146話 大戦開幕
(バカ、な……ッ!)
驚愕に瞳を見開くタマ。
その視線には、爆煙の中から涼しい顔で出てくる巫女の姿が――
そんなタイミングで、タマの体が光り出す。
力を使い果たしたことで、進化が解除されてしまったのだ。
「にゃあぁ……ッ!」
ギン――ッ! と瞳を鋭く細め、巫女を睨みつけるタマ。
そして残った力で、《属性剣尾》が一つ《フレイムエッジ》を発動する。
たとえ進化が解除されてしまおうとも、最後まで戦い抜くつもりなのだ。
【……合格】
「にゃ……?」
巫女の呟きに、タマが不思議そうな声を漏らす。
そんなタマに向け、巫女は初めて僅かに微笑みを浮かべる。
そして指を、パチン! と鳴らす。
するとどうだろうか。
不思議な空間は砕け散り、元の祠の中に戻ってきたではないか。
「にゃん(ご主人)!」
「タマ、無事だったのですね!」
アリアの姿を見つけ、急いで駆け寄るタマ。
そんな彼をアリアは優しく抱き上げた。
「巫女様、合格とはいったい……」
タマを抱きしめながら、問いかけるアリア。
すると巫女は――
【……あなたたちは、力が尽きても、私に立ち向かって、きた】
【……この試練は、力を試すものではなく、勇気を、試すもの……】
――そう言って、アリアとタマに優しい眼差しを向ける。
「……っ」
息を漏らすアリア。
タマを抱きしめたまま、その場に座り込んでしまう。
(ふむ、巫女の言葉を聞くに、ご主人も奥の手を使った後に、まだ戦いの意志を示したというわけか)
タマの想像通り、アリアは全てのマナを使い《エクスキャリバー》を発動。しかし、巫女を倒しきることはできなかった。
それでも、アリアはタマ同様に戦いを諦めなかった。マナの尽きた体でテンペストブリンガーを握り、突撃しようとしたのだ。
「一つ、質問してもいいですか?」
【……?】
「どうして、巫女様はこのような場所にいるのですか? 今、外の世界では大きな戦いが始まろうとしています。巫女様ほどのお力があれば、それを止められるのでは……」
もっともな質問をするアリア。
そんな彼女に、巫女は――
【……私は、この世界の人々の感情によって、作られた〝思念体〟……】
【……精霊を鎮める役割しか、持ってない。だから、この祠から出ることも、できない……】
――と、澄んだ瞳で答える。
「「…………」」
巫女の答えに、何も言えなくなってしまうアリアとタマ。
想像を大きく上回る答えに、どう反応していいのかわからないのだ。
(しかし、なるほど。思念体か……)
タマは理解する。
思念体……実体を持たないからこそ、タマの攻撃に臆することなく巫女は向かってきた。
そして、全力を尽くした集中攻撃さえも、無効化されてしまったのだと。
【……さぁ】
【……契約の儀式を】
アリアたちが答えに納得したのを見計らい、巫女がそう言って両腕を左右に広げる。
すると背後に、白銀・炎・蒼・緑・黒の光が浮かび上がる。
「これが……」
【……そう、精霊】
アリアの言葉に、巫女が短く答える。
光は輝きを増し、白銀の光はアリアの体へ、残り四つの光はタマの体へと吸い込まれるように消えていく。
「光精霊……ライトニング……?」
頭の中に浮かんだ単語を、アリアが声に出す。
それはタマも同じだった。
彼の頭の中にも、火精霊イフリート、水精霊ウンディーネ、風精霊シルフィーネ、土精霊ノーム――そんな四つの単語が浮かんできた。
そして次の瞬間、二人は自分の体の中から、膨大なマナエネルギーが湧き上がってくるのを感じる。
【……精霊が、あなたたちを認めた……】
【……これで、契約は完了……】
静かに、言葉を紡ぐ巫女。
次の瞬間、彼女たちの体が足元から輝く粒子となって消え始めたではないか。
【……精霊の力】
【……正しく使いなさい】
そこまで言って、巫女の姿は完全に消え失せた。
「タマ、すぐに里に戻りましょう!」
「にゃん(了解だ、ご主人)!」
そんなやり取りを交わすと、二人は封印の祠を後にする。
◆
「いよいよですね、ミナ」
「そうですね、シエル様……」
ホロの里から少し先の草原で、そんなやり取りをかわす二人。
その視線の先――遠くの方には、土煙がもうもうと上がっている。
エレボル族の進軍が思った以上に早く、ミナは早期に里の戦えるものたちで軍を結成し、この場で迎え撃つ態勢を整えたのだ。
「大きな戦い、血が騒ぐのだ!」
待ちきれない……! といった様子でステラが声を上げる。
「アリアとタマが戻ってくるまで!」
「負けるわけにはいかないのです〜!」
ステラに続き、フンスフンスと鼻息を荒げ、張り切るリリとフェリ。
遠くから進軍してくるベルフェゴール軍を見ても、臆した様子はない。
さすが、ルミルスの里での大決戦を乗り越えてきただけのことはある。
「まさか異世界人と戦うことになるにゃんて……」
「ちょっと複雑なの……」
人間同士での戦いを前に、ヴァルカンとマイは何とも言えない表情を浮かべている。
「仕方ないさ、彼らは魔王の側についてしまったからね……」
二人を……特にマイを気遣った様子で、声をかけるセドリック。
しかしホロの民たちは、やる気満々! といった様子でウォーミングアップをしている。
もともと、彼らは過去の大戦で大暴れしたボルトを信仰するエレボル族を敵視していた。
そんな部族との戦いともなれば、張り切るのも当然なのかもしれない。
「族長! エレボル族の前衛部隊が、突撃を仕掛けてきます!」
「迎え撃ちます! 前衛部隊、前へ!」
斥候の報告を受け、族長であるミナが指示を出す。
前衛部隊には、ルミルスでの戦いの時と同様に、ステラとヴァルカンが組み込まれている。
「突撃……ッ!」
ミナの号令とともに、前衛部隊が雄叫びを上げ走り出す。
異世界……アークを巻き込んだ魔王との戦いが、幕を開ける――