第八章「虚無」2
どのくらい時が流れただろうか。
普通の人間の寿命、百人分は生きた気がする。
悟理はベッドの上で寝そべりながらため息をついた。
不老不死に設定したため、彼は変わらず理想の世界を生きていた。
「悟理様」
そんな彼の裸体にピンク色の髪の女が抱きついてくる。
この光景も見飽きたものだ。
彼女の髪を適当にいじりながら、ふと、女の唇に自分の唇を重ねようとした。
するとあらかじめ、その行動を予想していたかのように女は彼の胸に顔をうずめ唇を隠す。
悟理が不快にならないような避け方だ。
設定付けをする際は、誰とも唇を重ねたくなかったためそうなった。
「悟理様、愛してます」
設定通りの言葉。
「はぁ...」
悟理はためいきをついた。
外に出る。
いつも通り空中を歩く。
ふと、地面を歩くのはどんな感覚か思い出したくなった。
しかしもう地面は歩けない。
そう設定したからだ。
食べ物も、新たなものは出現しない。
そして他人も、彼の都合のいい人間のみ。
「ふぅ...」
もう一度ため息をついた。
そんな彼の横に黒髪の天使が出現した。
「なんか飽きてきたなー...なんかいいことないの?無限に楽しめて飽きないものー...」
天使のほうを向かず、だるそうに言い捨てる。
「物足りないのも無理はない。お前が本当に欲しているものが、この世界にはないからな」
「え...?」
悟理は思わず天使の方に顔を向ける。
「俺が欲しいものは全部手に入ったはずだけど...?」
「いや、入っていない」
「じゃあ、なんだよ。俺が欲するもの」
「お前が本当に欲して止まないもの...それは、真実の愛だ」
その言葉に悟理は時間が止まったかのように天使を見入る。
天使は続ける。
「どんなお前であっても心から全てを愛し、理解し、受け入れ、見返りなく誰よりも何よりもお前を最優先する完璧な美しい存在。抜け殻の魂ではなく、お前が設定し創ったものでもない血肉の通った存在、それをお前は欲している」
悟理は大きく瞬きをした。
瞬きをし終わった後、天使はいなくなっていた。
真実の愛かー...
空中庭園にあるまったく汚れのない透き通った椅子に座り、思考する。
彼の事を愛していると言って抱きついてくるピンク色の髪の女は、自分が都合よくそう設定したものだ。
このアセンションした世界の住人も、彼にとって都合のいい人形。
真実ではない、抜け殻の魂。
変えられないよう設定した以上、魂のある真実の愛は生まれない。
いや、と悟理は首を振る。
この都合のいい世界になる前であっても、はたして真実の愛はあっただろうか。
ない、と自信をもってそう言える。
例えば、発展途上国の難民や貧困民に寄付をしたりボランティア活動をしていた人間はいた。
しかしそれは相手が弱い立場の人間だからだ。
無償でも何でもない。
条件付きの愛。
悟理は、自分が風邪をひいたり病気をしたりすると、急に周りが優しくなることを思い出した。
真実の愛とは、相手がどんな状態でも、いついかなる時も、尽くす事を言うのではないだろうか。
そして複数の人間には送れない。
完全に誰よりもただ一人を優先してのみ、真実の愛は生まれる。
顔が良いとか、性格が気に入っているからとか、自分の子供だからとか、自分に優しいからとか、金をくれるからとか、評価が上がるからとか、なにか得られるとか、何かを条件にしたものではなく。
けど実際は、何かを条件に、何かを対価にして、人間は誰かのために行動する。
相手が成功した途端、話題になった途端、応援し始め、自分をひいきする者を優遇し、批判されている人間ジャッジされている人間を応援したり自分より劣っている者を応援したり、嫌いな相手を批判してくれる人間の味方をしたり。
愛どころか、友情や評価すら嘘偽りに満ちている。
「真実の愛はどこにもない...かぁ...」
悟理は一息つくと、立ち上がった。
ちょうど彼の真上に浮かんでいた雲が、天使の羽根のような形をとった。




