129話 ベルフェゴール第二形態
『ウフフゥ……〝この姿〟になるのも久しぶりねぇ……』
禍々しい光は止み、一つの異形が現れる。
ドラゴンだ。
五メートルほどの二足歩行のドラゴンが現れた。
そしてその頭頂部から、ベルフェゴールの上半身が生えている。
「ほ、本当に変身してしまいました……」
驚愕のあまり、思わず声を漏らすアリア。
それほどまでに、目の前のベルフェゴールのビジュアル、そしてその巨体から放たれるプレッシャーは圧倒的であった。
「《セルシウススピア》――ッッ!」
シエルが叫び、スキルを発動する。
凍てつく聖なる槍が三つ、ベルフェゴールに向けて飛んでいく。
『アハハハァ――! 無駄よぉ!』
高笑いするベルフェゴール。
その体に《セルシウススピア》が着弾した直後、攻撃はパァン――ッ! と音を立てて霧散してしまったではないか。
「その体、以前よりも強化されてますね……」
『ええ、そうよぉ……シエル。未来の世界で復活を果たしたワタシの体は、ドラゴンスキンからハイドラゴンスキンへと変化を遂げたの』
シエルの言葉に、クツクツと笑うベルフェゴール。
ドラゴンスキンとは、魔法スキルによるダメージを軽減することができる、特定のドラゴン族が持つ鱗肌のことだ。
今目の前で起こった事象を見るに、ハイドラゴンスキンとは、魔法スキルを無効化してしまえるもののようだ。
スキル攻撃を無効化する障壁を破壊したというのに、まだこのような力を隠し持っていたとは……さすがは魔王といったところだろう。
「にゃん(ならば魔法スキル以外で攻撃するまでだ)ッ!」
可愛らしい声で鳴くと、タマは《属性弾》が一つ《フレイムミサイル》を発動する。
凄まじい速度で飛び出した《フレイムミサイル》が、ベルフェゴール目がけ飛んでいく。
本能的に危険を察知したのか、ベルフェゴールはドラゴン体の腕をクロスし、防御を試みる。
ベルフェゴールの腕に《フレイムミサイル》が着弾し、激しい爆発が起きる。
『グゥゥゥッッ!? 痛いわねぇ……ッ!』
爆炎の向こうから、そんな声が聞こえる。
声から察するに、大したダメージにはなっていないようだ。
さすがは魔王、なんという防御力だろうか。
ベルフェゴールが巨大な腕を振るい、爆発により煙を払う。
その直後だった――
ベルフェゴールの瞳に、一人の少女の姿が映し出される。
アリアだ。
《アクセラレーション》を発動したアリアが、ベルフェゴールの目の前に跳躍したのだ。
そして――
「《セイクリッドブレイド》……ッッ!」
――ベルフェゴールに向かって、聖なる刃を振り下ろす。
しかし、ベルフェゴールは一枚上手だった。
体を大きく反らすことで、アリアの攻撃を回避してしまったのだ。
「喰らいなさぁい!」
攻撃を回避したその直後、ベルフェゴールがドラゴンの腕を振るい拳による攻撃を、アリアに繰り出してくる。
「テンペストブリンガー!」
叫ぶアリア。
テンペストブリンガーの風を操る能力を発動させるとともに、空中で身を捻り、ベルフェゴールの拳を躱してみせる。
(この小娘! なんて動きを……!?)
一瞬だけ、ベルフェゴールの瞳が驚愕のあまり見開かれる。
アリアが手に入れたのはスキルだけではない。
これまでの数々の強敵の戦いを経て、判断力や予測能力などを含めた、純粋な戦闘能力を会得しているのだ。
「来なさい……《スルト》ッ!」
アリアが着地するその刹那――
マイが高らかに叫ぶ。
すると錫杖を持つ手とは反対の手の中に、白銀に輝く美しい剣が現れたではないか。
その名も聖剣 《スルト》――
女勇者であった母、凛から受け継いだ神聖武器スキルだ。
「《黒ノ魔弾》なの!」
《スルト》を構えると、闇の魔弾を足元に放ち、その爆風を利用して一気に飛び出すマイ。
刹那のうちにベルフェゴールのドラゴンの腕へと着地し、その腕に《スルト》を突き立てた。
『ギィィィ!? よくも……ッ!』
呻き声を漏らすベルフェゴール。
マイを地面に叩きつけようと腕を縦に振るうが、マイは再び《黒ノ魔弾》を発動し、その爆風を利用して高速で離脱する。
「ベルフェゴール、凄まじい力を持っていますが……」
(ご主人、気づいたか……!)
アリアの言葉に、感心した表情を浮かべるタマ。
ベルフェゴールは今までの敵と比べ、遥かに強力な力を持っている。
しかしその戦い方を見て、アリアは予想を立てる。
恐らく魔王ベルフェゴールは、戦いを得意としていない存在なのではないか、と……。
そしてその予想は正解だ。
魔王ベルフェゴールは、七大魔王の中で直接の戦闘に一番向いていない存在であり、その真価は魔族やモンスターの軍団を操ることにあるのだ。
『クゥ……ッ!』
苦虫を噛み潰したように、表情を歪めるベルフェゴール。
しかし、その表情はすぐに一転し、再び妖しい笑みを浮かべる。
『あまり使いたくなかったけどぉ、こうなれば仕方ないわよねぇ……』
そう言って、手のひらの中に一振りの禍々しい剣を出現させる。