118話 女勇者とお散歩
翌早朝――
「着きました。ここが私の故郷、ウルスクラ王国の港町――〝ペクル〟です」
甲板から陸地へと渡りながら、シエルが言う。
港町ペクル――
迷宮都市ほどではないものの、早朝だというのに漁師や市場に来る客たちで賑わっている。
そのほとんどが頭の上から兎のような耳が生えている。
どうやらシエルと同じ、兎耳族が住う土地のようだ。
「おい見ろ、シエル様だ!」
「今日もお美しいな〜」
周囲の人間がシエルの姿に気づくと、そんなやり取りが交わされる。
さすが勇者なだけあって、人気者のようだ。
「この町で朝食をとって、少し休んだら王都に向かいます。魔王ベルフェゴールのいる迷宮はその近郊にありますので」
町の住人に軽く手を振って応えながら、アリアたちに呼びかけるシエル。
彼女に従いながら、アリアたちは歩き出す。
◆
「ふふっ……タマったら、まだおねむのようですね?」
市場の店に入り席に座ったところで、胸の中で丸くなるタマの頭を、アリアが愛おしげに撫でる。
「む〜、やっぱりアリアばっかりズルイのだ!」
アリアとタマを羨ましげに見つめながら、ステラがそんな不満を吐く。
適当に皆の分の注文を済ませるシエル。
しかし、その視線はチラチラとタマの方へと行ったり来たり。
頭のうさ耳が時折ぴょこぴょこと、興味ありげに動く。
キングと楽しげに触れ合ったり、タマが気になっている様子を見るに、やはり動物が好きなようだ。
(うん、これなら大丈夫そうなの! みんなそこまで緊張している様子はないの!)
皆を見回しながら、マイは心の中でそんなことを思う。
見た目は天真爛漫な美少女である彼女だが、仲間のコンディションをしっかりと把握しようと努めている。
さすがは大魔導士と勇者の娘。世界を救うために、未来からやってきただけのことはある。
そんなマイに視線をやりながら、セドリックとヴァルカンが――
「この雰囲気と気の使い方……」
「んにゃあ、ますます舞夜ちゃんに似てるにゃね……」
――と、こっそりやり取りを交わす。
大魔導士――舞夜は強く、そして何より仲間に優しい人間だった。
今のマイの様子を見ていて、セドリックとヴァルカンはそれを思い出した。
それほどまでに、彼女は舞夜にそっくりなのだ。
「わ〜!」
「美味しそうです〜!」
数分後、運ばれてきた料理を見て、リリとフェリが興奮した声を上げる。
魚のグリルやスープ、それにサラダ……。
迷宮都市の海で漁れるものとは種類の違う魚をふんだんに使った料理は、どれも非常に美味しそうだ。
一行は海の幸を味わうと、シエルがオススメだという宿屋に向かう。
◆
一時間後――
(ふむ、ご主人たちは眠ったようだな……)
宿屋の窓辺で、部屋の中を見渡すタマ。
この町に着いたのは早朝だったので、アリアのパーティメンバーは仮眠を取ることにした。
タマも寝ようと考えた……のだが、せっかくなのでこの町を散策しようと、アリアたちを起こさぬように、窓の隙間から外に出る。
二階の窓から華麗に着地をしたその時だった――
「あら、あなたも散歩ですか、タマちゃん?」
――そんな声がタマの耳に聞こえてくる。
声のする方を見ると、シエルが立っていた。
そしてそのまま、ゆっくりとタマの方へと近づいてくる。
「にゃ〜?」
不思議そうな声を漏らすタマ。
シエルが彼の体を抱き上げたからだ。
「ふっ……私のテイムしたモンスターたちも可愛いですが、あなたみたいな子猫ちゃんも、やっぱり可愛いですね……」
皆に見せるのとは違った……柔らかい表情を浮かべるシエル。
するとそのまま、彼女はタマを胸の中に完全に抱っこしてしまう。
外套を纏っているのでわかりづらかったが、なかなかの胸の大きさを持っているようだ。
その証拠に、タマの体が柔らかな感触に包まれる。
そして彼女は香水のようなものをつけているのだろうか?
彼女の首筋から、ほのかにベリー系の香りがするのを、タマは嗅ぎとった。
爽やかな……それでいてどこか安心するような香りだ。
「ちょうどいいです、私と一緒に少し散歩をしましょう」
そう言ってタマの頭を軽く撫でると、シエルは歩き出す。
◆
歩くこと少し、タマとシエルは綺麗な海の見える浜辺へとやってきた。
「こんなことに巻き込んで、ごめんなさいね?」
胸の中で大人しくしていたタマに、シエルは突然そんなことを言ってくる。
「にゃ〜……?」
いったいどうしたのだろうかと、不思議そうな声で応えるタマ。
そんなタマを浜辺に下ろし、自分も隣へと座り込むと、シエルは言葉を続ける。
「今回の件は、本来であれば、私や王国の戦力で処理すべき事態です。しかし、相手が未来からきた魔王ともなればその力は未知数……。マイの話を信じるなら私の力だけでは対応するのは難しいでしょう」
海を見つめながら言葉を紡ぐシエルに、タマはコクコクと頷きながら話を聞く。
「ふっ……あなたは本当に賢い猫なのですね……」
話を完全に理解しているかのようなタマの動作に、シエルは少し笑いながら、さらに言葉を続ける。
「だからと言って、英雄とはいえまだ若いアリアやその仲間たち……そしてあなたのような子猫ちゃんに助けを乞うことは、正直心苦しいです。マイは大丈夫だと言っていましたが、最悪の場合は……」
そこまで言って、シエルは言葉を飲み込んだ。
「にゃ〜ん!」
そんなシエルに向かって、タマは大きく鳴くと、そのまま彼女の肩にぴょんっ! と軽やかに飛び乗り、その頬に自分の頭を擦りつける。
「っ……、驚きました。まさか、あなたみたいな子猫ちゃんに励ましてもらうなんて……」
まるで人間のように振舞うタマに、シエルは目を身開きつつも、優しい笑みを浮かべる。
そんな彼女に、タマは――
(大丈夫、我が輩は騎士だ。ご主人たちはもちろん、シエル嬢も一緒に守ってみせようぞ!)
――と、心の中で誓いを立てると、大きく頷いてみせるのだった……。