第一章「陰謀」5
黒髪の羽根刃レイル・シインはぶつかってきたピンク色の髪の少女を見つめる。
この女...どこかで見たことがあるような...
「どーこに行ったのかなぁー?かわいいお嬢ちゃーん」
角の向こうから楽しむような声が近付いてくる。
この声は昨晩、大鳥国の参謀と一緒にいたシェル・イロスのものだ。
「来い」
レイルは反射的に少女の腕を引っ張り近くの倉庫へ連れ込んだ。
明かりが付いたままの広い倉庫だ。
天井は地上まで吹き抜けており、そこから外の月も照らしている。
レイルがもっとよく見ようと少女の顔を覗き込むと、彼女は「ひっ...」と目を固く閉じ顔をそらせた。
彼自身にも返り血が付着しており、少女の反応はもっともな事だった。
しかしそんなことにお構いなくレイルは、少女のあごを強引につかみ顔を上げさせる。
少女の瞳に涙が浮かび上がる。
レイルの指先が少女の頬を、唇を這いピンク色の髪を摘まむ。
彼はまじまじとその髪を見つめた。
ピンク色の...髪...?
くるりと胸元まで螺旋状をえがいた髪の束を彼の指がたどる。
再び少女の顔に腕を這わせる。
唇の中にかすかに指を入れる。
「んっ!」
少女が体をのけぞらせ、湿った感触と吐息が触れる。
のけぞらせた事によって彼の前に胸がせり出す。
その時の少女の声と仕草が、形容しがたい何かをレイルに感じさせた。
「何をやっている?レイル。さっさとその女を殺せ」
低い聞き慣れた女の声でレイルは我に返る。
出入り口の扉に銀髪の羽根刃エレナが寄りかかっていた。
「今、殺します...」
そう言いながらもレイルは、何を思ったのか少女の首を絞め始めた。
少女は苦しそうにもがく。
「レイルお前、何をしている?さっさと殺せと言っている」
「はっ...はい...」
エレナに諭され、レイルは腕を離し少女の首を刎ねるべく魔力に集中した。
ザッ
頭に激痛が走ったのはその時だった。
「っ!」
思わず目を閉じ魔力を中断させる。
ザッ
残像が目の中に散った。
ザッザッ
残像の中にマスクをした白髪の少年が映った。
ザッザッ...ザッザッ
血まみれで倒れるピンク色の髪の少女が映った。
銃を向け涙を流す黒髪の青年の姿が映った。
ピンク色の髪の少女が涙を流し手を必死に伸ばしている姿が映った。
羽交い絞めにされ身動きが取れないスーツ姿の黒髪の青年の姿が映った。
ピンク色の髪の少女の生首が映った。
銀髪の女の両腕に黒髪の青年の生首が映った。
白髪の青年が笑う。
宇宙にヒビが入る
電話をする。
羽根が舞う。
鳥が飛ぶ。
ピンク髪がマスクが青年が白髪が羽根が血が宇宙が電話がPCがテレビが銃が空が汚物が虫が唾液が吐しゃ物が―――
「うっ...あ...あああっ...!」
レイルは耐えられなくなり頭を押さえ床に膝をつく。
そんな彼をエレナの冷めた碧眼が見つめた。
「気でも狂ったのか?まあいい、女一人殺せないようならお前ももう必要ない」
抑揚のない声で言い放つと、彼女はレイルとピンク髪の少女を殺すべく足を一歩踏み出した。
バサッと頭上から複数の黒いローブが降りてきたのはその時だった。
それらはエレナの行く手を阻むように着地する。
全員羽根刃だ。
さっきエレナの元から立ち去った短髪の男の他に、羽根刃の中でもそうとうな実力者と言われている紫色の長髪の男もいた。
それ以外の羽根刃も強者ばかりだ。
「聞きましたぞエレナ。大鳥国を滅ぼすつもりだと」
紫色の長髪の男がエレナの視線を真っすぐ見据え威圧感のある声を発する。
レイルはその隙を見逃さなかった。
有無を言わさずピンク髪の少女を抱きかかえ跳躍し、何度も壁を蹴り伝いながら地上めがけて駆けて行った。
エレナは追おうとしたが、紫の髪の羽根刃が阻む。
「どけ、邪魔をするなら貴様らでも容赦しないぞ」
「どうぞ、こちらも反逆者としてあなたに容赦は致しません。陛下から、今後エレナが少しでも妙な気を起こそうとしたら即殺すよう指示を受けています」
エレナに臆さず紫の髪の羽根刃はすました顔で答える。
「いくらおめーでも、このメンツのこの数の羽根刃相手じゃ手も足も出ねーだろ」
金髪の羽根刃はエレナの視線をまともに直視できずに言い放つ。
紫の髪の男を筆頭に、大勢の羽根刃がエレナに向かって跳躍した。
「ここから先は自分で帰れ」
路地裏、レイルは抱きかかえていたピンク髪の少女をおろした。
少女は何か言いたげだったが、まだレイルのことが恐いのかすぐに視線をそらす。
かまわずレイルはきびすを返し少女の元から離れていく。
これ以上関わる必要はない。
そもそもなぜ少女を助けたのか。
自分は大鳥国の羽根刃であり、人を殺すために生まれ、今まで殺戮対象を見逃すはずがなかった。
そこまで考えて大鳥国の城に向かっていた足を止めた。
エレナの命令に逆らった自分がこのまま鳳国に帰ってもいいのだろうか…
エレナのあの殺気。今思い出しても身がすくむ。
レイルが彼女から殺意を向けられたのは初めての事だった。
ふと、少女をあの露出度の高い服のまま置いてきたことを思い出す。さっき曲がったばかりの角をもう一度通る。
「そんな服でお嬢ちゃん、他のお店から逃げてきたのかい?」
少女の目の前で中年の男が目線を合わせるようにかがんで話しかけていた。
「このあたりのお店は酷いお店ばかりだからね。その点、うちのお店は安心な普通のお店だよ?どうだい?うちで働かないかい?」
男が少女の細い肩に腕を乗せる。
少女は戸惑う。
それを見かねたレイルは音もなく近付き、強引に少女と男の間に割って入っていた。
「なっ...はっ...羽根刃っ!?」
男は驚いたように後ずさる。
「はっ...羽根刃様のお連れなら、手を引きますよ...」
男は額に汗を浮かべレイルの視線から避けるように逃げ出した。
「あのっ...」
か細い声でつぶやく少女の体に、無言で自分のローブをかぶせる。
「来い」
ローブを脱ぎ黒い上下のシャツとズボンのみになったレイルは、少女の手をつかみ人目を避け、民家が並ぶ街中から草木が生い茂る外へ移動した。
手を引かれ歩いている間、少女は怯えていた時を忘れたかのように、彼の整った横顔を見つめていた。
カツンとブーツが血だまりを踏む。
ローブを着た首のない胴体が足元に転がっている。
金髪の羽根刃の首が、短髪の羽根刃の首が、そして実力者と言われた紫の髪の羽根刃の首が胴体のそばに寄り添っていた。
ランプも全て割れ、頭上の月明かりだけがそれらを照らす。
大量の死でむせ返る中、一人そこに立つのは銀色の長い髪を背にした女エレナのみ。
彼女の白い肌や衣服には乱れどころか一滴の返り血も見当たらなかった。
「レイル...殺す...」
美しい唇から吐息が漏れた。




