67話 商会長の異変
「ハァ――ッッ!」
裂帛の声が響き渡る。
声の主、アリアが持ち前のスピードで駆けていく。
向かう先はジャイアントエイプの懐だ。
敵に接近されているというのに、ジャイアントエイプは身動きが取れずにいる。
仕方なかろう、何せジャイアントエイプは腹に大きな切り傷を負っている。もちろんステラのグレートソードによるものだ。
それとは他に、肩口や腕にはアリアが投擲したスローイングナイフが突き刺さっている。
ドスッ――!
アリアの手にしたナイフが弱ったジャイアントエイプの心臓部に突き刺さる。
「ふぅ、連携の精度も更に上がってきましたね!」
「ふん! 我が本気を出せばこれくらい当然なのだ!」
真実の雫を手に入れて少し、いくつかの敵と遭遇する度に、アリアたちは連携でそれらを屠ってきた。
短い時間だというのに、連携力は目を見張るスピードで上がってきている。
「えっと、確かこの辺に〜……」
「ほらあそこよ、アリア!」
フェリがキョロキョロと周りを見始めたところで、リリがとある方向を指差す。
そこにはまたもや装飾された箱――トレジャーボックスが置かれていた。
「ふふっ、今度は何が入っているのでしょう?」
ワクワクした様子で、アリアがトレジャーボックスに手を伸ばす。
もちろん転移結晶の類への対応策としてタマもピッタリくっついている。
今度のトレジャーボックスもかなり小さめだ。
「これは、鍵……でしょうか?」
トレジャーボックスの中身、それは手のひらに収まるほどの大きさの黒い鉱石でできた鍵のようなものだった。
恐らくマジックアイテムの類いだろう。
鍵の表面には断続的に青色に輝く波紋のようなものが脈動するように広がっていく。
「あら、あそこの鍵ってそんなところに入っていたのね」
「あそこって……この鍵に対応した扉がこの迷宮の中にあるのですか、リリちゃん?」
「あるわよ。だってその鍵は〝ボス部屋〟を開けるのに必要なマジックアイテムだもの!」
「ボス部屋……!? ということは、ここは階層型の迷宮ではないのですね。どうりでいつまで進んでも次の階層への階段が現れなかったわけです」
リリの説明に、アリアは少々驚いた様子で反応を示す。
リリの言うボス部屋とは、迷宮でもっとも力のあるモンスターが眠る空間のことだ。
迷宮都市の迷宮であれば、ステラがアースドラゴンであった頃にいた空間がそれだ。
数ある迷宮には階層型と呼ばれる段階を踏んでモンスターがより強くなっていくものがある一方で、階層の上下が存在しない非階層型の迷宮が存在する。
後者には階層が存在しないため、ボス部屋は特別な扉で隔離された空間にあることがほとんどだ。
今、アリアが手に入れた鍵はその空間に入るために必要なマジックアイテムなのだ。
「リリちゃん、フェリちゃん、この迷宮のボスがどんなモンスターなのか知ってますか?」
「え〜と、大きい木のモンスターなんだけど、前の挑んだ冒険者たちはなんて呼んでたっけ?」
「確か〝トレントドレイク〟って呼んでたと思います〜」
アリアの質問に、答えるリリとフェリ。
ドレイクとは翼を持たない二足歩行のドラゴン族モンスターだ。
体長は四メートル〜六メートルほどであり、あらゆる属性の個体が存在するとされている。
その為、個体の属性によって強さに幅があり、ランクはC+〜B+と認定されている。
「ドレイクですか、わたしたちであれば何とかなりそうな相手ではありますが……」
アリアは悩む。
ドレイクを倒したともなれば、その素材を売って大儲けができる。
それだけではなく、ボス部屋には高確率でトレジャーボックスの中でもかなり高ランクのアイテムを収めたトレジャーボックスが存在する。
であれば是非とも戦いを挑み、手に入れたいところだが……。
「今日のところは一旦引き上げましょう。みんな疲労も溜まってきてますし、鍵は手に入れたので誰かの横取りされる心配もないでしょう」
(ほう、その辺の判断もできるようになっていたか、さすがご主人だ)
アリアの判断にタマは感心しながら、「にゃ〜」と鳴いてコクコクと頷く。
ステラは「む? もう終わりなのか、まだ暴れ足りないのだ」と、少々不満を漏らすが、アリアに都市に戻って美味しい物を食べましょうと提案されると、目を爛々とさせてそれに従うのだった。
「ねぇ、アリア。私たちも連れていきなさいよ!」
「せっかくタマちゃんとお友達になったのですから、離れたくありません〜」
そう言って、リリとフェリはまたもやタマに群がるとモフモフし始める。
「ぐぬぬ! タマから離れるのだ! ……と言いたいところだが、この後一回抱っこできるから我慢するのだ」
群がるリリとフェリに嫉妬するステラだが、抱っこ一回のお許しがアリアから出ているので、ここは引き下がるのだった。
「う〜ん、リリちゃんとフェリちゃんには、迷宮を案内してもらった恩もありますし……」
リリとフェリに触りたい放題されて、少々困った表情を浮かべるタマを見ながら、アリアは迷う。
リリとフェリがついてくること自体は歓迎だ。
一緒にいれば今後も迷宮を案内してもらえることも可能だろう。
何より、アリアはこの純粋で愛らしい妖精二人を気に入っていた。
彼女たちが望むなら一緒に生活するのも悪くない――そんな風に思えるほどに。
「リリちゃん、フェリちゃん、わたしたちについてくるのはいいですが、人間の町には危険がいっぱいなんです。それでもついてきますか?」
アリアの言う通り、妖精族にとって人間の暮らす場所は危険がいっぱいだ。
妖精族は希少で、マニアの間で高額で売り買いされることがある。
褒められた行為ではないが、特に違法とされているわけでもない。
特にリリとフェリは妖精族の中でも特に愛らしい容姿をしていると思われる。
そんな彼女たちを目にすれば、金目的の輩に狙われないとも限らないのだ。
「それだったら大丈夫よ!」
「私たちは戦闘スキルを持ってますし、タマちゃんたちが一緒にいてくれれば安心です〜」
心配するアリアに、リリとフェリはそんな風に答える。
確かに、迷宮という場所で何の能力も持たない存在が生きていけるわけがない。
リリもフェリもそれなりの戦闘力を有していると見ていいだろう。
「わかりました。それでは一緒に都市へと向かいましょう! 二人にはお礼に甘いものをたっぷり食べさせてあげますねっ」
「わーい!」
「やりました〜!」
アリアの言葉で、リリもフェリも大喜びだ。
喜びの声を上げながら、タマの周りをくるくると回り出す。
よほど甘いものが好きなのだろう。
その姿はまるで幼い子どものようだ。
◆
(む、あれは冒険者の一団か。くくく……こちらを見て驚いているな)
アリアの胸に揺られながら、タマは優れた視力で都市の方からこちらへと向かってくる冒険者らしい衣装を着た一団を捉える。
迷宮が現れたという情報を得て、これから攻略に向かうつもりなのだろう。
いち早く情報を得たつもりだったのが、アリアたちが迷宮のある方向から歩いてきたのを見て驚いているのだ。
「なぁ、アンタたち、もしかしてもう迷宮を探索したのか――って、妖精族だと!?」
先頭を歩いていたリーダーらしき男がアリアに向かって尋ねようとした途中で、彼女の後ろについてくるリリとフェリの姿を見て驚愕する。
「はい、ついさっきまで探索していました。この二人はその途中で仲良くなったのですっ」
「よ、妖精族と仲良くなるだって!? それにそのホクホク顔……よほど実入りが良かったんだな……」
冒険者の男はアリアが愛想良く答えるのを見て、その辺の事情を理解したようだ。
一番乗りできなかったことに、少々ガッカリした様子を見せる。
「まぁいい、それでもその人数じゃ迷宮の全てを回れたわけじゃないだろう、だったら俺たちにもまだチャンスはあるはずだ。みんな、諦めずに気合い入れていくぞ!」
「「「おうッッ!」」」
やはり男はリーダーだったようだ。
気持ちを切り替えると同時に、後に続く仲間たちに気合を入れるべく言葉を投げかける。
仲間たちもやる気満々だ。
「引き止めて悪かったな」
「いえいえ、迷宮にはジャイアントエイプやスモールトレント、それにポイズンビーが出ますから注意してくださいね?」
「そうか、敵の情報をくれるなんてありがたいぜ。俺の名前は〝ジョーイ〟だ。もし都市で会うことがあれば是非一杯奢らせてくれ!」
「わたしの名前はアリアです。隣にいるのはステラちゃんで、この子はタマ。妖精族の二人はリリちゃんにフェリちゃんですっ」
アリアに礼を言いながら自己紹介するジョーイ。
アリアもそれに応えたところで、それぞれの目的地に向かうこととする。
(ふむ、あのジョーイという男、野心に溢れた顔をしていたが、ご主人をイヤらしい目で見てはなかったようだ。なかなか好印象だ)
アリアの胸からジョーイの挙動を観察していたタマはそんなことを思うのだった。
◆
「ようこそいらっしゃいました。アリア様、ステラ様。会長より話は聞いています。どうぞこちらへ」
都市へと戻り、すぐ様レイスの商会へと足を運んだアリアたち。
すると給仕服の女性に丁寧に出迎えられた。
「よくぞ戻られましたアリアさん、ステラさん、それにタマちゃん。成果はどのような――ッ!?」
給仕の女性に商会の中に案内されてすぐ、レイスが朗らかな笑みで奥から出てきた。
だが、迷宮での成果のほどを聞こうとしたその途中、目を見開き黙り込んでしまう。
その視線の先にはリリとフェリが――
「レイスさん……?」
「あ……し、失礼しました。ピクシーにドライアド――妖精族を肉眼で見るのは初めてだったもので……。それよりも急用を思い出しました。ギルドには依頼の達成報告は済ませてありますので、報酬を受け取りに行ってください。迷宮で得たものは従業員に何なりとお申し付けください。では……ッ」
レイスの様子に、アリアが怪訝そうに声をかけると、彼は焦った様子で言葉を並べ、商会の奥へと引っ込んでいってしまう。
突然の出来事に、アリアたちは何も言うことができず彼を見送るのみだった。
そして突然の出来事だった故に気づかなかった。
リリとフェリを見るレイスの瞳――その奥に言い表すことができない淀みのようなものが差したことに……。




