第八章「虚無」4
大鳥国の敷地内に入る。
民は全員皆殺しにされていた。
民家の中に広がる血だまりはまだ新しく、エレナがここにやってきたばかりだという事を告げている。
レイルは駆けた。
民家を跳び越え、屋根の上を伝い、疾走する。
尖った屋根を並ばせるデザインの城にたどり着く。
門番や監視兵も殺されていた。
城壁を蹴り垂直に駆け上がり、城の内部に侵入する。
貴族の死体が転がっている。
もっと奥に進もうとするレイルの目の前に、バサッと二つの黒ローブが舞い降りた。
羽根刃だ。
すぐ目の前で魔力の気配。
身をそらしたレイルの黒髪の一部を、風切り音が切断する。
地面を蹴り背後に後退しながら、縦横無尽に迫りくる刃を避ける。
最後の刃を避けると同時に、頭上に跳躍する。
二人の敵に向かって空中から刃を放つ。
二つの羽根刃の首が飛ぶ。
首のない胴体が倒れる前に、その背後に着地し、振り返らずに疾走する。
その時、城のどこかから膨大な魔力の放出があった。
エレナだ。
レイルが走る廊下にいくつもの羽根刃の死体が見えてきた。
エレナがやったものだ。
彼女の膨大な魔力を道しるべに、次の階へと進む。
風切り音が鳴り、後退する。
またしても羽根刃が彼の左右背後に現れる。
今度は五人だ。
間髪入れず前後左右から風切り音が鳴る。
「くっ!」
頬や腕を何度も裂かれながら交戦する。
最後の一人の首を刎ねた直後、さっきまで微動だにしていなかったエレナの魔力の流れが途絶えた。
何の前触れもなく、ぷっつりと。
「エレナっ!」
王の間へ続く通路に、羽根刃の死体がそこかしこに転がっている。
全員、見たことのない面持ちだ。
しかしそんなことはどうでもいい。
王の間は開いていた。
いくつもの、八つ裂きにされた羽根刃の死体が出迎える。
それにかまわず、レイルは王の間に入る。
王座に座った首のない大鳥国の王の姿があった。
しかしレイルの目を奪ったのは、それではなく、大勢の羽根刃の中に横たわる銀髪の女の姿だった。
横たわる彼女を抱き起こそうとした敵の羽根刃の首を刎ね、駆け寄る。
首が失ったばかりの羽根刃から彼女を奪い返す。
「エレ...ナ...?」
顔を覗き込む。
いつもの冷たい顔は、目を閉じていた。
彼女の胸元を見やる。
そこにナイフが刺さっていた。
どこかで見たことのあるナイフだ。
レイルは物言わぬ彼女を抱きしめた。
「いやぁ...残念だったよ...」
背後から声がかかる。
「エレナの魔力を、中の子供が食らいつくした時、その時に彼女を捕えていれば、こうはならなかったのに...」
複数の羽根刃と共に、大鳥国の参謀が王の間に入ってきた。
「まさか自害をするなんて...そのおかげでお腹の中の子供も死んでしまったよ...」
レイルは彼に視線を向けず、ただ黙っていた。
「彼女のおかげで羽根刃の大半も失った...けど、君は戻ってきてくれたね、レイル君」
「...」
「エレナは失ったが、まだ羽根刃の女はいる。レイル君、次の羽根刃の子作りも手伝ってくれると嬉しいよ」
そう言うと、大鳥国の参謀は去っていった。
他の羽根刃も後を追う。
生きているのはレイルだけになった。
点々と死体が横たわる大鳥国の王の間。
レイルはエレナの亡骸を抱きかかえたまま、身動き一つしなくなった。
伏せられた顔は、ロイと出会う前の無表情な殺戮者羽根刃そのものだった。
しかし彼自身と、エレナに対する想いはその頃とは違う。
自分をこのような状況に追い込んだ元凶を知っているという点においても...
笑い声が静寂を破った。
エレナの腹の中からだ。
それが分かると同時に、背景が暗転する。
レイルが冷静に見守る中、彼女の腹が膨れ上がり、一人の人間の形をとった。
それは徐々に細部が完成され、見覚えのある青年の姿になる。
白髪に前髪の左右一部を青く染め、自分と同じ黒いローブを身にまとい、にやりと笑みを浮かべる青年。
悟理達也だ。
彼はエレナの腹から独立する。
エレナの腹も、まるで最初からお互いの干渉がなかったかのように、元通りに戻った。




