170話 浮気(?)
(いかん、とりあえずご主人のもとに戻らなくては)
シュリを見送ったところで、タマはハッと我に返る。
今は彼女のことは考えても仕方ない。
アリアたちが起きる前に、宿屋に戻らねば。
深夜の街を、タマはてちてちと歩き出す。
◆
「ふぅ、子猫相手だというのに、なかなかに緊張したのじゃ……」
城の私室にて――
シュリが着物を脱ぎ、少々大胆な紫色の下着姿になりながら、おもむろに呟く。
そして自身の唇に指先を触れさせ、頬をピンク色に染める。
思い出すのは、先ほどタマの額にキスをした感覚だ。
生まれてこのかた、シュリはキスというものをしたことがなかった。
始めてのキス――
子猫相手ならなんてことない……はずだったのが、シュリの胸は今ドキドキしている。
タマがあまりに賢く人の言葉を理解していた、というのもあるが、魔王を倒した英雄と接した、そして一緒に過ごし自分の過去や思いを伝えたことで、思った以上にタマを意識してしまったようだ。
「他国の王族や貴族に迫られても、こんな気持ちになったことはない。これが恋というものなのかのう……?」
悩ましげに自身の体を抱きながら、太ももを擦り合わせるシュリ。
タマの戦いぶりを見てからというもの、彼のことを思うと体が勝手に疼いてしまうのだ。
「たしか、アリアはタマのことをエレメンタルキャットと言っておった。大きくなれば、きっと妾を組み伏せてトンデモナイことをしてくれるのじゃろうな……♡」
タマが成長した時のことを想像し、シュリはさらに顔を赤くする。
そのままベッドに倒れ込むと……この先は言わないでおこう――。
◆
(ふむ、ようやく戻ってこれたな)
宿の窓から、部屋へと戻って来たタマ。
中を見渡し、皆が寝静まっているのを確認し、ほっとひと息つく。
皆を起こさぬように、ベッドの中にするりと入っていく。
もちろん、タマが寝る場所はアリアの枕もとだ。
「ん〜……タマぁ♡」
タマが枕もとに寝転ぶと、アリアがそんな寝言を口にする。
無意識のままタマに手を伸ばし、自分の胸もとまでタマを運ぶ……のだが――
「……他の女の匂いがします」
――スッと瞳を開き、何やら不穏な言葉を口にする。
「にゃっ(ひえっ)……」
アリアのジト目、そして言葉に、思わず小さな悲鳴を漏らすタマ。
そんな彼のことなどお構いなしに、アリアはタマの小さなお腹に顔を近づけ、何やらクンクンと匂いを嗅ぎ始める。
「やっぱり他の女の匂いがします。この匂い……まさかシュリ陛下と一緒にいたのですか?」
さらに冷たい表情を浮かべながら、タマに問いかけるアリア。
エルフの嗅覚は常人よりも鋭い。
恐らく、城でシュリと謁見した時に、彼女の匂いを覚えていたのだろう。
「に、にゃあ(ち、違うのだ、ご主人)……!」
別に浮気したわけでもないのに、必死に言い訳 (?)しようと鳴き声を漏らすタマ。
まさかこのような形で外出していたことがバレようとは……アリア、恐るべしである。
「しかも、これは発情した女の匂いですね。タマ、あなたまさか……?」
いやいや、そこまでわかるの?
え? 怖くない?
たしかに、シュリはタマの戦いぶりを見て若干発情していた。
匂いでそれを見抜くとは、いったいどんな嗅覚をしているのだろうか。
アリアが想像しているであろうことを否定するために、タマは涙目になりながら首をブンブンと横に振る。
彼の必死さが伝わったのか、アリアは――
「もう、夜のお散歩はいいですが、火遊びはしちゃダメですよ♡」
――と、優しくタマを抱きしめ、彼の額にキスをする。
「に、にゃあ〜(な、なんとか助かった)……」
とりあえず浮気認定されずに済んだことに、タマは安堵する。
そのままアリアに頭を撫でられているうちに、彼女の胸の中で眠ってしまうのであった。