30話 ベヒーモスの生態
早朝――
(むぅ……身動きが取れん)
とある事情で、タマは困っていた。
右に動くと……
ぽよんっ。
左に動くと……
むにゅんっ。
両側から柔らかな感触で押しつぶされ、身動きが封じられているからだ。
右はアリアだ。動くたびに、「んぅ……ダメですタマぁ、そんな激しくしちゃぁ……」などと、寝言を言っている。
「にゃぁ……私にそんな趣味は……ちょっとだけ興味があるにゃん……」
そして左側で、そんな寝言を言うのはヴァルカンだ。
アリアとヴァルカンは抱き合うように寝ている。
つまり――今、タマは2人の胸と胸の間でサンドイッチされてしまっているのだ。
ここはヴァルカンの店の2階。
彼女の寝室だ。
なぜこのような状況になっているのかというと……
昨日、2人は盛り上がってしまい、ヴァルカンの家の2階で二次会を開いた。
そして2人して酔い潰れ、そのままベッドへバタンとなった。
タマは酔ったアリアに捕まり、メロンへ強制ダイブ。
そこへ同じく酔ったヴァルカンが「私も仲間に入れるにゃん!」と言って、アリアへ抱きつくと2人して眠りにつき……そのまま朝になった。というわけだ。
……ところでヴァルカンの「ちょっと興味ある」という寝言だが、そういう意味なのかどうか気になるところだが――それはさておく。
(まぁよいか、ご主人もヴァルカン嬢も昨日はよく戦い疲れていたのだ。起こすのは忍びない。かと言ってやることもないし……ステータスの再確認でもするか――――なんだコレはッ!!??)
暇つぶしにステータスを開いたタマ。
だが、そこに記載されていた、ある項目を見て驚愕する。
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名前:タマ
種族:ベヒーモス(幼体)
固有スキル:《属性咆哮》、《スキル喰奪》、《属性剣尾》
喰奪スキル:《収納》、《ポイズンファング》、《飛翔》、《ファイアーボール》、《アイシクルランス》、《アイアンボディ》、《触手召喚》、《粘液無限射出》、《異種交配》
進化可能:▷ベヒーモス(第2形態)
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(進化……だとッ……!? そうか、そういうことだったのか!)
ステータスに刻まれた“進化可能”の文字を見て、タマは理解する。
世間で知られるベヒーモスとは、幼体が体の成長でたどり着く姿などではなく、進化によってその姿になるのだと。
(どうりでベヒーモスの幼体に関する情報や、成長途中のベヒーモスの目撃情報もないはずだ。進化が可能になったのは、恐らく昨日の戦闘で我が輩の力――言うならば、“技量”が上限に達した……というところだろうか)
モンスターは人間と同じように戦闘を繰り返すことによって力を増していく。
ただ人間と違うのは、ある程度の技量に至ると、その経験に合わせて進化することがあるというところだ。
タマはもともと前世で騎士としての技量を持っていた。それに加え、生まれたての状態で迷宮で経験した激闘の数々。カスマンとの決闘。そして昨日の迷宮でのアリアとヴァルカンと連携しての戦い……
短期間であるが、通常のモンスターでは決して経験することのない戦いの数々が、タマのモンスターとしての技量を高めたのだ。
(ふむ、これは我が輩にとっては都合がいい。もし、成長とともに一般的に知られているベヒーモスの姿へと近づけば、ご主人の騎士として仕え続けることはできなかった。だが、進化するかどうかを選べるのであれば……)
進化を選択しさえしなければ、いつまでも一緒にいられる――
タマはその事実に、安堵するのだった。
「んぅ……あ、タマ。おはようございます」
ちょうどそんなタイミングでアリアが目を覚ました。
ヴァルカンを起こさぬように、起き上がると、いつものように胸もとのタマに微笑みかけると、その額に、ちゅっ――とキスをする。
「にゃお〜」
タマはアリアの胸にスリスリと甘え、彼女の心を満たしてやるのだった。
「あんっ……タマったら甘えんぼうさんなんだからぁ……」
こころなしか、アリアの頬が赤く染まり、少々息が荒くなった気がするが、進化の事実を知ることができたタマは機嫌がいい。
アリアのアレな反応も今日は受け止め、さらに甘えてやるのだった。
むにゅむにゅ、ちゅっちゅ、すーりすり……
2人がじゃれ合う姿は、人間とモンスターということを度外視すれば、恋人同士のそれであった。




