16話 ささやかな宴
「ふぅ、すっかり夕方になってしまいましたね〜」
「にゃ〜お……」
オレンジ色に染まる商業区の表通り。
夕飯の買い出しで人がごった返す中を、タマを胸に抱き、アリアは歩いていた。
どうやら素材の鑑定が混み合っていたらしく、結構な時間待たされてしまったのだ。
その間、ずっと腹や肉球をくすぐられ、アリアのおもちゃにされていたタマの声には元気がない。
「夜ご飯は……店に入って、またナンパされても面倒です。何か買って帰ることにしましょう。たしかエレメンタルキャットは雑食でしたし、タマの分も買っていきましょうね?」
「にゃん!」
アリアの言葉に。
脱力していたタマに活力が戻る。
モンスターに転生したせいで、人間の食べ物など、もう一生口にすることなどできないと思っていたからだ。
「お〜い、アリアちゃん! 良かったらうちの串焼きを買っていかないかい? 焼きたてだよ」
「いやいや、オレんところの煮込みスペアリブのがオススメだ! アリアちゃんのためだったらオマケしちゃうぞ?」
通りを歩いていると、露天商たちが競うように声をかけてくる。
中には、接客中の客をすっぽかす者も……
アリアの人気がうかがえる。
「うわ〜どれも美味しそうです。そうしたら串焼きをお任せで5本、スペアリブは2つ下さい」
「あいよ〜」
「まいどー!!」
アリアの注文に、それぞれ嬉しそうに商品を紙袋に詰めていく店主たち。
注文した倍以上の量を詰めているが、どれだけ必死なのだろうか。
「そんなにいっぱい……いつもありがとうございますっ」
「な〜に、気にすんなって」
「そうそう、アリアちゃんは常連だからな。ところで……今日は、ずいぶん可愛らしい猫を連れてるんだな?」
たくさんのオマケをしてもらい、笑顔満面でお礼を言うアリア。
店主たちは、ダラシない笑みを浮かべる。
そのうちの1人。
スペアリブを売っていた方の店主がタマに目をやる……が、タマは気づいている。
店主が自分を見ているのを装って、アリアの谷間を拝んでいることに。
(こやつめ、先ほどの男のように痛い目に遭わせてやろうか?)
タマがそんな物騒なことを考え。
いつでも飛び出せるように、お尻をフリフリし始めたところで事は起きた。
「困りました。両手が塞がってタマを抱っこできなくなってしまいます……そうだ! タマ、帰るまでの間、おとなしくしていてくださいね?」
そう言ってアリアは、タマを持ち上げた。
そして――
すぽんっ!
タマをとある場所へと収納してしまう。
(((なん……だとっ…………!?)))
店主2人とタマの体を戦慄が支配する。
谷間――そう、谷間だ。
タマの体は、頭以外、アリアの豊満なバストの間に挟まっていたのだ。
あまりの出来事に、タマはただ体を硬直させるだけだった。
2人の店主も、谷間から子猫が顔を覗かせるという圧倒的ビジュアルに、ただただ生唾を飲むだけだった。
「それじゃあ、わたしはこれで失礼しますね?」
固まる店主2人を見て、不思議そうな顔をすると。
アリアは代金の銅貨数枚を置いて、その場を後にした。
「なぁ串焼き屋」
「なんだ、スペアリブ」
「オレ……猫に生まれたかった……」
「オレもだ……」
◆
(ああ……この世の天国であった……)
宿屋へとたどり着き、アリアの胸から解放されたタマはしみじみ思う。
歩くたびに全身を、むにゅむにゅ、ぷるぷるという感触が襲いかかった。
おまけに、アリアはクエストのあとで若干の汗をかいていた。
おかげで彼女の甘い匂いが通常よりも多く分泌され、タマの意識をまどろみの中に誘ったのだ。
「さぁ、タマ。こっちにおいで、一緒に食べましょう」
「にゃ〜ん!」
部屋に設置された机に。
先ほど買った品々が並べられる。
タレや香辛料のいい匂いがタマの鼻をつき、小さな腹が、きゅ〜〜と鳴る。
ぴょん! と、ひとっ飛びで机に飛び乗る。
するとアリアはタマに向けて、串焼きのひとつを「あ〜ん」と差し出す。
がぶり!
朝からミルクしか飲んでいなかったタマは、待ってましたとばかりに一気にかぶりつく。
炭で炙られた肉の旨味。
溢れ出す肉汁。
そして、甘辛のタレが口の中にぶわっと広がる。
(こりゃたまらん!)
料理などどれくらいぶりだろうか。
感動のあまり、タマは串焼きを丸々一本、一気に食べ尽くした。
「ふふっ、いい食べっぷり……いっぱい食べて、はやくおおきくなってくださいね……?」
アリアが熱っぽい視線を送るが、この時ばかりは、肉に喰らいつくことを優先させる。
「迷宮でタマに助けられて、そのうえ種族はエレメンタルキャット……今日はいい日です。せっかくだし、一杯飲んじゃおっかな?」
タマがスペアリブにかぶりつき始めた頃。
アリアはそう言って立ち上がり。
部屋の隅に置いてあった瓶をもってきた。
ラベルを見るに。
どうやらそれは果実酒のようだ。
この国では男性は14。
女性は12で成人となる。
アリアの見た目は15〜16くらい。
もう立派に成人しているというわけだ。
(ふむ、ご主人よ。若い娘が1人酒とはいかがなものか……いや、外で酔っ払って、変な輩にいいようにされるよりは遥かにマシか)
アリアの口から溢れた果実酒が、その豊満な胸に伝う様を眺めながら、タマは思うのだった。




