116話 異界のモンスター
「よくわからんが、戦いならば我も参加するのだ!」
タマとアリアを羨ましそうに見つめつつも、ステラが声を上げる。
聞き慣れない単語は理解できなかったようだが、戦いに向かうという部分は理解できたようだ。
「私たちも行くわよ!」
「またアリアさんたちのお力になってみせます〜!」
リリとフェリもやる気満々といった様子だ。
「あの、シエル様、一つよろしいですか?」
「どうしました、アリア?」
「確か、ウルスクラ王国は、この都市から海を渡って数週間以上かかる距離があると記憶しています。その間に未来からきた魔王が暴れ出してしまうのでは……?」
アリアの質問はもっともだ。
ウルスクラ王国は異国――それも小さな島国であり、この世界における一般的な船ではそれくらいの時間がかかってしまう。
そんなアリアの質問に対し、シエルは――
「ああ、それなら問題ありません。私は〝特別な移動手段〟を持っていますので……。詳しくは港で説明するので、さっそく準備を始めてください」
――そう言うと、視線をタマの方へと移す。
「……? シエル様、タマがどうかしましたか?」
「聞いた話では、アリア……あなたはこの子と協力して、ともに四魔族の一柱を討滅したと聞きました。それがまさか、こんなにも愛らしい見た目をしているのが意外でして……」
そう言いながら、シエルはテーブルの上のタマに手を伸ばすと、軽く彼の頭を撫でる。
そんなシエルの表情は、先ほどまでの真面目そうな表情とは打って変わり、頬はほんのりピンクに染まっており、微笑を浮かべている。
クールな見た目に反し、どうやら動物が好きなようだ。
「んにゃ〜?」
突然シエルに撫でられたことにより、タマが不思議そうな声を漏らし、首を傾げる。
「ふぁ〜! タマちゃん可愛いの! マイもなでなでするの!」
羨ましげな声を漏らすと、マイもタマに手を伸ばし、その背中を撫で始めるのだった。
◆
一時間後――
「さて、みんな集まったようだね」
迷宮都市から少し離れた港で、セドリックが皆を見渡す。
そして皆の準備が整ったことを確認したところで、シエルに視線で合図する。
「では、出発しましょう」
そう言いながら、シエルは外套の中に手を入れると、歪な球状をしたとある物体を取り出した。
色は銀、そしてその表面には、何やら魔法文字のようなものが刻まれている。
「出番ですよ、異界の友よ……ッ!」
言いながら、シエルは手にした物体を海に向かって投げた。
そして海に着水するその瞬間だった――物体は激しい蒼の光を放ち、その輝きを拡散させていく。
そして――
「こ、これは……っ!?」
――思わずアリアが声を上げる。
タマやステラ、他のメンバーも光の中から現れた〝それ〟を見て、目を見開いている。
「イカ……に似ているけど、形状が結構違うにゃん?」
アリアの横で、ヴァルカンが静かに声を漏らす。
そう、光の中から現れたそれは、イカに似ていたのだ。
しかし、体長はアリアたちの目算で三十メートルはあり、体の至る所が鎧のようなもので覆われている、そしてその鎧のようなものから、蒼白い光を微かに放つ――そんな生物が海の中に浮かんでいるのだ。
「この子の名は〝キングクラーケン〟といいます」
「キング、クラーケン……?」
「はい、私が昔にテイムした〝異界のモンスター〟です」
聞き返すアリアにそう答えると、シエルは海に手を伸ばす。
すると海中から……それ――否、キングクラーケンは十本ある足の一つを伸ばすと、まるで戯れるように、シエルに触れてくる。
「異界のモンスター……。そういえば、噂で聞いたことがあります。ウルスクラ王国の女勇者は過去に異世界に渡り、その世界をも救ったことがあると。あの話は本当だったのですね!」
「ええ、アリア……あなたの言うとおり、私は過去に異界――〝アーク〟という世界に渡ったことがあります。昔の話ですけどね……」
自嘲気味に笑いながら、アリアに応えるシエル。
この世界はひょんなことから異界に通じることが度々ある。
アークとは、そんな異界のうちの一つなのだ。
そしてシエルは、アークという世界を過去に救ったことがあり、その際に目の前の生物――クラーケンや他のモンスターをテイムしたという。
「キング、今日も頼みますよ」
【グォォォォォォォン……!】
シエルが声をかけると、キングクラーケン(彼女からはキングと呼ばれているらしい)が、海の中から唸り声のようなものを上げる。
それに満足げに頷くと、シエルは外套の中からさらに先ほどの球状の物体を取り出す。
「シエル様、それって何なのにゃ?」
「ヴァルカン、これは異界の技術で作られた収納魔道具で、名は〝アークボール〟といいます。何でも……対象を量子レベルに変換・吸収し、再構築できるとか……」
技術屋のヴァルカンがワクワクした様子で質問すると、シエルはそう答えながら、キングに向かってアークボールを投げる。
すると、アークボールはまたもや光を放ち、キングの後ろに何かを構築していく。
「すごいね……生物だけじゃなくて、こんなモノまで収納できるのか」
思わず声を漏らすセドリック。
彼の視線はキングの横へと固定されている。
そこには巨大な――硬質感を漂わせる船のようなものが浮かんでいた。
そしてそれに足を伸ばし、その足についている無数の吸盤で固定し始めるキング……。
ここまできて、タマは理解した。
(なるほど、このモンスターに船を引っ張らせて、海を行くというわけか!)
と――
「普通の船であれば一週間はかかりますが、キングの速度であれば一日で私の故郷に着くことができます。さぁ、船に乗り込んでください」
異界のとんでもない技術、そして異界の……それもSランクモンスターを手懐けているという事実を披露したシエルは、何事もなかったかのような涼しい顔で言うと、船に乗り込む。
驚きの連続で、頭の中の処理が追いつかないアリアとタマは少し疲れた表情で。
それとは反対にリリとフェリはワクワクした表情で。
そんなメンバーに苦笑しながら、ヴァルカンとセドリック、そしてマイも船へと乗り込んでいく――