第七章「破滅」3
「エレ...ナ...?」
薄く目を開け、そっと隣の布団を撫でる。
厚みのない感触が伝わってきた。
身を起こし辺りを見回す。
見慣れた部屋に自分一人であることを確認し、一階へ降りていく。
「エレナ、もう起きたのか?」
リビングにいない。
彼女の魔力の気配もどこにもない。
慌てて玄関を出る。
しかし慌てたのもつかの間、銀髪の女は外に出た大通りにあった。
真夜中、大きい満月を背景に、夜の通路に長い影を落として。
ほっと安堵のため息をつく。
「どうしたんだ?こんな所で...」
言いながら彼女の様子がおかしい事に気付いた。
前髪に隠れ表情は見えないが、いつもの平静な彼女とは違う。
「...ど...も...」
「え?」
聞き取れないほどのつぶやき。
「子供が...できた」
レイルは目を見開いた。
「うそ...だろ...?俺は、君を抱いてなんか...」
「お前が接吻をしたからだ」
エレナが顔をわずかにあげる。
いつもの冷たい顔が、さらに冷たくなっているような気がした。
「落ち着けエレナ!口づけで子供が出来るわけ、ないだろう?」
言って彼女の腹部に視線を落とす。
「生理も止まった...たしかだ...」
「本当...か...?」
言いながらレイルは、それで子供ができても事態はそれほど重くはないと思っていた。
接吻で子供が出来たことに驚きはしたが、そういう宇宙があった記憶を思い出してもいたので、すんなり受け入れられた。
「二人で...育てるか?それとも...」
平静さを取り戻しながらレイルは、それにしてはエレナの様子が尋常ではない事に気が付いた。
いままで見たことがないほど、青ざめているように見える。
こんな彼女は初めてだった。
そこまで考え、大鳥国でのある一場面を思い出した。
「エレナが自分と同等、またはそれ以上の羽根刃を産んだ場合、魔力も命も失うってことさ...」
言葉を失った。
レイルもエレナも羽根刃である以上、生まれてくる子供も羽根刃。
「エレナっ!なんとかして、生まれる前に子供を殺せないかっ?!」
彼女の肩をつかみ、ゆする。
「無理だ...一般人の赤子ならともかく、羽根刃である幼体を殺そうとすれば、体内から私を殺そうと攻撃してくる」
「まだ体は完成してないんだろ?!ならっ...」
ほぼ叫び声同然になりながらレイルは、エレナの腹部に手をのせる。
ぞっとした。
子供は体より先に魔力が完成されていた。
それだけではない。
かすかに伝わってくる魔力は強大で、レイルより、いや、エレナよりも上をいった。
レイルは地面に座り込む。
そんな彼をエレナはいちべつし、口を開いた。
「子供が生まれる前に、この世界を滅ぼす。そして二人で...いや、三人で共に死のう」
言って彼女は魔力を解き放った。
地面が割れた。
街全体の家が、大地が、空気が割れ、轟音と共に吹き飛ばされる。
隣街も、その隣街も、城も建物にも亀裂が入り裂かれる。
まだ襲われていない生ある街も一瞬で死の街に変わり、森や草原も切り裂かれる。
「くっ...!」
レイルは破片を避け、飛ばされないよう踏ん張るが、エレナから徐々に離される。
幸い攻撃は来ない。
彼女が器用に、レイルだけには当てないようにしているのだ。
不意に、彼女を中心に放たれていた膨大な魔力が止んだ。
代わりにエレナは腕を頭上にかかげ、間髪入れずに魔力の刃を放った。
あまりのまぶしさにレイルは目を閉じる。
一瞬後、彼が目を開けたときには、膨大な質量の魔力の輝きは終わっていた。
代わりに頭上に光る星空が強く発光している。
「うそ...だろ...?」
レイルの口から思わずそうもれる。
発光している星、つまり遥か遠くの惑星が、さっき放たれた彼女の攻撃によって破壊されたのだ。
「ありえ...ない...」
レイルが思い出した悟理達也の記憶では、あの空で輝く小さい点は、自分が住んでいるこの陸、まだ見ぬ地上の全てを収めた膨大な広さの世界と同じものだ。
そしてそこまでの距離は何千、何万、何億光年も離れているはず。
あんな一瞬で攻撃が届くはずがない。
驚きに声が出ないでいるレイルをよそに、エレナは手のひらに魔力を凝縮させる。
それが徐々に実体化していき、巨大な鳥の形をとった。
さっき惑星を破壊した魔力もそうだが、エネルギー量が膨大すぎて羽根刃どころか一般人でも目視出来るだろう。
そして今までエレナが放出させた量の魔力は、さっき感じた彼女の子供よりも上だった。
そこまで出来るなら、なんとかしてあの子供を殺せないか?
殺さないまでも、子供を産んでも彼女を死なせない方法や、いっそ子供はなかったことに出来ないだろうか。
悟理達也が理想の世界を創ったときのように...
「エレナっ!」
呆然としている暇はない。
レイルはエレナの元に駆け寄ろうとする。
「エレナ!聞いてくれっ!君を死なせない方法があるかもしれない!」
しかしエレナはレイルを無視し、具現化したその大鳥の上に飛び乗る。
バサッと凝縮された魔力が羽ばたき、その時に離れた小さい羽根の破片が空に散る。
はっとしレイルはその羽根を素早く避ける。
これに当たると危ない。
そう直感した。
そうこうしているうちに、エレナを乗せた大鳥は頭上高くに上がっていく。
「エレナっ!」
レイルの呼びかけもむなしく、大鳥は飛び立つ。
レイルは諦めきれず、瓦礫だらけの足場の悪い地面を疾走し追おうとする。
しかし差は歴然だった。
大鳥はすぐに小さく、見えなくなってしまった。
それでも消えた方向に向かう彼の背景が暗転した。
「待てよ」
暗転した暗闇の中、背後に白髪の青年が現れる。
「急いでるんだっ!後にしてくれ!」
「ここに時間の概念はねーよ。それに急ごうがどうしようが変わんねーよ。お前だって分かってんだろ?」
白髪の青年、悟理達也の言葉にレイルは足を止めた。
悟理は続ける。
「結果を変えたいんなら設定を変えるしかない。お前がな」
「どうすれば...いいんだ...?」
レイルはゆっくりと白髪の彼に向き直る。
「教えてやるよ。お前の世界がどうしてこうなってんのか。それから、俺が世界を美しくした後の話もな...」
悟理は一部だけ青い前髪をいじった。




