第二章「恋心」2
レイルは彼女の邪魔になると思い、立ち去ろうと身を起こした。
「まって...」
そんな彼をか細い声が止める。
「しばらくここにいて...おねがい...」
「...」
レイルは黙って彼女のベッドの上に座った。
「怖い夢...見たの...家に帰ったら血まみれで...みんな倒れてて...」
ロイはそっと語りだす。
彼女が実家を離れ親戚の家に遊びに行った事。
故郷に帰ったら村人や家族が全員殺されていた事。
親戚の家で暮らすことになった事。
親戚の家が貧しくなり売られた事。
それらは夢の話ではなく、全て彼女の実話だった。
「その村の名前は?」
レイルがたずねるとロイは口を開けた。
レイルの目が見開く。
彼女の口から出た名前に聞き覚えがあった。
昔、レイルが単独の任務で殲滅させた村の名前だった。
「羽根刃がやったのかもしれない...けど、レイルさんじゃないって分かるよ」
彼女は続ける。
「だってレイルさんは私を助けてくれたし...本当は優しい人だから...」
「もう、寝ろ...」
レイルは少女の言葉を聞いていられなくなり、立ち上がる。
「レイルさん...?待って...」
小さくつぶやく彼女を残し部屋を出た。
彼女に帰る場所はない。
まるで自分と同じだ...
「行ってくる」
「今日も...出かけるの?」
玄関ドアを開けるレイルにロイが歩み寄ってきた。
彼に対する初対面の頃の怯えはもうなくなっていた。
その代わりレイルが彼女のほうをまともに見れなくなっていた。
「ああ、仕事に...」
「気をつけて下さいね。待ってます」
「ああ...」
見送る彼女を置いてレイルは家を出た。
フードを深くかぶり、長いローブをなびかせ歩く人影が一つ。
一人の男がまじまじと、それを見つめる。
フードの隙間から覗く美しく整った唇、銀髪のサラリとした髪。
ローブを身にまとってはいるが、女の華奢な体つきだということは分かった。
「ほぉー...」
彼女を眺めていた男は息をつく。
男の手には酒瓶が握られており、昼間から酔っていた。
もし正常な状態だったら、彼女が危険な存在である事を少しでも考慮出来たのかもしれない。
道が繁盛しているにも関わらず、酔った男以外に黒ローブの女を気にする者は誰もいなかった。
「おねーさん?今晩おれとどう?」
男はあろうことか腕を伸ばしその女の肩をつかもうとした。
ヒュッ
風切り音が鳴り男の腕が胴から離れた。
「へ?」
地面に落ちたそれを呆然と見つめる。
事態を把握し悲鳴をあげようとした男の首も飛ぶ。
「きゃああああっ!」
「うわぁっ!くっ...首がっ!」
異変に気付いた人々が悲鳴をあげ逃げ出す。
逃げ出した人々にローブの女が追いつく。
首が飛ぶ。
返り血を浴びる前に住民の間を疾走する。
フードがはだけ長い銀髪が後ろになびく。
首が飛ぶ。
彼女が通るたびに鮮血があがる。
彼女が疾走するたびに人が死ぬ。
「今、帰った」
レイルは報酬が入った重くどっしりとした布袋を自室の机の上に置く。
「おかえりなさい」
ロイがそっと顔を出す。
「食事がちょうどできたの、食べて」
彼女は恥ずかしそうに頬を赤らめ小さい声でそう言う。
「あ、ああ...」
レイルがロイの部屋に行くと沢山の料理が並んでいた。
彼女の部屋は台所とつながった仕様のほうだ。
さっそく席に着き一口食べる。
「どう?」
「ああ」
「ああじゃ分からないわ。おいしい?」
「おいしい...」
レイルが不器用にそう言うと少女は嬉しそうに微笑んだ。
彼女の笑顔を見るのは初めてでレイルは時が止まったかのように呆然と見つめた。
「お風呂入ってくるね」
食事が終わりロイが庭にある風呂場に向かおうとした。
「え?」
それにレイルは戸惑う。
「俺が出かけてる間に入らなかったのか?」
「うん、レイルさんは覗くような人じゃないから...」
ロイはまつ毛を伏せてつぶやく。
その頬がほんのり染まっていた。
庭の方から衣擦れの音が聞こえてきた。
それが終わると今度は肌が水につかる音が聞こえてくる。
レイルは自室でベッドを背にし休んでいたが、落ち着かなかった。
これから...どうするか...
気を紛らわすため思考を切り替える。
ロイの故郷はない。
ならこのまま彼女を置いて自分は別の場所で暮らすか?
しかし彼女はレイルがいなくなって一人で生きていけるのだろうか。
この村の人々は安全か?
羽根刃であるレイルがいるから手を出さないんじゃないのか?
大鳥国の羽根刃がここを襲わない保証はない。
考えるとキリがなかった。
けど、とレイルは白い壁を見つめる。
俺が彼女のそばにいてもいいんだろうか...




