14話 ア◯ル・ビー・バック
“ねぇ、カスマンちゃん? ギルド内で剣を抜くなんてどういう了見かしらん?”
そんなセリフとともに現れた人物に、カスマンはもちろん。
ベヒーモスでさえも凍りついた。
「“アナ”さん!」
そんな中。
唯一アリアだけが、顔をパッと輝かせる。
「大丈夫だった、アリアちゃん?」
「はい、このとおりですっ」
「そう、よかったわん♪ ……ところでカスマンちゃん、お返事は? 内容によっては、あなたの尊厳はズタズタになるから、慎重にね?」
「ひぃぃぃぃぃぃ!?」
現れた人物に凄まれ、カスマンは心の底から悲鳴を上げる。
無理もなかろう。
現れた人物……それが正真正銘の化け物だったのだから――
アリアにアナと呼ばれた人物。
本名、“アーナルド・ホズィルズネッガー”。
190センチはあろう筋骨隆々の体をボンデージファッションで包みこみ、そのボンデージの首元からは、高い技術の窺える盛りメイクを施したスキンヘッドのおっさんの顔が生えている。
その正体は、このギルドの受付嬢(?)にして、元Bランクの凄腕冒険者。
氷雪系の上位魔法を自在に操り、現役時代は“雪の女王”の2つ名をほしいままにした怪物だ。
そして、彼女(?)の趣味は少々特殊。
異性だろうと同性だろうと……たとえそれがノンケであろうと、ギルド内で何かをしでかせば容赦無く制裁を下す、そんな人物なのだ。
「こ、これは……わ、私の剣をアリア嬢へ自慢していたところなのだ! おっと、それよりも急用を思い出した。私はこの辺で失礼するとしよう!!」
ヤラれてなるものか!
とっさに思いついたウソと言い訳を並べ。
カスマンは血相を変え、走り去っていく。
「まったく、あんな勢いで逃げていくなんて……失礼しちゃうわん」
アーナルドは心底心外といった様子でため息を吐くのだった。
「ありがとうございます。アナさん、助かりました」
「いいのよ、アリアちゃん。困ったことがあったら、いつでも私に相談しなさいな」
「はいっ!」
(ふむ、このアナという人物……見た目はとんでもないが、どうやらご主人と仲がいい様子。それに人柄もいいと見た)
聡明な騎士であったベヒーモスは、見た目だけで人を判断するような真似はしない。
アリアとの会話。
助けてくれたという事実。
そして、アーナルドの口調や表情を読み、それを見切ったのだ。
「それよりも、そこの子猫ちゃん。なかなか見どころがあるじゃない? カスマンちゃんの手からアリアちゃんを守るために戦ったのよね? まるでナイト様みたいだったわよん?」
(む、一連のやりとりを見ておったのか。いや、それにしてもモンスターである我が輩の心境まで見抜くとは……なかなかやりおる)
ベヒーモスがそんなことを思っていると、アーナルドは彼を見つめ小さくウィンクを飛ばした。
「この子がすごいのはそれだけじゃないんですよ。実はさっき迷宮で、魔法を使うゴブリンに襲われたんですけど、間一髪のところで、この子が魔法スキルを使って守ってくれたんです!」
ギクリ!
ベヒーモスの体に緊張が走る。
どういうわけか、アリアはベヒーモスがモンスターであることに抵抗を持っていないようだ。
だが、他の者にそのことがバレれば自分は……殺されてしまうかもしれない。
「魔法スキル……ですって?」
アリアの言葉を聞いたアーナルドが、訝しげにベヒーモスを見つめる。
そして……
「猫なのに魔法を使う……それにこの茶トラ模様の毛並み、この子もしかして――」
(終わった……)
ベヒーモスは確信する。
「――“エレメンタルキャット”じゃないかしら?」
(はいはい、そうですよ。我が輩はエレメン……なんだって?)
アーナルドの口から、モンスターではないかという言葉が紡がれることを予想していたベヒーモス。しかし、その口から紡がれたのは、エレメンタルキャットという思いもしない単語だった。
「やっぱりそう思いますか!? はあ〜〜〜良かった! わたしの思ったとおりです!!」
そして、アーナルドの言葉を聞いて笑顔満面で喜びを露わにするアリア。
この世界にはエレメンタルキャットという希少生物が存在する。
通常の猫よりも賢く、ある程度であれば人間が言わんとしていることを理解するとされている。
そして、もうひとつ大きな特徴がある。
その特徴とは、通常の動物種と違い属性魔法を操れることにある。
賢さゆえに、一度主人と決めた人間にとことん懐き。
その強さを持っているがゆえに、主人を守ろうとする……そんな生物なのだ。
迷宮で命を救ったアリアを、ベヒーモスは主人と崇め、あとを追ってきた。
そして、危機に陥ったアリアをふたつの属性魔法で守り抜いた。
つまり、アリアはベヒーモスをモンスターではなく。
エレメンタルキャットの子どもと勘違いしていたのだ。
(は、ははは……そういえば、エレメンタルキャットも今の我が輩と同じように茶トラ模様であったな……)
そのことを思い出したベヒーモスは、大きく脱力する。
「決めました。この子の名前は“タマ”! 今日から、わたしの正式なペットとして育てます!!」
脱力するベヒーモスをよそに。
アリアは声高らかに宣言する。
(なに!? ということは、これからは堂々とご主人と行動を共にできるということか!!)
ベヒーモスの瞳がキラキラと輝く。
「ねぇ、アリアちゃん。本当にいいの? エレメンタルキャットって成長したら2メートルくらいになるし、“異種交配”もできるから、発情期に主人を襲うこともあるのよ?」
「なにを言ってるのですかアナさん。それがいいんじゃないですか!!」
(…………あらやだ。アリアちゃんったら、そういう願望持ちだったのね……)
アリアの発言に。
アーナルドは自分のことを棚に上げて、軽く引くのであった。
つまり、アリアの願望とは……
いや、やめておこう。
「タマ……はやくおっきくなってくださいね? そしていつか、わたしの初めてを……ふふっ、たくさん“にゃんにゃん”しましょうね?」
頬を赤らめ、そう言うと。
アリアは……ちゅッと、ベヒーモス――タマの額にキスをした。
ゾワリ……!
タマの体に言いようのない何かが走るのだった。




