137話 セドリックぇ……
「くっ……こういうことですか……ッ」
三層目の終わりに差し掛かったところで、シエルが悔しげに表情を歪める。
そしてその視線の先には光の漏れる縦穴が確認できる。
シエルが以前この世界に転移して来たときは、このような縦穴はなかった。
しかし、時が経ったことで、迷宮がその地形を変えていたのだ。
「なるほど。ベルフェゴールの反応が遠ざかっていたのは、この縦穴から迷宮を抜け出したってことだね……」
シエルと同じく、悔しげに表情を歪めるセドリック。
十中八九、彼の予想は当たりだろう。
「まだ諦めるのは早いにゃ。ベルフェゴールはまだ近くにいるかもしれないにゃん!」
「そうですね、ヴァルカンさんの言うとおりです。この先に行ってみましょう!」
ヴァルカンとアリアの言葉に頷き、一行はフェリに《ブランチュウィップ》を操作してもらい、縦穴の外へと運んでもらう。
縦穴は渓谷の上へと繋がっていた。
手分けして探索したいところではあるが、相手は魔王だ。
パーティを分けるのは危険と判断し、皆で探索を進めたのだが……
「見つかりませんね……」
「レーダーからも反応が完全に消えちゃったの……」
……アリアの言葉に、残念そうな表情を浮かべて応えるマイ。
ベルフェゴールの反応を完全にロストしてしまった……。
パーティの中に、重苦しい空気が流れる。
「いえ、まだ見つける手段はあります」
と、ここで、シエルが口を開く。
「どうするつもりですか、シエル様?」
「ここからしばらく行くと、〝ホロの里〟と呼ばれる場所があります。そこはこの地域の中心地であり、様々な情報が集まります」
アリアの質問に答えるシエル。
時間はかかるかもしれないが、ホロの里を拠点に行動すれば、闇雲に動くよりもベルフェゴールにたどり着ける可能性が高いというわけだ。
「ここはシエルさんに従おう。この世界のことについて、僕たちは全くの無知だからね」
皆を見回し、提案をするセドリック。
アリアたちはそれに静かに頷くのであった。
「そうと決まれば出発……と行きたいところですが、もうすぐ日が暮れます。今日はこの渓谷で野宿しましょう」
シエルの提案で、アリアたちは野宿を始める。
◆
数時間後――
「まったく、ずいぶん遠くへ来てしまいましたね、タマ」
焚き火に照らされながら、アリアがタマの頭を撫でる。
タマは小さな声で「にゃ〜ん」とアリア応える。
他の皆は寝静まっている。
一時間おきに交代で見張りをすることになっているのだ。
(本当に、遠くへ来たものだ……)
アリアに頭を撫でられながら、タマも思う。
迷宮でベヒーモスに転生し、生命の危機を救われアリアと迷宮都市へ。
その後もグラッドストーンや王都、ルミルス……そしてまさか異世界まで来ることになるとは……。
「タマ、わたしたちはベルフェゴールを倒し、無事にもとの世界に帰ることができるのでしょうか?」
少し不安そうな表情で、再びタマに問いかけるアリア。
(ご主人……)
アリアの瞳を見つめ、タマは思い出す。
ここしばらくで、アリアはビックリするほど強くなった。
しかし、彼女とて一人の少女だ。
未知の世界で魔王と戦うとなれば、その不安は計り知れない。
(大丈夫だ、ご主人。何があっても我が輩が守ってみせる!)
改めて心の中で誓いを立てると、タマはアリアの頬に、いつものように頭を擦りつける。
そして励ますように、その頬をぺろりとひと舐めしてやる。
「ふふっ……タマは本当に優しいですね」
ようやくいつもの微笑を浮かべるアリア。
そのままタマを、自分の目の高さまで持ち上げると、その額に――ちゅっ……と、軽い口づけをする。
焚き火の明かりに包まれながら、少女と騎士は、より絆を深めていくのであった――
「ぐぬぬぬぬ! アリアばかりズルイのだ……!」
物陰で、悔しそうに表情を歪ませるステラ。
ズルイと言いながらも、二人の邪魔をしないのを考えるに、彼女なりに気を使っているようだ。
パーティに入ったばかりの頃の振る舞いを考えれば、ステラもまた、大きく成長しているのだろう。
◆
翌朝――
「うっ……具合が……ッ」
セドリックが呻き後を漏らし、地面にうずくまる。
「おじさま、大丈夫なの?」
「た、頼む……マイちゃん。今は寄らないでくれ……!」
心配そうに声をかけるマイに、悲痛な声で懇願するセドリック。
「まったく……あなたは本当に女性が苦手なのですね……」
呆れた声でセドリックを見下すシエル。
こうなった原因は、早朝に起きた事件にある。
早朝、セドリックは辺りの警戒を行うために一人散策をしていた。そして戻ってきたそのタイミングで、シエルが川で水浴びをしていたのだ。
彼女の美しい肌をみたセドリックは、その場に崩れ落ち、胃の中のモノを吐き出した。女性の肌を見たことで、体が拒否反応を起こしたようだ。
「こんなことでは先が思いやられるの……」
何故か、マイは少し拗ねたような表情を浮かべ、そんな言葉を漏らすのだった。
それはさておき。
セドリックのせいで、出発が遅れたのは言うまでもないだろう。