133話 イブラ村
「シエル、様……?」
村の奥にある屋敷へと通されたところで、一人の老婆が不思議そうに声を漏らす。
「お久しぶりです、村長。訳あって再びこの世界に舞い戻りました」
老婆――村長に頷いて応えながら、シエルが屋敷の中へと上がっていく。
「シエル様が再びこの世界に来たということは、何か厄介なことが起きているのでしょうな……」
そう言いながら、皆に席を勧める村長。
彼女に従い、アリアたちもそれぞれ席に着く。
「村長、単刀直入に言います。実は私の住う世界から、この世界に魔王と呼ばれる存在が転移しました」
「魔王……ですかえ?」
シエルの言葉に、またもや不思議そうな声を漏らす村長。
そんな彼女に、シエルは話を続ける。
「魔王とは、私の住う世界における災厄とも呼べる存在です。それを討伐するために、仲間を連れてこの世界に舞い戻ったのです」
「……なるほど。では、その魔王に関する情報を得るために、この村に立ち寄ったということでしょうかえ?」
「その通りです。何かそれらしい情報を耳にしたことはありませんか?」
老体でありながら察しに良い女性だ。
そしてシエルの質問に「そういえば……」と、とある情報を口にする。
「西の渓谷に、数時間前に流れ星が落ちていくのを見たと、村の若い衆が言ってましたえ。そしてその後に、いくつかの流れ星が草原の方に落ちていくのを見たと……」
「なるほど……時間的に、最初に落ちた流れ星がベルフェゴール。そしてその後に落ちたいくつかの流れ星が私たち……ということになりそうですね」
村長の言葉に、シエルはそう判断する。
そしてアリアたちの見解も同じで、皆がシエルに頷いてみせる。
「そうと決まれば、西の渓谷に向かいましょう。その周辺を探せばいいんですよね?」
「ええ。それと、西の渓谷には迷宮が存在します。周辺を探してベルフェゴールが見つけられなければ、迷宮内も探索しましょう」
アリアの言葉に、席を立ち上がりながら応じるシエル。
さっそく西の渓谷に向かおうと、皆も席を立ち上がる。
「お待ちください、シエル様」
と、ここで、村長がシエルに待ったをかける。
「村長、どうしましたか?」
「この世界のために、戦おうとしてくださるのはありがたいですえ。しかし、皆さまはかなり疲れているご様子……。そんな状態で、厄災とも呼ばれるような存在と戦えますかえ?」
さすが村長と言うべきか、皆の表情を見て疲労を見抜いたようだ。
そしてその言葉に、皆が無言になったのを見て「やはり……」と、声を漏らす。
「ハナ、皆さまを空き家にご案内しなさい。今日は休んでもらいましょうえ」
「わかりました、村長!」
「それと、温かい湯と夕ご飯もご用意しましょう。もうすぐ夕方ですえ……」
ハナに指示を出し、そのまま奥へと引っ込んでいく村長。
そんな村長に苦笑しながら、シエルは「彼女の言葉に従いましょう」と皆に言うのだった。
◆
「ふぅ……いいお湯ですね、タマ♡」
大きな湯船で、極楽といった様子で声を漏らすアリア。
そんなアリアの胸に抱かれ、タマも「にゃ〜ん」と愛らしい声で鳴く。
「ぐぬぬぬ! 我もタマを抱っこしたいのだ……」
体を洗いながら、羨ましげにアリアとタマを見つめるステラ。
そんな彼女の隣で、ヴァルカンも内心で(いいにゃ〜……)と、二人を見ている。
「戦いのあとのお風呂っていいわよね〜」
「気持ちいいのです〜」
アリアの横で湯船に浮きながら、リリとフェリが心地よさげに声を漏らす。
「この村の湯は全て天然の温泉で、疲れを癒す効果があります」
同じく湯船に浸かりながら、そんな説明をするシエル。
久しぶりにこの世界の湯に浸かれたのが嬉しいのか、その表情は穏やかだ。
「むぅ〜、マイはセドリックおじさまと一緒にお風呂に入りたかったの……」
湯に足をつけながら、少しだけ不満を漏らすマイ。
ハナに風呂に案内された時に、叔父であるセドリックと一緒に男湯に入ろうとしたのだが、それはセドリックによって断固拒否された。
最近父性に目覚めてきた彼ではあるが、姪とはいえ、やはり女性と裸で一緒に風呂に入るのはハードルが高いらしい。
イケメンなのに何とも残念。だが、女性率の多いこのパーティにおいては、ある意味安全設計と言えるだろう。
「魔王ベルフェゴール、無事に討伐できるといいですね……」
タマを抱っこしながら、アリアが言葉を漏らす。
「きっと大丈夫ですよ、アリア。ベルフェゴールは復活したてで弱っているはずです。見つけ出すことさえできれば討伐も可能ですし、今は大きく動くこともできないはずですから」
不安げな表情を浮かべるアリアの肩に手を置きながら、穏やかな笑みを浮かべて励ますシエル。
タマもアリアを励ますように、彼女の頬に自分の頭をスリスリと擦りつけてみせる。
「ふふっ……ありがとうございます。シエル様、タマ……」
二人の励ましもあり、アリアはいつもの優しげな微笑を浮かべるのであった。
「ところでアリア、私もタマちゃんを抱っこしたいのですが……」
「ダメです。お風呂中での抱っこは譲りません♪」
いくら女勇者であるシエルの頼みであっても、こだわりの部分は譲らないアリアなのであった。