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羽根刃  作者: 蒼赤羽根
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第八章「虚無」1

汚れがない世界になっても、マスクを外すのに一月かかった。

綺麗な世界になっても、癖で除菌スプレーや除菌ウェットティッシュは手放さなかった。


「悟理様、お食事をお持ちしました」

ノックされ返事をすると、部屋にピンク色の髪の女が入ってきた。

彼女は悟理が座るソファのサイドテーブルの上に、プラスチック製の容器に入った食事を乗せていく。

どれも完全密閉された容器だ。

容器にはそれぞれ、ステーキ、天ぷら、味噌汁の写真のデザインが貼られていた。

悟理がステーキを手に取り、慣れた手つきで開封していく。

開くと、写真のまままったく同じ形のステーキが顔を出した。

それを一口頬張る。

作りたてのようなほど良いうま味と、ジューシーな食感が口の中に広がった。

悟理はさらに味噌汁の封を開け、確認するように逆さにしてみる。

中身がこぼれない。

今度は逆さのまま落とそうと手を放してみる。

落ちない。

空中で静止したままだ。

「ふぅ...」

確認した後、彼は味噌汁に口をつける。

さっきの光景が嘘のように、味噌汁が移動し口の中に入っていった。

食事が終わり空になった容器をサイドテーブルの上に置くと、まるで最初からなかったかのように、その容器は完全消滅した。

ふと、ソファに座る悟理の首に、細い女の腕が巻き付けられる。

ピンク色の髪の女が後ろから抱きついてきていた。

悟理はそのまま女を自分の膝の上に座らせる。

ふと、背後に気配を感じ振り返る。

黒いローブの青年がそこに立っていた。

「この女、お前の女だったんだろ?」

「彼女も俺が創り出したものだ。その記憶を元に、お前も創り出したにすぎない」

黒髪の天使がいつものように微動だにしない無表情な顔で答える。

「前のお前が、物質世界で生きていた俺の記憶を元に、俺と同じ容姿の男を創り出した時もあった」

「マジ?」

その言葉に悟理が驚く。

「じゃあ次の俺が、今の俺を創り出す可能性もあるってこと?」

「そうだ」

「やだな、それ」

悟理は飽きたように女をどかすと、実体のない天使の体を通り抜け、自室を出ていった。


外に出る。

汚れ一つ見当たらないコンクリートの地面。

しかしそこに足は付かず、悟理は空中を歩いていく。

綺麗になってもあまり下を歩きたくなかった。

空中には果物や花が一緒に浮かんでいた。

土のない庭園を抜け、大きい扉の前にやってきた。

悟理が開けようとする前に、ギイイと重い音と共にひとりでに開く。

悟理は躊躇なくそこに入った。

「ああああああぁぁぁあああああっ!」

「ひぎいいいいいぃぃぃぃいいいいいっ!」

中に入ると、さっきまでとは打って変わった下品な叫び声が彼を出迎えた。

ガラス張りの向こう側を、相変わらず空に浮いたまま悟理は眺める。

地獄が広がっていた。

眼を見開き、変な機械で指先からゆっくりと潰されていく女。

怪物のような男に犯される女。

眼球から脳みそが滴り落ちても生きている男。

彼が嫌いな人間を入れるディセンション世界だ。

そこには死刑執行人として、猟奇的な凶悪犯罪者も一緒に入れてある。

「いい眺めだなー...」

悟理はにまぁと笑みを浮かべる。

ディセンション部屋で顔や首以外の骨を全て折られ、全裸で磔にされている女が悟理に気付き、視線を向けてくる。

悟理が手を振る。

磔にされた女は彼に憎しみの目を向けるが、野鳥がやってきてそこをついばまれる。

ここの連中は生命力をあえて強くさせておいた。

簡単に死なれては困るからだ。

しかし死んだとしても、また生き返らせて拷問してやるだけだが。

「お!やっぱりあいつもディセンションしてたんだ!」

悟理が目を向ける先に、肥満体の中年の女の姿があった。

その女は以前、彼の職場にいた女で、嫌味や悪口をねちねち言ってきた女だった。

女の肥満体はブクブクと煮立った熱いお湯の中に入れられ、悲鳴を上げていた。

そこに男がやってきて、煮あがった女の体の一部分を切り取る。

それを無理やり女の口の中に押し込んで、食わせた。

別の男が女を的にしてナイフを投げる。

的が広いからか、ナイフは全て女の体に刺さっていった。

どんどんナイフが刺さり、ボロボロになった肉片が飛び散り、少しずつスリムにしてあげている様子を眺め、悟理はにやりと笑みを浮かべる。

ディセンションさせたのは、分かりやすい悪意を向けてきた奴らだけではない。

一見、彼の見方をしていたが実は自分語りがしたくて近付いてきた奴。

一見丁寧な言葉だが、さりげなく彼に批判やジャッジをした奴。

彼を利用しようとした奴、下心を持って近付いてきた奴。

彼は少しの悪意、計算、嘘偽りも見抜けるようになっていた。

いや、なっていたというよりも、分かりやすい悪意の根源がディセンションし周りにいなくなった事によって、今まで見えにくかった小さな汚れ、うまく隠された相手の心の奥の悪意が目立つようになっただけだ。

「悪意を持っていいのはこの俺だけ。俺を少しでもジャッジした奴、いや、直接じゃなくても心の中で俺に気に入らない感情を抱いただけでも、拷問虐殺ループコース。神は俺なんだよ。その神を敬えねークズはずっとクズのままなんだから、反省すらしねーだろ?ならディセンションがお似合いだよ。いや、俺が生き返らせて苦痛与えてやってんだから、感謝してほしいくらいだね」

悟理が唾を吐いた。

その唾液だけガラス張りの地面を通り抜け、ディセンション先に落ちる。

落ちた唾液は大量に分裂し、雨のように降り注いだ。

それに当たった人間の皮膚が溶け始める。

一般人なら一滴だけでも発狂し死ぬレベルの苦痛を味わうが、ここの連中は生命力だけは強くしてあるため、何週間もずっと発狂し続けるのだろう。

死んだら死んだで、また生き返らせてやるだけだが。

悟理はおおあくびをし、きびすを返した。





ボロボロのローブをなびかせ、エレナに切り倒され森でなくなったその道を疾走する。

頭上には彼女の攻撃を受け、破滅の輝きを放つ惑星。

その輝きは、さっきよりいっそう光を増していた。

悟理達也の世界では、遠くの星が割れ爆発する様を目視で確認するのに、そうとうな年月を費やすはず。

しかしそんなことは、レイルにとってどうでもよかった。

「エレナは大鳥国のほうに向かったぜ」

道筋が暗転し、レイルは歩を止めた。

「どうして...ロイが...死んだんだ...?」

背後に現れた悟理に、そうたずねる。

「どうして...エレナまでっ...頼むからもうっ!俺から奪わないでくれっ!」

そう言い振り向きざま彼の肩をつかもうとする。

しかしレイルの腕は悟理の体を通り抜け、空をかすめるだけだった。

「続きを話そう」

悟理は涼しい顔で口を開いた。



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