134話 西の渓谷
翌朝――
「さぁ、行きましょう」
恐竜型モンスターの背中に跨り、号令を出すシエル。
その声で、皆を乗せた三体の恐竜型モンスターが一斉に走り出す。
目指すは西の渓谷、その周辺でベルフェゴールが見つからなければ、渓谷にある迷宮の中を探索する予定だ。
「皆さん、気をつけてくださいね!」
「何かあったらまた立ち寄ってくださいえ」
昨日、空き家や食事の手配をしてくれたハナ。
そして村長が、皆を見送るのであった。
◆
「ここが西の渓谷です」
そう言って、恐竜型モンスターから降りるシエル。
途中で休憩を挟みつつ、約二時間の移動を終えて、目的の渓谷へと辿りついた。
足場が悪いので、ここからは徒歩での移動となる。
川沿いに歩き始める一行。
先を見渡せば、所々に恐竜型モンスターの姿が確認できる。
「あれらは皆、草食の恐竜モンスターです。この感じではベルフェゴールは周囲にはいない可能性が高いですね……」
残念そうな表情を浮かべるシエル。
モンスターたちが平然と闊歩している姿を見て、そう判断したようだ。
そんなシエルの隣で、マイがコンパス型の魔道具を懐から取り出す。
「……ッ! 微弱だけど魔王らしき反応があるの!」
魔道具の針を見ながら、声を上げるマイ。
皆に緊張が走る。
「マイ様、微弱な反応とはどういうことですか?」
緊張した面持ちで問いかけるアリア。
するとマイから――
「ベルフェゴールが復活したてで弱っているっていうのもあると思うけど、存在が何かに阻害されているような反応をしているの!」
――そんな答えが返ってきた。
「反応が阻害されている……となると、ベルフェゴールは迷宮にいるということかな?」
「なるほど。その可能性は高いですね、セドリック」
セドリックが憶測した意見を聞き、頷いてみせるシエル。
やはり、この渓谷に来て正解だったようだ。
「とはいえ、迷宮の外にベルフェゴールがいる可能性は捨てきれません。一旦この辺りを探索してから迷宮に入りましょう」
そう言って歩き出すシエル。
彼女に従い、皆も探索を開始する。
◆
一時間後――
「見つかりませんね……」
「にゃ〜、やっぱりベルフェゴールは迷宮の中ってことかにゃ?」
少し疲れた表情を浮かべながら、アリアとヴァルカンがそんなやり取りを交わす。
それを見たシエルが、一旦休憩を挟んでから、迷宮内の探索を始めようと提案する。
「せっかくだからお昼にするとしよう、タマちゃん、頼めるかい?」
「にゃん(任せろ、セドリック殿)!」
セドリックの問いかけに、タマは可愛い声で鳴いて、《収納》スキルを発動する。
旅に出る前に用意していた食材にはまだ余裕があるのだ。
「アリア! 我は肉が食べたいのだ!」
「ステラちゃん、そうですね。せっかくなので簡単なバーベキューにしましょう」
「やったなのだ!」
ガッツポーズで喜びを露わにするステラ。
二人の会話を聞いていたタマは、新たに薪などを取り出し準備を始める。
皆で協力し、川の周りにある石で土台を作り、中に薪を入れ、火を付ける。
その上に鉄製の網を置き、予め容器の中にタレと一緒に漬け込んでいた肉や、カットしておいた野菜を順番に乗せていく。
焼き加減を見ながら食材をひっくり返すアリア。
肉汁が火の中にこぼれ落ち、立ち上がる香ばしい匂いで、ステラや妖精二人はヨダレを垂らしている。
食材が焼き上がったところで、アリアとヴァルカンがそれぞれ皿に盛り付け、皆に配る。
「いただきますなのだ!」
そう言って、ステラが肉にかぶりつく。
そして「ん〜〜〜〜〜!」と喜びの声を漏らす。
余程お腹が空いていたようだ。
他のメンバーも次々に肉にかぶりつき、その表情を和らげる。
アリア特製のタレに漬け込んだ肉は絶品なのだ。
次の食材を焼きながら、タマにフォークに刺した肉を「あ〜ん」と差し出すアリア。
タマは(待ってました!)とばかりに肉を「もきゅにゃん」と頬張る。
その表情は幸せそうだ。
「タ、タマちゃん、私のも食べてほしいのですが……」
少し頬を染めながら、シエルがタマに肉を差し出した。
やはりクールな性格のせいで、皆の前でこういったことをするのが、少し恥ずかしいようだ。
(前から思ってたのですが……)
(シエル様って、可愛いところがあるにゃん……)
アリアとヴァルカンは小声でそんなやり取りを交わすのだった。
しかし、そんな時だった――
『グルルル……ッ』
――洞窟……迷宮の入り口から、そんな声が響く。
それに続き、複数の小型の肉食恐竜モンスターが出てきたではないか。
「これは……〝ラプトル〟ですね」
敵の姿を見るや立ち上がり、右手の中に《セルシウスブレイド》を呼び出すシエル。
「迷宮の中からモンスターが出てくるってことは……」
「中で異常が起きている証拠なの! きっとベルフェゴールの存在のせいなの!」
やり取りを交わすセドリックとマイ。
そんなタイミングで、敵モンスター……ラプトルが皆に向かって一斉に飛びかかってきた。
「喰らいなさい! 《セルシウスネイル》!」
叫び、横に《セルシウスブレイド》を振り抜いたシエル。
氷の刃に触れたラプトルたちは、その身を切り裂かれるとともに、氷結してしまった。
「皆、食事はここまでです。迷宮の中に入りましょう」
シエルの言葉に頷き、一行は即座に準備を済ませると、迷宮の中へと足を踏み入れる――