏を生き抜いたんですよ?」
「そう……だったな。よし、ここは任せるぞ、お前たち」
「「「「はっ!」」」」
逡巡の後に、ジュリウス皇子はダニーたち四人にここを任せることを決めた。あまりに真剣なやり取りに、アリアたちが言葉を挟む余地は……なかった。
そしてアリアたちが声をかける前に、ダニーを始めとした騎士たちは、皆に自信を感じさせる笑みを向けると、そのままトロールたちの待つ場所へと駆けていく。
『ゲバァァァァァァ――ッ!』
『ゲバババババッ!』
駆けてくるダニーたちを見て、四体のトロールの変異体が雄叫びを上げる。
剣を持った個体に槍を持った個体、それにガントレットを嵌めた個体と杖を持った個体が確認できる。
前から順に〝トロールナイト〟、〝トロールランサー〟、〝トロールファイター〟、〝トロールメイジ〟と呼ばれる個体だ。
ダニーがナイトに斬りかかり、ハワードがファイターにチャージアタックを仕掛け、ケニーとマリエッタもそれぞれランサーとメイジに向かって武器を振りかぶる。
「今だ! 行くぞ、お前たち!」
これで道は拓けた。この隙を逃しはしまいと、ジュリウス皇子はアリアたちに号令を駆けるともに奥の階層へと走り抜ける。
アリアたちの耳に、怒号と金属音、打撃音が聞こえてくるが……彼らを信じると決めたのだ。振り返ることはなかった。
◆
『ほう……なにやら騒がしいと思ったが――その神聖なる波動、勇者のお出ましか』
「その通りだ。そういうお前は四魔族の一柱だな?」
『如何にも。私の名は〝ヴァサーゴ〟……。魔王マモン様に仕えし四魔族が一柱である』
十五層目へと足を踏み入れた一行の前に現れた男と、ジュリウス皇子がそんなやり取りを交わす。
緑色の髪に赤銅色の肌、そして百八十センチを超える鍛えられた肉体に紫色のローブのようなものを纏った魔族――否、四魔族ヴァサーゴ……。
そこにいるだけで、アリアは肌に僅かな痛みを感じるような感覚を味わう。それだけヴァサーゴの放つプレッシャーが強いのだ。以前戦った魔族ベリルの比ではない。
「四魔族ヴァサーゴ、お前を討伐する」
そう言って、ジュリウス皇子は背にした蒼銀色のグレートソードを抜く。それに倣い、アリアたちも武器を構える……のだが――
『ふん、悪いが貴様たちの相手をしているヒマはない。私にはマモン様を復活させるという使命があるからな。まぁ、そこまで弱体化した勇者程度、私が相手をするまでもないというのもあるがな、ククククク……』
鼻で笑いながら言うヴァサーゴに、ジュリウス皇子は「……ッ!」と息を漏らす。自分が全盛期から勇者として大きく弱体化していることを見破られるとは……と――
それを見て、ヴァサーゴは嫌らしい笑みを浮かべると『来い! 〝オルトロス〟! 〝サイクロプス〟!』と叫び、左右に腕を広げる。
するとどうだろうか。ヴァサーゴの両手に禍々しい紫色の光が迸り、巨大な影を形成する。
「気をつけろ、お前たち! 〝召喚獣〟が来るぞ!」
鋭い声でジュリウス皇子が叫ぶ。それと同時だった。紫の影は二体の化け物――否、召喚獣と姿を成した。
召喚獣とは、特殊な力を持った魔族がマナを使って呼び出すことのできる使い魔のことだ。その強さは召喚者自身の強さに比例すると言われている。
『オルトロス、サイクロプスよ。その者たちを肉塊にしてやれ、食べてしまってもいいぞ』
『肉……食ベル……!』
『アリガタキ幸セ、必ズヤ、ゴ期待ニ応エテミセマス……』
ヴァサーゴの言葉に召喚獣――オルトロスは興奮気味に言葉を発し、サイクロプスは静かに……しかし、どこか狂気を感じさせる雰囲気で応える。
オルトロスは体長四メートルほどの燃えるような赤い毛並みをした狼型の召喚獣。サイクロプスは体長三メートルほどの紫の肌をした一つ目の巨人型召喚獣だ。
サイクロプスはまだしも、狼型のオルトロスが言葉を発したことに、アリアとステラは「言葉を……」「喋ったのだ!」と驚きを露わにする。
『それでは……さらばだ、勇者とその一行よ』
そう言ったヴァサーゴの背後の景色が歪む。すると紫色に染まった都市のような景色が映し出された。その瞬間から、ヴァサーゴの姿が薄れだした。
「あの景色……まさか〝魔界〟に転移するつもりか……!」
「行かせないにゃん!」
ヴァサーゴの背後に浮かんだ景色に、ジュリウス皇子はそのことを察する。そして逃してなるものかと、ヴァルカンが自身の戦槌型アーティファクト、〝ミョルニル〟を起動させそれを止めようとする。
ミョルニルはアリアのテンペストブリンガーと同様にマナダイトを含んだアーティファクトだ。
ヴァルカンは蓄積したマナを風と炎に変換放出させ、爆風や爆発を引き起こすブーストハンマーとして使用するのだ。
ミョルニルによって引き起こされた爆風で、ヴァルカンが消えゆくヴァサーゴへと接近する。
しかし――
『無駄……ダ……!』
「にゃっ……!?」
――ヴァルカンの攻撃はサイクロプスによって阻まれた。サイクロプスは咄嗟にヴァサーゴの前に立ちはだかると、ヴァルカンのミョルニルを拳で迎え撃ったのだ。
ミョルニルによって放った渾身の一撃、それもヴァルカンの固有スキル《アーティファクトマスター》を使用しての一撃を拳で止められたことに驚愕の声を漏らす。
ヴァルカンはもともと虎耳族ゆえに怪力だ。それに加え、固有スキル《アーテファクトマスター》は、アーティファクトを装備している間、スキル所有者にさらなる怪力をもたらすスキルだ。
いくら四魔族が呼び出した召喚獣とはいえ、そんな一撃をいとも簡単に止められようとは……。
『言い忘れていた。復活に際し、我ら四魔族は以前よりも魔王様の加護で強化されている。精々苦しむがいい……ククククク――』
最後にそう言い残すと、ヴァサーゴの姿は完全に消え去った。




