第七章「破滅」2
レイルがリビングで休んでいると、魔力が玄関付近を通るのを感じた。
エレナだ。
「待て」
レイルは素早く彼女の元に駆け寄る。
「また、殲滅しに行くのか?」
「食材を探しに行くのだ」
そんな彼女の腕をレイルはつかんだ。
「俺も行く」
エレナは死の街でワインとサラミ、瓶詰めされたつまみを見つけると、それをレイルに手渡した。
家に戻ると、エレナはワインの栓を開け、家にあった二つのグラスにそそぎ、つまみやサラミを皿に盛り付けているレイルの方へ、片方のグラスを移動させる。
「全て滅ぼしたら、こういうのは食べられなくなるな」
レイルの問いに、エレナはワインを飲みながら視線を向けてくる。
「自給自足でもするのか?」
エレナは黙っている。
「それとも、二人だけになっても食材は現れるんだろうか...」
「何を言っているレイル」
エレナがやっと口を開く。
「今、二人きりではないか...」
この世のすべての住人を皆殺し、全てを焼きはらった。
大鳥国も滅ぼした。
生きているものは誰もいない。
ただ二人を除いて。
「レイル...」
名を呼ぶと目の前の黒髪の青年が顔を上げた。
「お前から私に接吻しろ...」
「分かりました」
彼が首に腕を回してくる。
抱き寄せられる。
黒い瞳がすぐそばで見つめてくる。
唇が重なる。
荒れ果てた荒野を背景に、銀髪の女と黒髪の男が重なる。
「ん...」
彼の激しい接吻に思わず声が出る。
目を細く開く。
すぐ前に、伏せられた長く黒いまつげが見える。
ここまで激しくされるとは思わなかった。
まるで自分の要求に応じたような接吻だった。
唇を離し、彼の腕の中にしばらくの間抱かれる。
「エレナ...」
ふと、彼の口からそうもれる。
向こうから話しかけてくるなど、今まであまりなかった。
思わず顔を上げ黒髪の彼を見つめる。
彼も視線に応える。
「俺も、殺すんですか...?」
「ああ...」
青年の問いにエレナは続ける。
「このまま二人で生きていても仕方ないだろう?食料もなしに飢え死にするのを待つか?」
「そうは、ならない...」
レイルはそっとエレナの指に自身の指を絡める。
エレナは混乱した。
今までこの男が、自身の意見を言い、こんな行動をするなどなかった。
今まで私の命令にだけ従ってきたくせに...
そんな彼女の戸惑いにかまわず、彼はもう一度唇を重ねてくる。
彼のたくましい腕が胸を撫でてくる。
ローブの襟元に腕を入れられ、ずらされ、白い肩があらわになる。
我に返る。
「なにをするっ!」
エレナはとっさに、彼の腕を解こうとする。
しかししっかりつかまれ、離れない。
魔力を放出し威嚇すると、やっと腕が離れた。
まじまじと、さっきつかまれた所を見つめる。
「いったいどうしたのだ?お前らしくない。死ぬのが恐くなったのか?」
エレナは平静さを取り戻し、黒髪の青年に向き直る。
「...」
しかし彼はいつもの無表情で無口な青年に戻っていた。
エレナは懐からナイフを取り出す。
あえてこれを選んだのは、彼の首を刎ね飛ばしたくなかったからだ。
彼はそれを見ても身じろぎ一つせず、恐れている様子もなかった。
ただ、彼女の次の行動を待っているように見えた。
ためらいは一瞬だった。
思い切ってそれを彼の胸に刺す。
刺したナイフを握った自分の腕に、彼の手がそっと重なる。
「すぐに...こい...」
耳元でそう囁くと、彼は地面に膝をついた。
「レイル...」
倒れこむ彼を見つめたまま、エレナは呆然と立ち尽くす。
その頬に、涙が伝う。
青年のそばに座り込むと、涙が彼の頬に落ちた。
そっとナイフを彼の胸から引き抜く。
今、この世界で私一人だけになった...
だが、不思議だ...
まるで最近から...自分一人だけだったような気がする...
一呼吸おいて、彼と同じ位置にナイフを差し込んだ。
エレナは退屈そうに、ベッドの上に座り自身の長い髪をいじっている。
レイルもやることがない。
しかし彼は退屈だとは思わなかった。
彼女のそばにいるだけで、些細な行動を見ているだけで、不思議と満足した。
ふと、視線を感じた。
エレナがいつもの冷たい眼差しで、じっとこっちを見つめている。
毛づくろいは止めたらしい。
「なんだ?」
レイルは彼女の隣に座る。
それでも視線は離れない。
「お腹がすいたのか?」
「...」
レイルの問いにも答えない。
あまりにも沈黙が続くので、そっと彼女の頬に指を添える。
夢で見たように、もう片方の手の指を彼女の指に絡ませる。
彼女の視線は微動だにしない。
唇をそっと近付ける。
すぐそばで碧眼が真っ直ぐこっちを見つめる。
かまわず唇を重ねる。
抵抗はされなかった。
長く深い接吻の後、彼女の体と共にベッドの上に倒れこむ。
彼女を腕に抱きしめながら目を閉じる。
エレナを愛してはいるが、ロイに対する恋愛感情とは違うものだった。
ただ、こうして存在を感じ、そばにいるだけで良いと思った。
ふと腕の中の彼女の様子を見る。
いつの間にか彼女は目を閉じ、小さい寝息を立てていた。
その後もレイルはエレナとは一線を超えず、共に暮らした。
長い月日が流れた。




