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22話 決闘

「それじゃあ、アリアちゃん。本当にいいのね……?」

「はい、お願いします。アナさん」


 ギルドの裏庭。

 決闘の行方を見届けようと、冒険者たちが集う中。

 アーナルドに問われたアリアは、静かに頷き返事をする。


「ではこれより、男爵家長男でありCランク冒険者カスマンと、Dランク冒険者アリアと、そのペット、タマによる決闘を開始するわ! 前者が勝利した場合は後者を妻に貰い受け、ペットであるタマを殺処分。後者が勝利した場合は、殺処分の取り下げをすることとする。両者、異存はあるかしら?」


 アリアに頼まれ、決闘の見届け人となったアーナルドが、決闘の条件確認を始める。


「無論、ありはしない」

「ありません」


 この状況を作り出したカスマンに異存などあるはずもない。

 ニタニタと笑いながら、頷く。


 対しアリアも、これしか道は残されていない。

 悔しげに頷くのだった。


 決闘のルールは以下のようになっている。


 ・どちらかの死亡。

 ・どちらかの敗北宣言。

 ・見届け人が戦闘不能と判断。


 上記の内、1つでも満たせば勝敗が決まる。


「それじゃあ両者構えて……決闘、開始ッ!!」


「にゃん(《アイシクルランス》)ッッ!!」


 アーナルドが宣言した直後。

 怒りに燃え上がるタマが、速攻で仕掛けた。


 選択したスキルは氷の魔槍、《アイシクルランス》。

 そして狙いはカスマンの左胸だ。


 愛しい主人を泣かせた罪……

 それを後悔させる間も無く、一撃で殺すつもりだ。


 だが――


「くくく……無駄だ」


 不敵に笑うカスマン。

 どういうわけか、避ける素ぶりを全く見せない。


 次の瞬間、カスマンの体を虹色の靄のようなものが、包み込んだ。

 すると直撃コースにあった《アイシクルランス》が、靄に接触すると、パッと消え失せてしまったではないか。


「そんな……ッ!?」


 タマの攻撃を無効化された。

 その事実に、アリアが声を上げる。


「“マジック・プロテクション・リング”……。我が家の家宝でね、冒険者である私に父が譲ってくれた、魔法スキルを無効化するマジックアイテムなのだよ」


 驚愕を露わにするタマとアリアに。

 カスマンは自慢げに、右手の中指に嵌められたリングを掲げる。


(くそッ……そういうことか! ヤツめ、我が輩も一緒に相手取ると聞いた時に、何かあるとは思っていたが、まさかあのような手を隠しておったか!)


 カスマンの説明に。

 タマは忌々しいといった様子で歯ぎしりする。


 タマはエレメンタルキャットと勘違いされている。

 ゆえに、使用スキルは属性魔法のみ。

 最初からカスマンにとって、タマは脅威となり得ない。

 だからこそカスマンは、タマとアリアが一緒に戦うことを許したのだ。


「さぁ、アリア嬢! 君のエレメンタルキャットは、私の前には無力だ。降参したらどうだ?」

「く……ッ、タマ、後ろに控えていてください。《アクセラレーション》!!」


 降参などしてなるものか!

 タマを殺処分から救いたい一心で、アリアはカスマンへと立ち向かう。


(疾い!! だが、単純過ぎるぞ、アリア嬢!)


《アクセラレーション》で急接近してくるアリアに。

 Cランク冒険者であるカスマンでも、その速さには目を見張る。


 しかし、それも束の間。


 カスマンは剣を構えると。

 振り下ろす形で斬撃を放ってきたアリアのナイフを、的確に弾いてしまう。


「く……ッ!?」


 とっさにバックステップするアリア。

 そんな彼女の脇腹をカスマンの蹴りが掠り、その綺麗な肌を僅かに赤く腫らす。


「ほう、私の蹴りの直撃から免れたか。君の固有スキル、《アクセラレーション》……噂に違わぬ速さだ。だが、それだけだ!!」


 そこまで言うと。

 カスマンは一気に飛び出した。

 今度は自分から仕掛けるつもりのようだ。


(させませんッ!)


 対し、アリアは自分の太ももに手を伸ばし。

 巻かれたベルトからスローイングナイフを放つ。


 ビュン! と音を立てカスマンの顔目がけ飛んでいく。


「だから単純なのだよ、アリア嬢!!」


 バサッ!!


 カスマンは着ていたマントの裾を手に持ち、前方を覆い隠す。

 スローイングナイフは、マントに突き刺さるものの勢いを失い、防がれてしまう。


 それだけではない。

 カスマンは、そのまま前進してくる。

 そして、勢いそのままに剣を振り払った。


 まさか視界を確かめずに斬撃を放つとは。

 予想外の攻撃に、アリアの回避が僅かに遅れる。


「にゃん(させるか)!!」


 だが、アリアの体に剣身が触れるその一瞬――

 タマが宙へと跳躍し、アリアと剣の間に割り込んだ。


 ガキンッ!!


 金属と金属がぶつかり合う音が響き渡る。

 カスマンの剣と、タマの新装備であるヘルメットが衝突したのだ。


(ぐ……!? 重い!)


 タマの体全体に、衝突による衝撃が走り抜ける。

 そして、ズシャ! と地面に叩きつけられてしまう。


「タマ……! どうしてこんなこと……ッ」


(当然であろう、我が輩はご主人の騎士だ。身を呈して守るのが務めだ!)


 自分を庇ったタマに、悲痛な声で訴えかけるアリア。

 タマは、叩きつけられたダメージでガクガクと脚を震わせながら立ち上がる。


「ほう……害獣の分際で私の剣から、アリア嬢を守ったか。面白い! どこまで耐えられるか試してやろう!」


 カスマンが剣を振るう。

 それもただの攻撃ではない。

 上下左右、あるいはフェイント。

 様々な剣筋を組み合わせた対人用の剣技だ。


「く……あぅ……!?」


 それにアリアは防戦一方。

 モンスターしか相手取ってこなかった彼女にとって。

 貴族育ちのカスマンの剣技が相手では分が悪い。

 両手のナイフによる防御さえもあっという間に崩されてしまう。


(くそッ…………!!)


 アリアの危機に。

 またもやタマは飛び出す。

 捨て身の盾となり、何度も何度もアリアを凶刃から守ってみせる。

 もうやめて! と、悲痛な声を上げる彼女の声を無視して……


「くくく……どうした害獣よ、もう終わりか?」

「に゛、にゃあ……」


 カスマンが嗤う。

 とうとうタマは崩れ落ちた。


 見れば、浅くはあるが、体の防具で守られていない場所の至るところに出血が確認できる。カスマンの連続剣技が何度も掠ってしまったのだ。


(や、やらせないぞ……ご主人様は、我が輩が守るのだ!!)


 尚も立ち上がろうとするタマ。

 だが、それは叶わない。

 立ち上がるには血を流し過ぎている。


「もうダメ……やめてタマ……!」


 タマの姿に。

 アリアはとうとうナイフを投げ捨て、彼を庇うように抱きしめた。


 そして、「ごめんね、ごめんね……」と、何度もタマに訴える。

 果たして、彼をこんな目に遭わせてしまったことに対しての言葉なのか。

 それとも彼に守ってもらうしかできなかった自分の弱さに対してなのか……


「どうだアリア嬢、降参しないか? 君が私の全てを受け入れ、花嫁になると誓うのなら、そのエレメンタルキャットの命を見逃してやらんこともないぞ?」

「……! 本当ですか!? 本当にタマを見逃してくれるのですか!??」

「ああ、本当だとも。私は約束を守る男だ」


 カスマンの提案に、涙を浮かべ食いつくアリア。

 その様子にカスマンは満足げに頷き、肯定してみせる。


 もとより、アリアさえ手に入ればタマの命など興味はないのだ。

 それよりも土壇場まで追い込み、救いの手を差し伸べることで、従順になったアリアを手に入れる……全てカスマンの筋書き通りだ。


(くくく……アリア嬢、いや、アリアが手に入ったら、どう楽しんでやろうか? 普通に楽しむのも良いが、痛めつけて、その声を聞くのもいい……。くくくくっ! 想像しただけで堪らんぞ!!)


 これから始まるであろう。

 アリアとの生活を想像し、昂まるカスマン。

 喜びのあまり、その顔は壮絶に歪み、勝負の行方を見守っていた冒険者たちをドン引きさせる。


(ダメだ! こんな男にご主人を渡すわけにはいかない!! こうなったら……!)


 カスマンの笑みに、狂気を感じたのはタマも同じ。

 こんな男に主人が汚されるのならいっそのこと……


「くくく……さぁ、敗北を宣言するのだ。アリア……」


 ツカツカと蹲るアリアに近寄ってくるカスマン。


(ここだ……)


 次の一歩を踏み出そうとした、まさにその瞬間。

 タマが小さな鳴き声を上げる――


「にゃん(《エーテルハウリング》)……ッッ!!」


 轟――――ッッ!!!!


 突如、起こった暴風。

 カスマンが後方へと飛んでいく。


 ドシャ! グシャ! ベチャッ!!


 今まさに足を踏み出したカスマンはバランスを崩し。

 体をあらゆる方向に回転させ、地面に叩きつけられる。


 心なしか、腕や脚があらぬ方向に曲がっているような……


「タマ……まさか今のは、あなたが……?」


 アリアの前で魔法以外のスキルを使ってしまった。

 モンスターであることがバレてしまったかもしれない。


 だが、これでいい。

 少なくともゲスの手に主人が汚されずに済むのだから……。


 タマの顔は、穏やかだ。


「おい、今何が起きたんだ?」

「分からねぇ、ただ、アリアちゃんのエレメンタルキャットが鳴いたと思ったら、カスマンが吹っ飛んでいきやがったぞ!」

「それより、アリアちゃん! 今のうちだ、やっちまえ!!」


 ざわつく冒険者たち。

 その中でも、特にアリア・ラブな男が、彼女に向かって言葉を飛ばす。


 ハッとするアリア。

 タマを優しく地面に下ろすと。

 混乱と激痛で動けずにいるカスマンのもとへと向かう。


 そして――


「よくもタマをあんな目に……」


 底冷えするような瞳でカスマンを見降ろすと、その綺麗な脚を天高く振り上げた。


「ま、待てアリア嬢! まさか(・・・)……やだ! やめてくれ!!」


 振り上げた脚。

 その行方に想像がついてしまったカスマンが喚き声を上げる。


 彼は今、大股を開いた状態だ。

 どうやら股関節が外れてしまったらしく、脚を閉じることができない様子だ。


 どう見ても戦闘不能だが、見届け人のアーナルドは、何故か(・・・)それに気づいていないようだ。


「ふふっ、ダメに決まってるでしょう? そんなもの(・・・・・)がついているから、良からぬことを思いつくのです」


 アリアは微笑みを浮かべながら。

 カスマンの言葉を却下する。


 そしてこう言った。


「さよならです」


 言葉と同時に振り下ろされた踵。

 見事、狙ったところに命中し――破裂音を響かせた。


「勝者、アリア!!」


 アーナルドの決着宣言に。

 ギルドの女性職員や女性冒険者たちが一斉に歓喜の声を上げる。

 対し男性冒険者は、泡を吹いて気絶するカスマンを見て、自分の股間を具合悪そうに押さえるのだった。


「タマ! 今すぐ、ポーションを飲ませてあげますからね……!」


 カスマンを沈めると、すぐさまタマのもとへと戻ってきたアリア。

 アーナルドからポーションを受け取ると、すぐにタマの口へと注いでいく。


 傷が癒えてゆく感覚の中。

 タマは、主人を守れたことに安堵し、意識を落とすのだった。

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