21話 愛しい少女の涙
(ご主人? 何を顔を青くしているのだ? ……なに!? 我が輩の殺処分命令書だと!!??)
顔面蒼白のアリアを見て。
何事かと羊皮紙を覗き込んだタマも、ようやく事態を飲み込む。
そしてこの時になり、やっと知ることとなる。
自分がアリアを守るために、ケガを負わせた男。
その正体が、男爵家の長男坊であったのだと。
カスマンは他の貴族の例に漏れず。
プライドの高い男だった。
どうやら、アリアを自分のものにしようとしたのを邪魔された挙句。公衆の面前でケガを負わされ、恥をかかされたことに心底、怒り。男爵家である家の力を使い、タマの殺処分命令書を作らせたようだ。
「そんな……いや……いやッ!!」
可愛いタマ。
自分の危機に命を救ってくれた愛しいタマ。
そんなタマの殺処分命令など聞き入れられるわけがない。
けれでも、平民にとって貴族の命令は絶対。
がんじがらめの状況に。
アリアは涙を浮かべ、タマを強く抱きしめると、その場に蹲ってしまう。
タマを庇うその姿は、「この子を殺すなら、わたしも殺しなさい」そう言っているかのようだ。
「なぁ、なんとかできねぇのかよ……」
「無理だよ、カスマンの旦那は男爵家の長男なんだぜ? 俺たちじゃどうにもできねぇって」
悲痛なアリアの様子に。
周りの冒険者たちがそんなやりとりを交わす。
見れば、最強受付嬢のアーナルドも辛そうに目を閉じたまま。
いくら彼女(?)であっても、貴族の正式な権力の前では無力なのだ。
(この状況……どうするか? 隙をついて逃亡を図れば我輩の命は助かるだろう。だがそれは論外だ。そんなことをすれば、ご主人とは離れ離れ。騎士としてご主人を守り抜くという誓いが果たせなくなってしまう。どうしたものか……)
命の危機――
騎士の誓い――
タマ自身も2つの壁の間で、がんじがらめ。
何か方法は無いかと、アリアの胸の中で悩んでいた。
「あぁ……哀れなアリア嬢よ。そこまで、そのエレメンタルキャットのことが大切なのか?」
そう言って沈黙を破ったのは、意外にも、この状況を作り出したカスマン本人であった。
「大切です! この子はわたしの大切な……自分の子ども同然です。カスマン様、どうかご容赦を……!!」
カスマンに問われ。
アリアは、涙を流しながらカスマンに訴える。
だが、タマは気づいている。
カスマンの声は優しげだが、その瞳がドブ川のように濁っていることに……
「ではアリア嬢、どうだろうか。私と“決闘”をしてはみないか?」
「決闘……ですか? いったいどういう……」
「なに、君のペットを思う気持ちに私も心をうたれてな。少し可哀想に思ったのだ。だが、男爵家としても一度出した命令書を取り消すのは少々、世間体が悪い。そこで決闘だ。決闘で殺処分の取り消しを賭けて闘い、君が勝てば殺処分を取り消す……どうだろうか?」
大仰な仕草で語るカスマン。
つまり、アリアはチャンスを与えられたわけだ。
だが、その表情は未だ悲痛なままだ。
当然である。
なにせアリアはDランク。
対し、カスマンはCランク。
力の差は歴然であり、装備の性能も段違い。
アリアの勝利は、ほぼ不可能だろう。
「そんな顔をするなアリア嬢。何も1対1とは言ってはいないぞ?」
「……ッ!?」
「聞けば、君はそのエレメンタルキャットとともに、冒険者活動を始めたそうじゃないか。ならば、そのエレメンタルキャットと一緒に私に挑むことを許そうではないか!」
不思議そうな顔をするアリアに。
カスマンは高らかに宣言する。
(タマと一緒なら……!)
アリアの胸に希望が芽生える。
だが、それも束の間。
すぐに暗い表情となり、カスマンに問う。
「あなたの目的はなんですか……?」
と……。
殺処分命令を出しておきながら、自らチャンスを与えるような真似をするカスマン。
あまりに不自然な彼の行動に、アリアは他に目的があるのではないかと勘付いたのだ。
「くくく……アリア嬢、君は実に賢い少女だ。そうだ、君の思ったとおり私には目的がある。決闘には条件を付けさせてもらう。まず、君が勝利した場合、殺処分は取り消す。これは変わらない。付け足すのは私が勝利した場合の条件だ。アリア嬢……私が勝利した暁には、“君を花嫁に貰い受ける”。それが決闘の条件だ」
「……――ッッ!!」
息を飲むアリア。
やはり、カスマンには別の狙いがあったのだ。
いや……別の、というよりは、これこそが本来の目的だったのであろう。
カスマンは利用したのだ。
アリアのペットであるタマにケガを負わされたこの状況を。
アリアを冒険者パーティに入れるという、遠回りな手段から、手っ取り早く自分のものにしてしまえるように……。
「それでどうするアリア嬢? 決闘を受けるかな? それとも……」
「や、やります! 決闘をお受けします! だから、今この場で殺処分だけは……!!」
いやらしい笑みを浮かべ。
アリアへと質問――脅迫をするカスマンに。
アリアは泣きじゃくりながら、決闘の条件を受け入れるのだった。
断れば、この場でタマは殺処分。
アリアは受けざるを得なかったのだ。
(おのれッッ!!!!)
タマの体を、今までにないほどの怒りが支配した。
それは、愛しい主人であるアリアを泣かせたカスマンに対しての怒りであり、何よりこの状況を招いてしまったタマ自分自身に対しての怒りでもあった。
タマは誓う。
主人を泣かせたカスマン。
その罪を贖わせることを――




