141話 氷の勇者の過去
翌早朝――
「シエル様、どこへいかれるのですか?」
シエルが一人屋敷から出かけようとしたところで、アリアが声をかける。
「アリア、少し昔を懐かしもうと思って、思い出の場所に出かけようかと。よければ一緒についてきますか?」
そう言って屋敷の扉を開くシエル。
彼女の思い出の場所……。
それがどんなところなのか気になったアリアは、タマを胸に抱き、シエルのあとについていく。
ホロの里の中を歩くことしばらく――
アリアたちの視界の先に、遺跡のようなものが見えてくる。
「ここです」
そう言って、遺跡に中へと入っていくシエル。
中は不思議な光を放つ鉱石が咲き乱れ、それらが幻想的な色に通路を染めていた。
壁には人や、恐竜型モンスターたちがともに暮らす様子が描かれている。
どうやら本当に何かの遺跡のようだ。
遺跡の中を歩くこと少し――
広大な空間が広がる区画へと辿りついた。
そこには恐竜型モンスターの象られた鉱石の彫刻のようなものが、至る所に設置されており、その中央には祭壇のようなものが確認できる。
祭壇らしき場所へと続く階段を登るシエル。
アリアとタマもそのあとへとついていく。
祭壇の中央には、幾何学的な文様が描かれていた。
この世界の魔法陣のようなものだろうか……?
「シエル様、これはいったい……」
なんとも言えない表情を浮かべて、紋様を眺めるシエルに、アリアが声をかける。
するとシエルから、こんな答えが返ってきた。
「アリア、これは〝サモンゲート〟と呼ばれる、この世界の特殊な技術によって作られた、とある儀式に使う代物です」
――と……。
「サモンゲート……ですか?」
「ええ、これはこの世界が危機に見舞われた際に、異世界の勇者を召喚するために使われる代物です」
「え……それってつまり……」
シエルの言葉に、アリアはとある想像をする。
「ええ、あなたの想像通り、私はこのサモンゲートによって、過去にこの世界――アークへと強制的に召喚されました」
苦笑しながら、衝撃の事実を口にするシエル。
彼女の言葉に、アリアもタマも絶句してしまう。
今までアリアたちは、シエルが自主的に異世界に渡り、英雄として功績を挙げたと勝手に思い込んでいた。
しかし、事実は違った。
彼女はこの世界、アークに何らかの危機がもたらされた時に、この世界の住人たちによって強制的に召喚されていたのだ。
「ああ、勘違いしないでくださいね。確かに私は強制召喚されましたが、この世界の人々を恨んでなどいないですよ」
アリアたちの反応を見て、改めて言葉を紡ぐシエル。
彼女はむしろこの世界に召喚されたことに、感謝の念すら覚えているという。
この世界を救うために、六精霊が一柱セルシウスと契約し、勇者としてさらなる力を手に入れることができた。
そしてその力を手に入れ帰還することで、元の世界で魔神の黄昏が起きた時に、ジュリウス皇子などと協力し、七大魔王が一柱ベルフェゴールを封印することができたのだと……。
(ふむ。さすが、勇者の器……といったところか)
シエルの言葉に、心のそこから感心するタマ。
普通であれば、わけもわからない場所に強制召喚などされ、その世界の住人の都合によって戦わされなどすれば、憎しみの感情で心が満たされてしまうであろう。
しかし、シエルはそうはならなかった。
この世界の人々の平和のために尽力し、見事危機を救ってみせた。
元の世界に帰還した後も、魔王封印という大きな功績を残した。
そして、この世界にベルフェゴールが転移してしまった今、放っておくこともできたというのに、再び舞い戻ってきたのだ。
「アリア、この祭壇を使えば、いつでも元の世界に帰ることができます」
たった一言、シエルが言う。
この先、ベルフェゴールとの戦いで生き残れる保証はない。
無事に元の世界に帰るなら、今のうちだと暗に忠告しているのだ。
「シエル様、わたしは剣聖……アリーシャ様に憧れて冒険者になりました。そして一人の戦士として、彼女に認めてもらうことができました」
言葉を紡ぐアリア。
自分の憧れた、強さと優しさを持つ剣聖アリーシャ。
彼女の名を背負う以上、人々を守る戦いから逃げ出すなど、自分の心が許さない――
「そうですか、あなたは本当に高潔な心を持っていますね」
優しい笑みを浮かべながら、アリアの頭に手を置くシエル。
そのままアリアの頭を、優しく撫でてやる。
「え、えっと……」
突然のことに戸惑うアリア。
しかし、なぜかシエルに撫でられていると、アリアは心地よさを覚える。
「高潔といえば……タマちゃん、あなたも素敵な騎士です。アリアを守ってあげるのですよ?」
アリアを撫でる手を止めると、シエルはタマに向かって言う。
「にゃん!」
タマは(任せろ!)と、いった様子で、元気に鳴いてみせる。
高潔な心を持つ二人と一匹は、改めて絆を深めるのだった――




