139話 精霊と過去の大戦
「おい、あれって……」
「まさか、シエル様……か?」
ホロの里の中を歩いていると、いたるところからそんな声が聞こえてくる。
昔のこととはいえ、やはり英雄である彼女のことを覚えている人間は多いようだ。
里の住人は皆薄い褐色の肌をしている。
そしてその他にも、もう一つ特徴があることに、アリアは気づく。
「みなさん、綺麗な首飾りをしていますね」
そう、ここの住人は、皆六色の輝石を嵌め込んだ首飾りをしているのだ。
「ここの住人はホロ族といい、六柱の〝精霊〟を信仰しています。あの首飾りはその証なのです」
アリアの言葉に、シエルはそんな説明をする。
「精霊にゃ?」
「ええ、この世界には精霊と呼ばれる特殊な力を持った者たちがいくつか存在します。ホロ族はそれらのうち、六柱の精霊を信仰しているのです」
「それらのうち……ってことは、他にも精霊がいるのにゃ?」
シエルの答えに、さらに質問を重ねるヴァルカン。
それに頷きながら、シエルはさらに説明をする。
ホロ族が信仰する精霊はそれぞれ、火の精霊イフリート、水の精霊ウンディーネ、風の精霊シルフィーネ、土の精霊ノーム、氷の精霊セルシウス、そして光の精霊ライトニング……以上の六精霊だ。
そしてこれらの他に、あと一柱……雷の精霊ボルトと呼ばれると呼ばれる精霊が存在するという。
「……? どうして雷の精霊だけ、ホロ族のみなさんは信仰していないのですか?」
「アリア、それは過去にあった〝大戦〟が原因です」
アリアの質問に、少し悲しげな表情で応えるシエル。
昔、精霊たちの間で、人族を巻き込んだ大戦があったという。
人々は六精霊側のホロ族と、雷精霊ボルト側のエレボル族に分かれ、激しい戦いを繰り広げたのだ。
戦いは六精霊側が勝利し、現在、精霊ボルトはエレボル族の暮らすエレボルの里の祠に封印されているという。
「六精霊とそれに反旗を翻したボルト……。事情は幾分か違いますが、まるでわたしたちの世界の六大魔王と、聖魔王ベルゼビュート様みたいですね」
シエルの話を聞き、アリアはそんな感想を抱くのであった。
「ところでなんだけど、シエルさんの使う力って、もしかして……」
「ああ、気づきましたか、セドリック。そうですあなたの予想通り、私の使う氷の力はこの世界の精霊の一柱、セルシウスによる恩恵を受けています」
シエルの答えを聞き、セドリックは「なるほど……」と頷く。
異世界――アークの精霊の力を使う女勇者。
だからこそ、ベルフェゴール戦で、奥の手としてスキルを発動させる時に、シエルはこの世界へと繋がるゲートを開いたというわけだ。
他にも色々と聞きたいことが出てきたところではあるが、話はここまでのようだ。
ホロ族の族長が住うという、大きな屋敷の前に辿り着いたからだ。
屋敷へと近づいてくるアリアたちを見て、屋敷の門番が警戒の色を示すが、途中でその表情が驚いたようなものに変わる。
元の世界へと帰還したはずのシエルの姿を見れば、その反応も当然かもしれない。
「シ、シエル様……ですよね……ッ?」
「ええ、その通りです。族長――〝ミナ〟に会いたいのですが、屋敷にいますか?」
「はい! シエル様が来た旨を伝えて来ますので、少々お待ちください!」
そう言って、門番は屋敷の門を開け、庭を駆け抜け屋敷の中へと入っていく。
待つこと少し――
アリアたちは屋敷の中にある広い一室へと通された。
「お久しぶりですねぇ、シエル様」
にこやかな表情で、皆を迎える妙齢の美しい女性。
族長というものだから、てっきり初老の男性かと思っていたので、アリアたちは些かビックリしてしまう。
「お久しぶりです、ミナ。昔よりも美しくなりましたね」
「あらあら……婆に向かって何を言いますか」
シエルの言葉に、面白そうに笑う族長――ミナ。
その瞳は優しげに細められており、シエルに話しかける声は親しげだ。
「ところで、どうしてまたこの世界へ……? それに後ろの方たちは……」
ひとしきり笑うと、穏やかな瞳でアリアたちに視線を送るミナ。
そのまま立ち話もなんだからと、皆に席を勧める。
「実はわたしたちの世界から、魔王がこの世界に転移してしまったのです」
「魔王……確か、雷精霊ボルトと同じような存在だと、以前に言っていましたかね?」
「ええ、その通りです。その魔王――ベルフェゴールを討伐するために、この世界へと再びやってきたのです」
続けて、イブラ村や迷宮を経て、ここまでやってくるまでの経緯の説明。そしてアリアたちの紹介をするシエル。
すると族長ミナは――
「事情はわかりました。その話が本当であればこの世界に危機が訪れるやもしれません。全力でベルフェゴールに関する情報収集に協力しましょう」
――と、心強い答えをくれた。
「ありがとうございます、ミナ」
「よしてください、シエル様。あなたにそんなことをされては困ってしまいますよ」
頭を下げるシエルに、ミナは優しげな笑みを浮かべながら、それをやめさせる。
「皆さま、長旅で疲れたでしょう。今日のところはゆっくりお休みくださいな」
そう言って、ミナはアリアたちを屋敷に泊めるように、使用人たちに手配してくれるのだった。




