104話 四魔族の狙い
「ふふっ……おはようございます、タマ♡」
「にゃお〜ん」
数日後の朝――
今日も今日とて、アリアの胸の中でタマが目覚める。
アリアに応えてタマが鳴き声を上げると、アリアはその頭を愛おしげに撫でる。
タマは気持ち良さげにゴロゴロと喉を鳴らしながら、アリアのなでなでテクを堪能する……そんな時だった――
コンコンコンッ……!
――一階の玄関から、戸を叩く音が響き渡る。
「むぅ……こんな朝から誰なのだ……?」
「ふぁ……まだ眠いわ」
「私もですぅ〜……」
戸を叩く音で、ステラ、リリ、フェリも目を覚ます。
ネグリジェの上に、アリアは上着を羽織ると、タマを抱っこしながら玄関に向かう。するとそこには……。
「おはようございます、アリアちゃんっ」
「ア、アリーシャ様……!」
……剣聖アリーシャが、いつものメイド服姿で微笑をたたえながら、立っていた。
眠たげだったアリアの表情がパッと輝く。
敬愛するアリーシャ……彼女に会えたのが嬉しいのももちろんだが、たった一人で四魔族のうちの一柱に戦いを挑んだ彼女のことをずっと心配していたのだから当然である。
「噂で聞きましたよ、四魔族――ヴァサーゴは取り逃がしたものの、召喚獣に見事打ち勝ったそうですね? よくやりました♪」
「ア、アリーシャ様に褒められるなんて光栄です……! これもタマたちやジュリウス殿下がいたおかげです。……ところで、アリーシャ様の方は……」
「わたしの方もうまくいきました。四魔族、レヴィの討伐は成功です」
「さ、さすがアリーシャ様です! 召喚獣だけでも苦戦したのに、たった一人で四魔族の一柱を倒してしまうなんて……」
アリーシャの実力に、アリアはさらに尊敬の眼差しを彼女に向ける。
タマも心の中で(剣聖アリーシャ……この余裕の笑み、やはり七大魔王の一柱を単騎で討滅したという噂は本当のようだな……)と、アリーシャの実力に戦慄する。
そして、彼女にまつわる伝説的な噂が事実であったこと、そしてジュリウス皇子が言った、この世界で三本の指に入る実力の持ち主だ……という話が本当であったのだと確信する。
「ああ……それと、セドリック様の方も四魔族の一柱、ウァラクの討伐に成功したそうです」
「す、すごい……セドリック様まで……!」
再び興奮した声を上げるアリア。
そんな彼女に対し、アリーシャは「セドリック様に関してはもともとの実力もありますし、ご主人様に特別な装備を用意していただいたので当然ですけどね」と、涼しい声で返す。
その言葉で、かつて魔族ベリルの討伐に向かった際に、セドリックが使った闇の力を宿した剣の存在をタマは思い出す。
たしかに、あの力と魔神の黄昏で活躍し、英雄と数えられるほどの実力が合わされば、四魔族の討伐も可能であろう。
と、ここで、アリーシャの表情が真剣なものに変わる。そしてこんな言葉が紡がれる――
「アリアちゃん、逃がしてしまったヴァサーゴですが……恐らく敵はエルフの里、ルミルスに軍勢を率いて現れるものと思われます」
――と……。
「そ、そんな……! ヴァサーゴがルミルスに……!?」
アリアの表情が蒼白する。
エルフの里……ルミルス――
その名の通りエルフたちが住まう場所であり、そこはアリアの生まれ育った故郷である。
そんな大切な場所に、四魔族の一柱が軍勢を率いて現れる……そんな言葉を聞けば冷静を保っていられるはずもない。
「落ち着いてください、アリアちゃん。ヴァサーゴが動き出すには時間がかかります。軍勢を整えなければなりませんし、状況からいってヴァサーゴはまだ力を完全に取り戻してないと見られます」
慌てふためくアリアに、アリーシャは優しい声色で言葉を紡ぎながら、アリアの頭を撫でる。
アリアは何とかといった様子で、一旦落ち着きを取り戻すと、アリーシャを家の中に招き入れ話の続きを促す。
「にゃ〜ん(大丈夫か、ご主人)……?」
テーブルの席に腰掛けたところで、タマは心配そうな声色でアリアの頬に自分の頭をスリスリと当てる。
タマの気遣いに、アリアは「ふふっ……ありがとうございます、タマ……」と、思わず微笑を浮かべる。
それを見計らったところで、アリーシャが話を続ける。
ただならぬ雰囲気に気づいたようで、ステラたちも二階から降りてきて、離れた位置にあるソファーから話を聞いている。
「まず、ヴァサーゴがルミルスを狙う理由ですが……これはアリアちゃんも見当がつくのではないですか?」
「魔族がルミルスに……あっ! 〝賢者ノ石〟が狙いですか……!?」
アリーシャに問われて、アリアはハッとした様子で声を上げる。
数年前、アリアの故郷、ルミルスは魔族の軍勢に襲われ、その時にアリアはアリーシャに命を救われた。
そしてその時の魔族の目的が、今アリアが口にした賢者ノ石という代物が狙いだったのだ。
「アリア、賢者ノ石とは何なのだ?」
「ステラちゃん、賢者ノ石とはモンスターに対して特殊な結界を作り出すことができる、特殊なマジックアイテムの名前です。賢者ノ石によって形成された特殊な結界があれば、Aランク以下のモンスターはその場所に近づけなくなるんです」
ステラの質問に、アリアが答える。それを聞き、今度はリリとフェリが「どうしてヴァサーゴは賢者ノ石を狙うの……?」と不思議そうな顔を浮かべる。
それに対し、アリーシャが――
「リリちゃん、フェリちゃん、賢者ノ石には特殊なマナがとてつもない量秘められています。どうやら魔族はそのマナを〝魔王復活〟に使う技術を開発したようなのです」
――と補足説明する。
(なるほど……。数年前のルミルスへの襲撃は魔王復活を企む魔族たちが起こしたものだった、というわけか。そしてヴァサーゴが復活した今、賢者ノ石を狙う可能性が高いか……)
アリーシャとアリアの話を聞き、タマは理解する。
さらに、アリーシャからベルゼビュートによる予言もあるので、間違いはないだろうと補足が為される。
「ルミルスにヴァサーゴが攻めてきた場合は、今までと違い、拠点と賢者ノ石を守るための防衛戦となります。それには一人でも戦力が多い方がいいです」
「アリーシャ様、言いたいことはわかります。もちろん故郷のため、そして人々のために……わたしも一緒に戦います! それにヴァサーゴを逃がしてしまったのはわたしですから……」
アリーシャの言葉に、アリアは決意するまでもなく応える。
「ふんっ! そういうことなら我も行くのだ。ヤツには召喚獣に苦戦させられた礼をしなければならないのだ!」
「私も行くわよ! 魔王の復活なんて許さないんだから!」
「私もですぅ〜!」
ステラにリリ、フェリ……。
三人もメラメラと闘志を燃やす。
「にゃ〜ん(もちろん、我が輩も一緒だ。ご主人よ)!」
タマも元気に鳴き声を上げると、アリアの胸の中でフンスと鼻を鳴らす。
「みんな……はい! 頑張りましょう……!」
アリアは感嘆の声を漏らすと、自分も改めて闘志に火を灯す。
猫と少女たちの戦いが、再び幕を開ける――