171話 氷の女勇者の動向とエルフの少女の乙女心
王都ウル、とある屋敷にて――
「まさか、魔王ベルフェゴールの一件がこのような事態につながるなんて……」
氷の勇者シエルは、今朝方届いた書状の内容を見て溜め息を吐く。
書状は鬼人族の女王シュリからのものだった。
内容はもちろん、魔族の侵攻から国を守るために力を貸してほしい旨が記されている。
この件をシュリが知ったのは昨日のことだが、鬼人族の国リュウドウにはジャンプバードという魔法生物がいる。
この鳥は〝空間を短縮する能力〟を持っており、とんでもない速度で移動することができる。
そのおかげで、この速さで魔族侵攻の件をシエルに知らせることができたのだ。
魔王ベルフェゴールの封印されていた水晶、それが魔族に再利用されることで、他の国に危機が迫っている……そんな話を聞いては責任感の強いシエルとしては放っておくことなどできない。
すぐにメイドのマリに長期間屋敷を空けることを告げると、王都ウルを出発する準備を始める。
「魔族の襲撃は盛夏祭の前日、ということはあと三日ですか……。間に合うかどうか微妙ですが、全力を尽くしましょう」
そう言って、シエルは庭に出ると懐からアークボールを取り出し、一体のT-REXを呼び出す。
シエルに呼び出されたのが嬉しかったのか、彼女に頭を差し出すT-REX。
その頭をシエルは優しく撫でてやると、さっそく騎乗して出発するのであった。
まずは港町を目指し、そこからキングクラーケンで海を渡りリュウドウへ向かうつもりだ。
「今回の件、魔王ベルフェゴールの時以上に、何か嫌な予感がします」
T-REXを駆り、街道を進むシエル。
その勇者としての勘が、良くない未来を囁いている……そんな気がするのだ。
◆
同時刻、王都サカズキ、その宿屋にて――
「それにしても、念のために装備を持ってきて正解でしたね」
「ほんとにゃ、タマちゃんの収納スキル様様にゃん」
部屋の地面に普段の冒険者装備を並べながら、アリアとヴァルカンがそんなやり取りを交わす。
魔族の軍勢との決戦は三日後、今のうちに装備の確認を行なっているのだ。
「僕の装備も入れてきてもらってよかったよ」
「ほんとね、セドリックちゃん」
アリアたちの隣で、そんなやり取りを交わすセドリックとアーナルド。
旅行中に何があってもいいように、セドリックもタマの収納スキルに自分の騎士装備を入れてきてもらっていたのだ。
持ってきたのはそれだけではない。
各種アイテムに加え、リリとフェリが創り出した生命の泉から取れたエリクサーも大量にある。
タマの収納スキルがなければ、ここまでの用意はできなかったであろう。
「たしかシュリ女王も前線で戦うって言ってたのだ!」
「あとでエリクサーを分けてあげましょう!」
「みんなで有効活用するのです〜!」
ステラ、リリ、フェリも自身の装備を確認しながら、アリアたちにそんな提案をする。
(ふむ、この三人もなかなかに戦士として頼もしくなってきたではないか)
自ら戦闘に関する提案をできるようになったステラたちを見て、タマはそんな感想を抱く。
それと同時に、ステラにこっそり(今のはいい提案だったぞ)と、念話を送ってやる。
――タ、タマに褒められたのだ! どうだ、我は出来る女だろう!
ステラからそんな念話が返ってくる。
彼女の表情は、どこか得意げである。
タマはステラに向かって、肯定するように小さく頷いてみせる。
それを見たステラは、さらに上機嫌な様子を見せるのであった。
「む、むぅ……またタマとステラちゃんがいい感じになってる気がします……」
タマたちの様子を見て、アリアがそんな風に呟く。
昨夜、タマはシュリと密会していたことをアリアは感づいている。
それだけでも心が騒ついて仕方ないというのに、こうしてステラと絆を紡いでいる様子を見せられては……アリアの乙女心は複雑だ。
「にゃ〜?」
何やら考え込むアリアの様子に気づいたのか、不思議そうに首を傾げるタマ。
そのまま彼女を元気付けるように、彼女の脚に自分の頭をすりすりと擦りつける。
「ふふっ……やっぱりタマは優しいですね」
タマの気遣いに、アリアは幾分か心を落ち着けるのであった。