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羽根刃  作者: 蒼赤羽根
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第四章「死闘」


見慣れた家が見えてきた。

息もつかず玄関を開け階段を駆け上がる。

「ロイ!」

少女はそこにいた。

レイルが出かける前と同じ格好で、ベッドの上で表情一つ変えず。

「ロイ...よかった...」

さっきの地獄絵図のことなど忘れて、レイルは彼女を抱きしめる。

「ジェニファーとドロシーを連れ戻したんだ。また四人で一緒に暮らそう...」

そう言って彼女の肩に手を乗せ顔を覗き込む。

しかし彼女は微動だにしない。

生気のない虚ろな瞳だけが彼に応える。

「ロイ...頼むから...なんとか言ってくれ...」

すぐそこに、腕の中にいるはずなのに、まるで手の届かないほど遠くにいるような錯覚に陥る。

レイルは苦しそうに眉をしかめる。

「なんでも...するから...君が望むものっ...なんでも、手に入れるから...俺の命にかけてでも...だからっ!また、笑ってくれ!いつものようにっ!」

必死になって腕の中の死んだ人形のような彼女に問いかける。

「愛してるんだっ!ロイ!君がいないと...俺はっ...許してくれっ!もう、人は殺さない!だからっ!俺を見てくれよっ!」

本当はどこかで分かっていた。

ジェニファーとドロシーを連れ戻しても、レイルの元に彼女が戻ってくることはないと...

それでもレイルは諦めきれず、何度もロ位に必死に話しかけた。



カツンッ


ブーツが床を鳴らす音が、レイルの行為を中断させた。


カツンッ


一階から聞こえてくる。

レイルの背筋が凍り付いた。

放出したまま隠そうともしない強大な魔力。

殺気。


まさかっ!


レイルは素早くロイを抱きかかえ、窓ガラスに向かって疾走する。

ガシャンと割れた破片と共に黒ローブが宙にひるがえる。

ロイを守るように空中で器用に抱え直し、音もなく庭に着地する。

ガラスの破片が降り注ぐ前に横っ飛びになって避け、静まり返った街の中を疾走した。

自分の家から死角になった倉庫を発見し、その中にロイを隠す。

「すぐ、戻る」

それだけ言うと彼は倉庫のドアを閉める。

「レイル...」

閉まる寸前、無表情のままの彼女の唇がかすかに動いたが、焦り急いでいる彼の元には届かなかった。


レイルは疾走し死体だらけの街の大通りにあえて飛び出した。

魔力も放出させる。

「エレナっ!俺はここだっ!」

叫ぶと同時に目の前の空気が割れる。

間髪入れず横に跳躍する。

彼のすぐ真横を、真空の刃が地面を深々とえぐる。

えぐられた時に発生した衝撃波が、彼の体を吹き飛ばす。

ゴロゴロと地面を転がり大勢を立て直す。

ふと目の前に見知った首が転がっていことに気が付いた。

ジェニファーとドロシーだ。

遥か前方に人影が見えた。

背後の月光に照らされ銀髪に輝く長い髪。


自分と同じ黒ローブを身にまとった女...エレナ。


もう一度魔力の気配。

すかさずそばの壁を蹴る。

また地面がえぐられる。

その衝撃の反動を利用し建物の屋根の上に上がる。

風切り音が迫ってくる。

息のつく暇もなく屋根の上を駆ける。

風切り音をさけながら屋根の下に視線を向ける。

銀髪の化け物は大通りに立ったまま微動だにしない。

レイルのほうを向かないどころか、指一本すら動かさない。

レイルは屋根を蹴り空中で一回転すると彼女の背後に降り立った。

目の前で空が割れる。

反射的にそれに向かって魔力を放ち器用に当てる。

しまった!と思った時には遅かった。

魔力の刃同士がぶつかる。

エレナ側の刃が即レイルの刃をかき消し目の前に迫る。

レイルの魔力では彼女の攻撃を相殺しきれないことは十分理解していた。

彼を真っ二つにしようとするそれを身をよじり避けようとする。


腕が跳ぶ。


「うっ!」

肩を押さえ地面に膝をつくと、刎ね飛ばされた片腕がそばに落ちた。

「鈍ったなレイル」

冷たい声が耳を撫でる。

微動だにしていなかったエレナがやっとレイルのほうを向く。

「お前と共に全てを滅ぼそうと思っていたのに、残念だ」

冷たい瞳がレイルを射る。

「なんで...そんなことを...」

レイルは素早くローブの一部分を破ると、それを切断面にきつく巻き付けた。

エレナが静かに歩いてくる。

レイルの頬を汗が伝い落ちる。

死の恐怖を間近で感じていた。

大鳥国で羽根刃として人を殺していた頃は、死に対してあまり恐怖を感じていなかった。

それどころかいつ死んでもかまわないとすら思っていた。

けど今は、ロイがいる。

自分が死んだら彼女も殺される。

いや、運良く生き残ってもあの状態じゃ、一人では...

目の前の空が切られる。

レイルはとっさに地面を蹴り避ける。

そのまま後ろを振り返らず疾走する。


死ぬのがこわい...

ロイを残して...

いや、死んで、ロイと離れたくないっ...


離れたく...ない!


レイルの足が自然とある方向へ向かう。

向かう先は...ロイがいる倉庫だ。


バカな!何をやっている!

今、彼女のほうに行ったら、エレナがっ!


レイルは心の中で自分を叱咤し方向転換する。

方向転換した彼をエレナの攻撃が追う。

背後になびいたローブが見えない刃に八つ裂きにされボロボロになる。

前後左右、縦横無尽に襲いかかる刃が彼の頬を腕を足を浅く裂く。

朦朧としてきた意識の中、一人の少女の姿が浮かぶ。


ピンク色の髪の少女。


俺に怯えたままの彼女でも、俺に微笑みかけない彼女でも...いい...

ただ、彼女のそばにずっといたいんだ...


背中に鋭い痛みが走る。

鮮血が宙を舞う。

のこされた片腕を前に伸ばし空をつかみそこねる。

地面に倒れる。

もう一度起き上がろうとするが、全身に力が入らない。

「ロイ...」

吐血と共に愛しい者の名を小さく呼ぶ。

目の前をブーツが踏む。

見上げるとエレナの冷たい瞳が出迎えた。

「なんだ?お前...」

彼女の冷たい表情が珍しく驚いたように動く。


「お前...泣いているのか?」


その言葉にレイルはゆっくりと自分の頬を残された指でなぞる。

「そんなに死ぬのが恐ろしいか?」

エレナはすぐに冷たい瞳に戻る。

「羽根刃のくせに...お前らしくもない。堕ちたなレイル...」

ゆっくりと腕をかかげる銀髪の女。

その腕が振り下ろされる。


黒髪が宙を舞い、地面に落ちた。





真空の中。

真っ暗闇の中。

光の粒子の束が浮かぶ。

その束を背景に、ボロボロのローブを見にまとった青年がゆっくりと落ちていく。

「死ぬのはえーよ。まだ苦痛味わってねーだろ」

彼の前に白髪の青年が歩み寄る。

白髪の左右一部が濃い青色に染まった青年。

彼はズボンのポケットに手を突っ込み、口元を吊り上げ笑みを浮かべる。

「お前ってけっこう心よえーよな。まるで俺みてーじゃん。クソ天使のくせに...」


光の束の一部が拡大される。

その中に沢山並んだビルの群れが映る。

プールが映る。

デパートが映る。

地球が映る。

宇宙が映る。

場面がどんどん切り替わっていく。

白髪の青年はそれらを眺めながら口元から歌を紡ぎだす。


自分を知るため他人を創造し


他人が急に近くに出現しないよう、人は壁を通り抜けない設定にし


危険なものかどうか事前に匂いで察知するため、人は常に息をする設定になり


他人が吸った空気を吸うのが嫌だから、無限の宇宙まで空間を広げ


汚物を流すため雨を降らせるようになり


濡れた雨を乾かすよう太陽と風が生まれ


刺激を求めグロテスクな生き物を作り


それを殺すために毒を創造し


作りすぎた不要なものをまた消していく


刺激を求めた結果生まれた余計な体験、邪魔な記憶、不都合な設定


それらをいったん消去するため「死」が設定され


世界滅亡が設定され


宇宙破滅が設定され


それでも記憶は潜在意識に残り続けている


いったん呼吸を止める。

いや、彼に呼吸は必要ないが、ノリでなんとなくその動作をした。


水道水が一滴落ちるタイミング


鳥が近くでさえずるタイミング


浮かび上がる感情さえも


全て必然


歌いながら腕を伸ばす。

黒髪の青年に向かって人差し指で指し示した。


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