61話 街道の異変
「そういえば、お聞きしてもよろしいですか?」
「なんでしょう、アリアさん? 私で答えられることだったら何でもお答えしますよ」
アリアに問われて、レイスが朗らかな笑みで応える。
旅路は順調だった。
途中、ゴブリンなどのモンスターに襲われることもあったが、護衛任務だったため、アリアたちは前に出ず、レナードに向かうのと同様に、タマが《属性咆哮》で一掃した。
街道を進み、現在は二日目の夜を迎えたところだ。
今もパチパチと焚き火が音を鳴らし、皆で夕飯を食べている。
日程的には、明日の早朝にここを立てば、昼前に目的地であるグラッドストーンに辿り着くことができる。
それはさておき、アリアが質問を続ける。
「アースドラゴンの骨格ですが、どのような商売に使われるのですか? 聞いた落札額ではそれほどの利益が生まれないように思えるのですが……」
冒険者が依頼主に深く依頼の理由を聞くことはあまりしない。
しかし、この二日間でレイスが気が良く優しい人間だということが分かった。
この人物になら、多少好奇心でものを聞いてしまっても大丈夫だろうと判断したのだ。
「そうですね……これは秘密にしてほしいのですが、私には武器商人の知り合いがいましてね、その武器商人が以前からアースドラゴンの素材を欲しがっていたのですよ。なんでも近年中に大きな戦いが起きる予兆があるとのことで……」
「なるほど、それでしたらあまり詳細を聞くわけにはいきませんね……」
レイスの言葉にアリアは納得する。
大きな戦い……貴族の領土争い、あるいは国同士の衝突というところだろう。
大きな商家はそういった情報に精通している場合が多い、そしてその情報は極秘裏に扱われるものだ。
その情報を曖昧にではあるが、教えてくれた。
アリアとしてはそれで十分だった。
(大きな戦いが起きれば、無辜の民の命が散ることになる……)
そんな事を想像し、アリアは顔を俯かせるのだった。
単純な魔族やモンスターとの戦いであれば、正義のために戦える。
だが、人同士の戦いとなればそうはいかないのがほとんどである。
ままならない現実に、行き場のないアリアの正義感が疼く。
「にゃ〜ん……」
「ふふっ、慰めてくれるのですか? タマは本当に優しいです」
焼肉を頬張っていたタマが、落ち込んだアリアの様子を見て、行儀よく地べたに座る彼女の膝の上に登り、腹のあたりに頭をすりすりと擦りつける。
アリアは小さく微笑むと、タマの頭を愛おしげに撫でてやるのだった。
「ぐぬぬぬ……そんな弱い娘のどこが良いと言うのだ」
アリアとタマのやり取りを見て、ステラが悔しげに呪詛を紡ぎながら、焼いた肉をまるごと頬張る。
あれから、ステラはタマのことを一回も抱っこできていない。
タマを男として付け狙うステラに、アリアが警戒を解かないからだ。
「それにしても、エレメンタルキャットというのは、ここまで賢い生物なのですねぇ」
アリアとタマの微笑ましいやり取りに、レイスが優しい表情で問いかける。
「タマは特に賢いようです。どうやら人間の言っていることをほとんど正確に理解しているようですし、おまけに固有スキルをいくつも持っています」
「ほうっ、ということは昼間見た属性の攻撃の他にまだ何か?」
「いくつかのスキルは確認してますが、おそらく近接攻撃のスキルはないはずです。まぁ……この子はスキルを隠している節があるので、なんとも言えませんが……」
いつも土壇場になってから信じられないようなスキルを使うタマに、アリアはジト目で視線を送るのだが、タマは普段通り「にゃあ?」と可愛く首を傾げてとぼけてしまうのだった。
「さて、レイスさん。食事も終わったことですし寝る準備を――なんですか、この音は?」
アリアが護衛対象であるレイスに就寝を促そうとしたところで、異音を耳に感じ取る。
不思議な様子でアリアを見つめるレイスとステラ、二人の耳には何も聞こえていない。
しかし――
(なんだ、何かを引きずるような音が……それもかなり重量がありそうだ)
その音はタマにも聞こえていた。
猫 (ベヒーモス )であるタマと、エルフであるアリアの聴力は常人よりも優れている。
遠くから聞こえる音も聞き漏らさないのだ。
「どんどんこちらへ近づいてきます。タマ、ステラちゃん、戦闘準備です!」
「にゃん(了解だ、ご主人)ッ!」
「ふんッ、どんなモンスターだろうと我の剣で叩き斬ってやるのだ!」
アリアは腰の短剣を、ステラはメガシールドとグレートソードを手に取り、臨戦態勢へと移行する。
レイスはいつでも逃げられるように、アリアたちの後方へと移動する。
「にゃあ(《獅子王ノ加護》)ッ!」
敵が接近してくる前に、この場の全員に《獅子王ノ加護》を付与する。
「おお! これはすごい、暗視効果があるのですね!」
レイスが興奮した声を上げる。
タマが《獅子王ノ加護》を発動したのは、皆の身体能力を上げるのも目的だが、暗視の効果を付与するのが一番の目的だ。
「あれは……〝スモールトレント〟ですね、資料で見たことがあります」
アリアが声を漏らす。
ゆっくりと接近してくるのは樹木型モンスターであるスモールトレントだった。
体長は三メートルほどで、枝による攻撃と自身の重さを活かした体当たりを仕掛けてくるモンスターだ。
「おかしいですね、この辺にはスモールトレントは生息していないはずなのですが……」
レイスが不思議そうな声を漏らす。
通常、スモールトレントは森林や森林型の迷宮にしか存在しないモンスターだ。
そしてこの近くにはそういった場所は存在しないはずである。
「今は気にしている場合ではありませんね、タマ! ここはあなたの炎の咆哮で焼き払ってください!」
「にゃん! (任せろご主人、《フレイムハウリング》)ッ!」
元気よくアリアに応えると、タマは愛らしい声で咆哮し、《属性咆哮》が一つ《フレイムハウリング》を発動する。
『ガギャァァァァァッ!?』
夜の街道に、スモールトレントの断末魔の悲鳴が響き渡る。
タマの《フレイムハウリング》はトロールの生命力ですら燃やし尽くしてしまうほどの威力を持っている。
木の体のスモールトレントは、あっという間に炎に包まれ、灰燼へと化していった。
「あれは……! まずいです、アリアさん。後方に何体ものスモールトレントが迫ってきます!」
レイスが声を張り上げる。
彼の言った通り、向こうの方からスモールトレントの群れがこちらへと押し寄せてくるではないか。
一、二、三……合わせて十体以上はいそうだ。
「馬車を出しましょう! 夜に道を行くのは危険ですが、このままモンスターが増えないとも限りません!」
「分かりました!」
アリアの指示でレイスが馬車へと乗り込み、アリアは御者台へと飛び乗る。
タマもアリアの肩に乗り、いつでもモンスターを迎撃できるように備える。
ステラも荷台に乗り、剣を構えて飛び出せるようにしている。
「にゃん(《獅子王ノ加護》)ッ!」
タマが再び《獅子王ノ加護》を発動する。
対象は六体のリザードキャリアだ。
暗闇の中でも進めるように、暗視効果を付与したのだ。
「発進っ!」
アリアが手綱をパチンと鳴らすと、リザードキャリアたちが鳴き声を上げて走り出す。
餌を逃したことが悔しいのだろう、スモールトレントたちが『ギャオォォォォッ!』と鳴き声を上げる。
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