17話 絆
「ふふ〜、気持ちいいです……」
酒瓶片手に。
虚ろな目でアリアが言う。
机の上には空いた酒瓶が3本ほど……
飲み過ぎである。
よっぽどタマがペットになったのが嬉しかったようだ。
当のタマはというと。
アリアの飲みっぷりに呆れ果て。
相手してられないとばかりに、ベッドでペロペロと毛づくろいをしている。
「もう、ご主人様を放っておいて毛づくろいなんて……タマは冷たいのですね……。そんな態度をとってると、一緒にお風呂に入ってあげませんよ?」
(お風呂……だと……ッッ!?)
聞き捨てならない言葉に。
タマの動きがピタリと止まる。
そんなタマをよそに。
アリアは、机の上の空き袋を片付けると。
ベッドの横においてあった籠の中に、着替えやタオルなど詰め込んでいく。
「一緒に行くなら今のうちですよ〜?」
ちょっとさみしそうな視線で、タマに籠を向けてくるアリア。
行くなら、この中へ入れ……ということらしい。
(し、仕方あるまい。我が輩はご主人の騎士。いついかなる時であろうと、その身を守るために離れるわけにはいかぬ。そう、これは仕方のないことなのだ!)
誇りある騎士として、女風呂に入るなど言語道断。
しかし、絶世の美少女である自分の主人に、いつ劣情を催した男が襲いかかるとも限らない。ならばここはプライドを捨て、ご主人の警護に努めるべき……。
そんな言い訳で、無理やり自分を納得させると。
タマはピョンっと籠の中に飛び降りた。
…………その飛びっぷりは、ずいぶんと軽やかだった。
◆
「あら、アリアちゃん。お風呂かい?」
「はい。ちょっと遅くなってしまいましたが、使っても大丈夫ですか?」
2階の部屋から降りると。
料理の載ったトレーを運んでいた女性が、アリアに話しかけてくる。
この宿屋は2階が宿泊施設。
1階が、受付兼酒場となっている。
アリアに話しかけた女性は、この宿の女店主だ。
「ああ、使って大丈夫だよ、ちょうどアリアちゃんで最後だ。ゆっくり使っていいよ。猫ちゃんもしっかり洗ってやんな」
「ありがとうございます!」
女店主の気遣いに。
アリアは礼を言うと、宿の奥へと進んでいく。
ここには交代利用制だが、それなりの大きさの洗い場と湯船が設けてあるのだ。
アリアが浴場へと向かっていくのを見て。
酒場で飲んでいた男の1人が、あとを追おうとするが、それに気づいた女店主のゲンコツによって阻止される。
◆
(う……浮いている……)
脱衣所で、アリアの魅惑の脱衣シーン。
そして、いちゃいちゃにゃんにゃん洗いっこを堪能したタマ。
アリアの体は、その体型も完璧であった。
さらに肌にはシミひとつなく、まさに理想の肌だった。
だが、そんな光景さえも吹き飛ぶようなことが、タマの目の前で起きていた。
浮いている。
アリアのふたつのメロンが湯船にプカプカと浮いているのだ。
自分も湯船に浮かびながら。
タマはその光景に目を奪われていた。
「タマ……?」
「にゃっ!?」
酔いと湯船の温かさで、天井をぼーっと見上げていたアリアが、急にタマに話しかける。
まさかメロンを見ていたのがバレたのかと、タマは慌てた様子で返事をする。
「タマ……わたしは強くなれるでしょうか?」
「……にゃあ?」
アリアの問いに。
タマは心配そうな面持ちで鳴き声を返す。
彼女の瞳が不安そうに揺れていたからだ。
すると、アリアはポツポツと語り始めた。
「わたしの住んでいた国はね。昔、魔族の軍勢に襲われたことがあったんです。その時、わたしは小さくて戦うことができなくて、ずっと隠れていたの……でもね、魔族は鼻がいいから、そんなわたしはすぐに見つかっちゃったの……」
そこまで言うと。
アリアはその時のことを思い出したのか、身震いしてしまう。
だが、それも束の間。
次の瞬間には彼女の顔に笑顔が生まれる。
「でもね、そんな時に現れたの、“剣聖様”が……! 剣聖様は、魔族に追い詰められたわたしの前に現れると、二本の刀で次々と魔族を斬り捨てて、わたしを救ってくれたんです」
(剣聖……。もしや、あの剣聖か?)
アリアの言う、剣聖という名に。
タマは聞き覚えがあった。
剣聖とは……数年前に、魔族の軍勢がとある国を襲った際に、どこからともなく現れ、たった1人でそれらを屠り、国を救ってしまった伝説の女エルフの通り名だ。
そんな存在に、アリアは過去に救われていたようだ。
そしてアリアは、さらに言葉を続ける。
「わたしはその時に決めたんです。いつか、わたしも剣聖様のように強くなって、困っている人々を助けてあげられるようになるんだって……。そのためにナイフの練習をして、修業のために冒険者になったんです」
(ご主人……!)
高潔なアリアの生き方に。
タマは心底、心をうたれた。
「ですが……」
だが、そこまで言って。
アリアは意気消沈といった様子で、顔を半分ほど沈めてしまう。
タマはアリアの言わんとしていることを察した。
たくさんの人を助けるどころか。
今日は、突然変異種とはいえゴブリン如きに後れをとり、タマに助けられてしまった。
恐らくそれが悔しくてならないのだ。
(大丈夫だ、ご主人……ご主人はまだ若い。その気概さえあれば、これからどんどん強くなっていくであろう。それに我が輩もついている。ご主人が強くなるまで、決してその命を散らせはしない)
落ち込むアリアの姿に。
タマは改めて、この少女を守り抜くことを決意する。
そして、器用に泳ぎ。
アリアの側まで近づくと、そのまま爪を立てぬように彼女の肩まで登り、彼女の頬に、自分の頭をスリスリと擦りつける。
「タマ……。ふふっ、君は優しいんですね」
そのおかげもあってか。
アリアの顔に笑顔が戻る。
今宵……1人の少女と一匹のベヒーモスは、絆を深めるのだった。




