62話 新たな迷宮へ
「これは……」
「森林……でしょうか? 街道近くまで広がってますね」
アリアの言葉に、馬車の中からレイスが応える。
リザードキャリアを走らせることしばらく――
途中で何度かスモールトレントに出くわしたが、タマが《属性咆哮》で屠る、あるいはステラがグレートソードで真っ二つに叩き斬った。
そんな彼らの前に、森林のような地帯が現れた。
そしてそれは地図上には存在しないはずのものだった。
『キキーッ!』
森林の中からそんな声が鳴り響く。
その直後、二メートルほどの巨大な猿のようなモンスターが森林の中から飛び出してきた。
「あれは〝ジャイアントエイプ〟……!」
こちらへと向かってくる猿型のモンスター――ジャイアントエイプに、アリアは目を見開く。
ジャイアントエイプは獰猛なモンスターだ。
そして、人間をいたぶることに快楽を見出すモンスターとして知られている。
だが、アリアが驚いたのはそれが理由ではない。
ジャイアントエイプは、森林型の迷宮、もしくはその付近にしか存在しないモンスターなのだ。
それが森林の中から飛び出してきた……それ即ち――
「この森林は迷宮なのでしょうか――?」
アリア、そしてタマが感じた疑問を荷台の中からレイスが漏らす。
「ひとまずそれは置いておきましょう。ステラちゃん、お願いできますか?」
「ふんッ、アリアに使われるのは癪だが暴れたい気分だ。ここは任されてやるのだ!」
そう言って、ステラが荷台の上から飛びだした。
その際に、ドラゴニュート形態へと体を変化させ膂力をアップさせる。
「にゃあ(《獅子王ノ加護》)!」
ステラの後を追って、タマも飛びだした。
ジャイアントエイプはCランクのモンスターだ。
ステラにとって敵ではないかもしれないが、念のためにバフを与えて能力の底上げを図る。
増援などに備え、いつでも《属性咆哮》を発動できるようにするのを忘れない。
『キキィィィィィィッ!』
ジャイアントエイプが拳を振り上げる。
対し、ステラはメガシールドでそれを迎え撃つ。
ドゴンッッ!
拳とメガシールドがぶつかり合い、鈍い音が鳴り響く。
「ふんッ!」
ステラがなんともないような表情で、メガシールドを横薙ぎ払う。
線の細いステラに、軽々と拳を弾かれた事実にジャイアントエイプが驚愕に目を剥く。
ステラの盾術の腕は上がっていた。
今までただ攻撃を防ぐことしかできなかった彼女ではあるが、ここにきて攻撃をいなすという技術を確立しつつあったのだ。
そして、これが勝負の分かれ目だった。
剛剣一閃――
ステラのグレートソードが真横に振るわれ、ジャイアントエイプの横っ腹を叩き切った。
「レイスさん、もしこの森林が生まれたばかりの迷宮だったとしたら……」
「冒険者たちにとっては宝の山みたいな存在となるでしょうね」
迷宮は、ある日突然何もなかった場所に出現することがある。
そして、生まれたばかりの迷宮は誰にも手をつけられておらず、貴重な素材や幻とさえ言われているトレジャーボックスが多々見つかることがある。
一攫千金を夢見る冒険者にとっては、夢のような場所なのだ。
(ですが、まずはレイスさんとアースドラゴンの骨格をグラッドストーンに無事に届けなければなりませんね)
アリアとて、生まれたばかりかもしれない迷宮に心惹かれはするが、冒険者として依頼はしっかりとこなさなければならない。
後ろ髪引かれながらも、ステラとタマを荷台に回収し、森林の前を後にするのだった。
◆
明け方前――
「ふぅ、なんとか無事にたどり着くことができましたね。いやはや、アリアさんにステラさん、それにタマちゃんもありがとうございました」
目的地であるグラッドストーンの入口へとたどり着いたところで、レイスが皆に向かって礼を言う。
数多くのモンスターとの遭遇、深夜の奇襲、それに突如街道付近へと現れた迷宮と思しき森林――
アリアの判断力にステラの戦闘力、それにタマの《獅子王ノ加護》による暗視効果がなければ無事にたどり着くことはできなかっただろう。
「とんでもないです。それがお仕事ですから。それより、ひとまずレイスさんの商会にアースドラゴンの骨格を運び込んでしまいましょう。そのあと、夜が明けたらギルドに依頼達成の報告と街道付近に迷宮が現れたことを報告しなければなりませんね」
「それなのですが、アリアさん。よろしければこのまま迷宮へと向かってはいかがでしょう?」
「……いいのですか?」
レイスの提案に、アリアが遠慮がちに問いかける。
「もちろんです。商会に着けばあとは従業員が格納作業を始めてくれます。アリアさんたちにはここまでお世話になりましたし、ぜひとも手付かずの迷宮で儲けてもらいたいところです」
冒険者であれば手付かずの迷宮に入りたいのは誰でも同じ、そのあたりを理解したうえでレイスは提案したのだ。
「では……お言葉に甘えさせてもらいますっ」
「どうぞどうぞ、よろしければ迷宮で回収した素材を私の商会まで持ってきてくださいな、お勉強させてもらいますよ?」
「それはありがたいです。……ステラちゃん、タマ。もう一仕事頑張れますか?」
「にゃあ(任せろご主人)!」
「大丈夫なのだ! むしろさっきの戦闘で体が火照って暴れたい気分なのだッ!」
タマもステラもやる気十分だ。
ステラに関しては手付かずの迷宮の魅力を理解してはいないようだが、まぁいいだろう。
「アリアさん、良かったらリザードキャリアを一体お貸しします。危ないので迷宮前に着いたら戻るように指示を出して下さい。帰りは徒歩になってしまいますが……」
「ありがとうございますっ、そこまでしていただけるだけで十分です!」
「それでは、ご武運を祈っております」
アリアの返答に、レイスは朗らかな笑みで彼女たちを送り出す。
その笑みに、やはりアリアは何か陰というか憂いというか……不思議なものを感じる。
だが、今のアリアにとってそれは気にもならない。
これから手付かず状態と思しき迷宮に攻略にありつけるうえに、その素材をギルドを介さずに商人に売ることができるのだから。
ギルドを介すと、どうしても仲介手数料が差し引かれてしまう。
だが、商人とのコネがあれば、それを支払うことなく儲けることができるというわけだ。
別に、アリアが金に汚いというわけではない。
アリアは将来、世界を股にかける正義の武人として活躍したいと思っている。
そのために自分用の拠点を複数用意することも必要だと考えているのだ。
それと、ステラの将来のために、ある程度の貯蓄は必要だ。
その二点を考えれば、今回の迷宮攻略は何としても一番乗りで始めたいところ。
万一他の誰かに先を越されても、出現したばかりの迷宮であれば、儲けは十分に得られることだろう。
「タマ、ステラちゃん、今のうちに〝スタミナポーション〟を飲んでおきましょう」
リザードキャリアの背中に揺られながら、自分の胸の谷間に収まるタマと、後ろに腰掛けたステラに向かって、アリアが革袋から疲労回復効果のある魔法薬、スタミナポーションを差し出す。
「うへぇ……苦いのだ! ――でも疲れが取れたような……?」
スタミナポーションの苦味で顔を顰めるステラだが、すぐに効果が現れ始めたことで不思議そうな顔をする。
前世がモンスターだったステラにとって、アイテムで疲れを癒すというのは初めての感覚なので当然と言えよう。
(よし、眠くなってきたところではあったが、これならいけそうだ)
幼体であるタマも眠気にやられかけていたところではあったが、スタミナポーションのお陰で持ち直した。
アリアは瓶からチュパチュパと中身を飲むタマを見て(はぁんっ! おっぱいあげてるみたいで興奮しちゃいますっ♡)などと、とんでもないことを考えていたりするのだが……それはさておく。




