66話 真実の雫
「にゃん(《ウォーターハウリング》)ッッ!」
リリとフェリのナビに従い、迷宮の中を進むこと少し――
アリアたちの匂いを嗅ぎつけたのか、スモールトレントが四体現れた。
スモールトレントは見た目は植物型モンスターだが、肉食で凶暴な性格をしている。
アリアたちの肉を喰らおうと襲いかかってきた。
そんなスモールトレントたちに、タマが《属性咆哮》が一つ《ウォーターハウリング》を放つ。
狙いは腕のように発達した左右の太い枝だ。
高圧縮された水の息吹が、スパンッッ! と枝を切りとばす。
「うわっ、すごいわねタマ!」
「こんなにちっちゃくて可愛いのに強いです〜!」
モフモフで愛らしい姿をしたタマが、まさかここまでの戦闘力を有しているとは……と、リリとフェリが興奮した声を上げる。
本当であれば、タマは《ウォーターハウリング》ではなく《フレイムハウリング》を使うことで、スモールトレントどもを一掃できるのだがそれはしない。
なぜならここは森林型の迷宮、炎属性のスキルを使いでもすれば、あっという間に火の海になってしまうからだ。
『ギギャァァァッ!』
左右の枝を切り飛ばされた痛みか、それによる怒り、あるいは両方か――スモールトレントたちが叫び声を上げ、捨て身のアタックを仕掛けてくる。
両枝を失ってはそれしか攻撃手段がないのだ。
「ここは我の出番なのだ!」
迫りくるスモールトレントたち、そのタイミングでステラが先頭に躍り出る。
完璧なフォーメーションとは言い難いが、それでもアリアとタマを庇うように盾を構え、スモールトレントたちを迎撃する。
スモールトレントの胴体と、ステラのメガシールドが衝突する。
『ギッッ!?』
線の細いステラに、かなりの重量を持つ自分の渾身の一撃を軽々と防がれたことで、スモールトレントが「驚愕!」といった様子で声を上げる。
そんなスモールトレントをよそに、ステラがさらにメガシールドに力を加え、敵の体を弾き飛ばす。
バランスを崩し後方へと倒れこむスモールトレント。
後ろにいたもう一体のスモールトレントを巻き込み、地面へと横倒しになる。
「にゃん(《触手召喚》)ッ!」
タマが喰奪スキルがひとつ、《触手召喚》を発動する。
タマの足下から複数の触手が勢い良く飛び出し、さらに後方から迫っていた二体の拘束に成功した。
「死ぬのだッ!」
その隙に、ステラが倒れた二体に向かってグレートソードを豪快に振り下ろす。
タマが後方の二体を拘束したお陰で、大技を心置きなく放つことができる。
スモールトレントは二体まとめて腹から横真っ二つに叩き割れた。
『ギギャァァァッッ――!?』
二体の断末魔の絶叫が迷宮の中に響き渡る。
そんな中、一つの影がとんでもないスピードで、拘束されたスモールトレントたちに突っ込んでいく。
言うまでもなく、《アクセラレーション》を発動したアリアだ。
両手にはヴァルカン特製のナイフが握られている。
身動きが取れないスモールトレントたちの懐へと飛び込むと、胴体中央よりやや左上を目掛けて一気にナイフを突き立てる。
スモールトレントには人間の心臓と同じような箇所に、生命活動に必要不可欠な核と呼ばれるものが存在する。
ヴァルカンに言われ、あらゆるモンスターへの対応策を勉強していたアリアはそれを知っていたのだ。
二体の体が大きく痙攣し始める。
かと思えば、声を発することもなくその場に大きな音を立てて倒れこむのだった。
「ふぅ、まだまだ完璧とは言えませんが、だいぶ連携が取れてきましたね。ステラちゃんがタンク、わたしが奇襲、そしてタマが援護……」
タマを抱っこできると聞き、更なるやる気を出したステラは先程よりもスムーズにタンクをこなすようになっていた。
まだまだ後方に控えた敵をおざなりにしたり、パワー一辺倒な部分も見られるが、成長度合いとしては申し分ない。
それにこのレベルの迷宮であれば十分と言えるし、タマの的確なサポートもあるので問題はない。
このままいけば、更に連携力を高めることも望める。
迷宮都市でお留守番中のヴァルカンも加われば、前衛も一人増えるのでパーティとして理想的な形を得ることもできるだろう。
「ふへ〜ビックリした、タマだけじゃなくてアリアとステラも強いのね!」
「アリアさんは風のように速く、ステラさんはドラゴンみたいなパワーを持ってらっしゃいます〜」
アリアが腰の鞘にナイフを収めたところで、リリとステラが感心した様子で声を漏らす。
「この迷宮が転生する前、リリちゃんとフェリちゃんが今まで見てきた冒険者たちはどんな戦い方をしていたのですか?」
「そうね〜、陰から見ていた分にはみんなで連携して戦っていたわよ!」
「でも今のアリアさんたちみたいに個々の戦闘力が秀でている方たちはあまりいなかったと思います〜」
リリたちの会話が気になったアリアが聞いてみると、二人からそんな答えが返ってきた。
やはりここまで個々のスキルが突出したパーティというのは数少ないのだろう。
「それよりも! アリアが欲しがっていたトレジャーボックスってあれのことよね?」
そう言って、リリが先の方を指差す。
そこには両の手のひらに収まりそうな装飾された小さな箱が無造作に放置されていた。
「これがトレジャーボックス……!」
急いで駆け出したアリアが、恐る恐るといった様子で箱に手を近づける。
そんなアリアを見て、タマは慌てた様子で彼女の肩にピョン! と飛び乗る。
迷宮都市の迷宮で、転移結晶に最下層へと転移させられた経験があったからだ。
万一そのようなことが起きれば、アリア一人では生きて帰ることはできないだろう。
アリアがトレジャーボックスを手の中に収める。
箱は金属製で、至る所を宝石のようなもので装飾されている。
この箱を売るだけで、かなりの儲けを期待できそうだ。
「あははっ! 人間って、あの箱を見つけるとみんなあんな反応するわね!」
「嬉しそうで何よりです〜」
感動に打ち震えるアリアを見て、リリとフェリが面白そうに言葉を交わす。
この迷宮が転生する前に、同じような光景を何度も見てきたのだろう。
「では開けましょう、何が入っているのでしょうか……」
アリアがドキドキした様子でトレジャーボックスの蓋を開く。
「なんだ、ずいぶん小さな物なのだ、でも中の液体がキラキラ光っていて綺麗なのだ!」
トレジャーボックスの中身を見て、ステラが言う。
中には透明なガラス細工のような小瓶が入っていた。
小瓶の中には透明な青色の液体が……何やら液体自体がステラの言ったように銀河のような輝きを放っている。
(この色、それにこの輝き、まさかこれは……!)
「〝真実の雫〟……?」
タマが中身の見当をつけたところで、アリアもそれに思い至ったようだ。
真実の雫――それは一度飲めば、胸の内に秘めた本音や真実を嘘偽りなく言葉にして表すことができる秘薬中の秘薬だ。
「精製方法は一切伝わっていないと聞いたことがありましたが、そういうことですか……」
真実の雫を手を震わせながら手中に収めるアリア。
彼女の言う通り、真実の雫は精製方法が不明とされている。
それが秘薬中の秘薬と呼ばれる所以だ。
そして、アリアが言う「そういうこと」とは、恐らく迷宮でのトレジャーボックスでしか真実の雫は生まれないのだろう、ということだ。
「ステラちゃん、このアイテムを見つけたことは他言無用でお願いします。良からぬ輩に知られれば、きっと狙われることでしょう」
「我はタマと食べ物以外に興味ないからそんな液体のことなど、どうでもいいのだ」
真実の雫の効果は絶大だが、それ故に悪用することもできる。
悪人に目を付けられぬように、アリアがステラに注意を促すも、ステラは言葉通りどうでも良さそうに答えるのだった。
「ねぇアリア、ずいぶん感動してるみたいだけど……」
「トレジャーボックスは他にもありますよ〜?」
「……っ!? まだあるのですか、リリちゃん、フェリちゃん!」
リリとフェリの言葉に、アリアの瞳が一層輝く。
妖精二人のナビに従って、一行は更に迷宮の中を進んでいく――




