第一章「陰謀」2
「レイル・シイン17才...エレナ・セリゼも17才...か...」
白い口髭の中からしわがれた声がつぶやく。
大鳥国の王の間、細かな鳥の装飾がほどこされた立派な王座に座る老人。
彼こそが羽根刃という化け物を飼う北大陸の支配者...大鳥国の王である。
王座から伸びたじゅうたんの先には、任務が終わり帰国したレイルと銀髪の女エレナが立っていた。
その二人を取り囲むように二十ほどの羽根刃が左右対称に並んでおり、殺伐とした空気を漂わせていた。
「二人が組んで任務につくようになって一年か...エレナが組んだ相手を殺さず任務遂行できるのはレイルのみじゃな...やはり相性がいいのかもしれんのぅ...」
「そんなことはどうでもいい。要件を早く言え」
王の前でさえ頭ひとつ下げることなくエレナは吐き捨てる。
「うっ...うむ...では単刀直入に言おう」
王はエレナから目をそらす。
一国の王であっても普通の人間であるこの王はもちろん、同じ羽根刃でさえ彼女と目を合わせられる者は少ない。
「おぬしら二人で子を産んではどうじゃ?」
意を決した王の言葉にエレナは目を見開いた。
「最も強い羽根刃同士の血を引き継ぐお主と、お主の次に魔力の高いレイル・シイン。さらに強い力を持った羽根刃が生まれるに違いない...」
王の言葉にレイルはかすかに視線をあげた。
エレナが最も強い羽根刃であるのは、なんとなく分かっていたが、自分が彼女の次に魔力が高いというのは初耳だった。
彼が知らなかったのも無理はない。
羽根刃同士、任務は同じメンツで組まされることが多く、別の城の顔すら合わせたことのない羽根刃も存在しているからだ。
ふと、エレナが隣からいなくなっている事にレイルは気が付いた。
「それともおぬしら二人はもうそういう関係になっておるのかのぅ...ん?エレナはどこに行っ...」
言葉を続けようとした王の眼球から血しぶきが上がった。
腹から腸が飛び出し腕が引きちぎれ...
しかしそれは幻だった。
エレナが放った殺気が見せた幻覚で、まるで最初から何事もなかったかのように王は無傷で王座に座っていた。
「あまり調子に乗るな...」
背後から抑揚のない声。
がくがくと王の体が震える。
いつの間にかエレナは王座のすぐ後ろに立っていた。
王は振り向けないどころか指一つ動かせなかった。
白い腕が首筋に伸びてくる。
「陛下!」
危険を察知した真面目そうな羽根刃が数人、王座に向かって動こうとする。
しかしエレナの冷たい瞳に射られ動けなくなった。
「いいかよく聞け。私は今まで大鳥国の戦力となり国を拡大してきたが、忠誠を誓っているわけではない。ただ都合がいいからそうしてやっているだけだ。気に入らなければすぐにでもこの国を滅ぼせること、忘れるな」
エレナはそう言い放つとバサッと王座から黒い残像を残してレイルの隣に戻った。
「いくぞレイル」
エレナに言われるがままレイルも踵を返し、戦闘態勢になっている他の羽根刃の間を堂々と通って王の間から出た。
廊下を歩いていると奥の突き当りから貴族の女がやってきた。
女は羽根刃であるレイルの姿を確認すると慌ててうつむく。
今は早朝である。
こんな時間帯に羽根刃が城の中をうろうろしているのは珍しい事だった。
幸か不幸か、もしレイルが王の間に呼び出されていなかったら、女がこんな所で羽根刃と出くわす事はなかっただろう。
女はうつむき怯えながらもレイルの方に目線だけチラチラと送る。
顔がほのかに紅潮し、彼を見る瞳がかすかに潤んでいる。
サラサラと首筋にかかる長めの黒髪。
整った輪郭。
長めのまつげ。
彼は貴族でさえ滅多にお目にかかれないほどの美男子であった。
人を殺すために産まれた羽根刃ではあるが、その危険さをはらんだ何かが女にとって惹かれる要素になっているのだろうか。
彼との距離が近付く。
女の鼓動が高鳴る。
思い切って顔を上げると、彼の後ろにいた銀髪の羽根刃の鋭い眼光と目が合った。
「大鳥国も潮時だな...」
逃げていった貴族の女には目もくれずエレナがそうつぶやいた。
「他国に羽根刃のような化け物はいない...私とレイルの力を欲する国はいくらでもある」
エレナが握りこぶしに力を入れる。
「私は...私を産んだあの男と女のようにはならない...」
レイルは歩を止めた。
エレナも立ち止まる。
長い銀髪に隠れ彼女の表情は見えなかった。
エレナの生い立ちについては何も知らない。
レイル自身、自分の両親の顔はおろか、話すら耳にしたことがなかった。
「レイルお前...私を抱きたいと思ったことはあるか?」
気が付くとエレナが顔をあげていた。
いつもの冷たい表情だ。
「抱く?」
レイルは思わず聞き返す。
「この話は忘れろ。お前はそんな男ではなかったな」
エレナは歩を再開させた。
「もしお前が私を欲するような輩だったら...殺している」
そう言い放つと彼女は、レイルを置いてそのままゆっくりと歩いて行った。