143話 本物の二人
「ミナ、悪い知らせがあります」
屋敷へと戻り、先ほどの件を報告しようとするシエル。
しかし――
「シエル様、こちらからも悪い知らせがあります。緊急事態です!」
――焦った様子で、シエルの言葉を遮るミナ。
いったいどうしたというのだろうか。
「先ほど、捜索隊より書状が届きました。それによると、エレボル族が大群で、この里の方向へと向かって進軍してきているとのことです」
「なんですって……!?」
ミナの言葉に驚愕の声を漏らすシエル。
アリアたちの間にも緊張が走る。
「それだけではありません。報告によると、その大群の後方に、魔王ベルフェゴールと思しき存在が確認できたとのことです」
やはり、ベルフェゴールとエレボル族は繋がっていた……。
その予想がここにきて確定した。
アリアたちは、村で検知された二つの反応、そして自分たちが導き出した答えを、ミナに伝える。
「異世界から魔王が現れただけでなく、雷精霊ボルトが復活した可能性まで出てきましたか……」
冷や汗を額に浮かべ、アリアたちの報告を復唱するミナ。
しかし、ここでアリアは一つの疑問を覚える。
なぜ、ベルフェゴールはエレボル族を率い、この里のある方角へと向かってきているのか、という疑問だ。
「まさか……」
アリアの疑問を聞き、シエルが声を漏らす。
いったいどうしたのかとアリアが聞くと、こんな答えが返ってきた。
「あくまで予想ですが、ベルフェゴールはこの里にある、サモンゲートを狙っているのではないでしょうか……」
――と……。
(サモンゲートを狙う……。なるほど、そういうことか!)
シエルの言葉に、タマはある予想をする。
サモンゲートは異界から勇者などを召喚する代物だ。
その存在をエレボル族から聞いたベルフェゴールは、元の世界から他の魔王や魔族を呼び出そうとしているのではないか。
つまり……魔王が支配する領域を、元の世界からこの世界――アークに変えようとしているのではないかと――
タマと同じ答えをシエルも導き出していたようだ。
他のメンバーにサモンゲートの存在と、自分の予想したベルフェゴールの狙いを説明する。
「大変です! すぐにベルフェゴールの討伐に向かいましょう!」
立ち上がるアリア。
しかし、そんな彼女にセドリックが待ったをかける。
「アリアさん、相手はベルフェゴールだけでなく、千を超えるエレボル族もいるんだ」
「そうです。それに、例えそれらを突破できたとしても、今のベルフェゴールは雷精霊ボルトの力を有している可能性が高いです。とてもではありませんが、今の我々では……」
セドリックに続き、現状を冷静に伝えるシエル。
しかし、その途中で言葉を飲み込んでしまう。
軍を率いることを得意とする魔王が、配下だけでなく、精霊の力まで手に入れた……。
その事実は、シエルがこのままでは勝ち目がないと判断するまでに、絶望的なものらしい。
「ミナ、ベルフェゴールたちがこの里にたどり着くまで、どれくらいの時間がかかると予想されますか?」
「恐らく、あと一日ほどかと思われますね……。どのような手段を用いているのかわかりませんが、通常ではありえない速度で移動しているようで……」
「恐らく、雷精霊ボルトの力を使って、軍の身体能力を活性化させている……といったところでしょう」
やり取りを交わすシエルとミナ。
特に、ミナの表情は難しげに歪められている。
住人の避難はもちろん、戦える者たちを用意して迎え撃つのか、はたまた全てを諦めて里を捨てるのか、しかしそうなっては、サモンゲートは敵の手に落ち、最悪のシナリオが待っている……。
そんな中――
「いえ、可能性はまだあります……」
――静かに、シエルが言葉を紡ぐ。
そしてアリアと、その胸に抱かれるタマを見据える。
「「……?」」
不思議そうな表情を浮かべるアリアとタマ。
そんな二人に、シエルがこんな質問をする。
「アリア、あなたは神聖属性の素質があります。そしてタマちゃん、あなたは火・水・風・土の属性を操っていましたね?」
――と……。
そんなシエルの言葉を聞き、ミナが「まさか……」と、声を漏らす。
「そのまさかです、ミナ。……魔王ベルフェゴールに対抗するために、アリアとタマちゃんに〝試練の祠〟に行ってもらいたいと思います」
試練の祠――
初めて聞く単語に、アリアとタマはまたもや「「……?」」と首を傾げる。
「無茶ですよ、シエル様……! こんなに幼い二人が試練の祠など――」
「これしか方法はありませんッッ!」
悲痛な表情で、訴えるミナ。
しかしそんな彼女に、シエルは珍しく声を荒げてその言葉を遮る。
「アリア、タマちゃん、あなたたち二人には、これから試練の祠という場所に向かい、そこで五つの精霊と契約を結んでもらいたいと思います」
「精霊と契約……ですか?」
「ええ、あなたたちの力は強力です。そんなあなたたちが、この世界の精霊たちとの契約に成功すれば、そして私と一緒に戦えば、ベルフェゴールに対抗できるかもしれません。……しかし――」
途中まで言って、言葉を区切るシエル。
そんな彼女に、アリアは先を促す。
「しかし……契約をするための試練の途中で、命を落とす可能性もあります」
シエルはそう言い切った。
「……でも、契約に成功すれば、ベルフェゴールに対抗できるかもしれないのですよね?」
「にゃ〜ん!」
悲痛な表情を浮かべるシエルに、アリアとタマそう言って、不敵な表情を浮かべてみせる。
「あなたたち……ッ」
臆するどころか笑ってみせた二人に、シエルは驚いた声を漏らす。
そして確信する。
この二人――アリアとタマは〝本物〟だと――
「さぁ、シエル様、試練の祠の場所を教えてください」
「にゃん(その試練とやらを乗り越え、精霊と契約してみせるぞ)ッ!」
アリアとタマ。
既に覚悟を決めていた二人は、真っ直ぐな瞳でシエルを見つめるのだった。




