27話 アリアの進化
うにょうにょ、ぐにょり……
迷宮3層目へと足を踏み入れたアリアたちの前に。
2つの蠢く影が現れた。
「うっ……ヴァルカンさん、丁度いい相手って、まさかアレですか?」
「にゅふふっ、そのとおりにゃん♪ アレが相手ならイヤでも直線的な動きは封じざるを得ないにゃ。捕まったら大変なことになるからにゃん」
蠢く影の姿を見て、顔を引き攣らせるアリアに。
ヴァルカンが笑みを浮かべ答える。
蠢く影――
艶かしく光る緑のボディ。
そのボディからは複数の触手が……
さらに、その全身からはヌチャヌチャヌメヌメとした粘液が滴り落ちる。
その者の名は“ローパー”。
地球でもいかがわしいゲームや薄い本で、他の追随を許さない活躍を見せつける卑猥という言葉が1人歩きしているような植物型モンスターだ。
大した戦闘力は持たないが、一度捕まってしまうとその後は悲惨。
全身を粘液だらけにされ、ありとあらゆるところをその触手で……いや、これ以上はやめておこう。
(こんな卑猥なモンスターたちに、天使でメロンでエルフなご主人を単身挑ませるだと!? ヴァルカン嬢よ、どれだけ弁えているのだッッ!!)
タマの頭は沸いていた。
「さぁ、アリアちゃん。これも修業の一環! あの蠢く触手をくぐり抜け、見事に倒してみせるにゃん!! もちろんタマちゃんは手出し無用にゃ」
「うぅ……わかりましたよぉ。《アクセラレーション》!!」
万一捕まってしまった時のことを想像し鳥肌を立てつつも。
アリアは得意の《アクセラレーション》を発動。
2体のローパーへと立ち向かっていく。
シュバッ!!
疾走してくるアリアへ向かって、ローパーが触手を伸ばす。
先ほどまでのウネウネとした動きがウソのような速さだ。
ローパーはその見た目に反し、動体視力がよく、触手の動きも俊敏なのだ。
(なるほど、これは確かにいい修業になるかもしれません)
伸びてくる触手を躱すため。
大きく迂回しながらアリアは思う。
それと同時。
躱しきれなかった1本の触手を逆手に持ったナイフで、スパンッ! と断ち切る。
『ピギャッ!?』
触手を切られたローパーが、苦悶の声を漏らす。
だが今度は、残りの触手を放射状に伸ばしアリアへと襲いかかる。
「くっ……!」
忌々しげに声を漏らすアリア。
これではどれかを切り落としても残りの触手に捕まってしまうからだ。
さらに、その隣では今か今かと、アリアの隙を狙うように静観するもう1体のローパーもいる。
アリアは疾る。
だが、その動きは以前のような直線的なものではない。
緩急をつけた一進一退。
フェイントを兼ねた左右のステップ。
触手に捕まりたくない一心が、アリアの動きを成長させていく。
「ここです!」
『ピィィィィィ――ッ!!??』
触手の抜け道――
それを見抜いたアリアが一気にローパーの懐へと飛び込んだ。
そして「はぁぁぁぁぁぁッッ!!」と裂帛し、その場で空中側転。
両手のナイフで、ローパーの触手を全て根元から斬り落とした。
「次ッ!! ――って、きゃあぁぁぁぁぁあ!?」
その場でトドメを刺しては、その隙にもう一体のローパーに捕まってしまう。
そう判断したアリアは触手を失ったローパーを後方へと蹴り飛ばした。
しかし、それがいけなかった。
後方へと蹴り飛ばされたその瞬間。
ローパー……否、ローパーさんは、圧迫されたせいで触手の切断口から体内のミルキー色の血液をドバッ! と噴き出し、それがアリアの顔へと直撃した。
「うわぁ……やっちゃったにゃ。とんでもないビジュアルにゃん」
「にゃあ(ハラショー)!!」
戦闘で汗ばみ顔を紅潮させた息の荒いアリア。
そんな状態の彼女にそんなものがかかれば……ね?
ヴァルカンはご愁傷さまとばかりに合掌し。
タマは、なかなかの完成度に興奮の鳴き声をあげるのだった。
「うぅ……もう許しません! こんなことしていいのはタマだけなのに!!」
怒りを露わにするアリア。
別にアリアは、ただ異種族とどうこうできればいいというわけではない。
アリアが好きなのは猫だ。
そして、自分の命を救ってくれた愛らしいタマに心底恋をしている。
初めてを捧げるのもタマと、心に決めている。
にもかかわらず、こんなモンスターに顔を汚され……
到底許せるはずもない。
ドガッ!!
横に控えていたローパーを蹴り飛ばす。
滴っていた粘液が降りかかるが、ここまでくれば構うものか。
後ろへ大きく飛ばされたローパー。
アリアはそのまま追随する……かと思いきや。
そのままローパーを追い越していった。
「んにゃ!? アリアちゃんいったい何を……」
「にゃあ(どうしたのだ、ご主人)?」
アリアの行動に。
ヴァルカンもタマも疑問の声をあげる。
しかし、次の瞬間――
それは起きた。
ズバッ! スパンッ! ザシュッッ!!
そんな音が響くと同時。
後方へと吹き飛ばされていたローパーの触手が、次々と切断されていく。
そして壁に叩きつけられる頃には、全ての触手が切り落とされていた。
「《疾風連斬》……“たった今、習得しました”。」
「「にゃ!!??」」
何が起きたのか理解ができずにいるヴァルカンとタマ。
そんな中、アリアがひとり呟いた。
アリアが口にした《疾風連斬》――
それは彼女が新たに習得したスキルだった。
そして、その正体は“派生スキル”だ。
先日のカスマンとの決闘で歯が立たず、タマを傷つけてしまった事実。
今回のクエストでヴァルカンから指摘を受け、このままではいけないとアリアは感じ取った。
そして、アリアの《アクセラレーション》は長年彼女が使ってきた固有スキルだ。
スキルは使用者の境遇に応じ、派生することがある。
強くなりたい。
もう二度とタマを傷つけさせない。
そして、タマ以外の存在に血であるとはいえ顔を汚された。
願い、思い、怒り――
それらがアリアの《アクセラレーション》を進化させてしまったのだ。
効果は《アクセラレーション》を発動中、自分の周囲に斬撃を発生させるというもの。
ローパーは斬撃を纏ったアリアに接近されたがために、その体を斬り刻まれたのだ。
緩急をつけた動きでは、直線的に動いた時ほどの手数は出せない。
だが、《疾風連斬》であれば移動とともに攻撃が可能だ。
スピードが売りのアリアには理想のスキルであろう。
「んにゃ〜そういえば、私が派生スキルに目覚めたのも感情が爆発した時だったにゃぁ……」
突如、派生スキルに目覚めたアリアを見て。
ヴァルカンも過去の記憶を思い出す。
派生スキルは存外、そんなきっかけで目覚めたりするものなのだ。
「この! このッッ!!」
奥ではアリアが、触手のなくなったローパーを滅多刺しにする。
南無……。




