第三章「娼婦」5
はっと目が覚める。
見慣れた天井が視界に入る。
ここは自宅だ。
変な夢を見た。
髪型や年齢は違ったが、あれは確かに自分で、ロイだった。
そういえば以前もロイが夢に出てきたような気がする。
彼女と出会う前に...
「どこっ?いないっ!いないっ!」
背後のドアの中から、か細い慌てたような声が聞こえてきた。
ロイだ。
もう起きたのだ。
そっとドアの隙間を開け覗き見る。
毛布や布団を引っぺがして必死に何かを探すロイ。
ガシャンと机に置いてあったパンと皿を床に投げつけるロイ。
いったん扉を閉める。
「ロイ...」
ドア越しに彼女に話しかける。
「ひっ!」
レイルの言葉に少女の動きが止まったのが分かった。
「聞いてくれ...子供を引き取ってくれる親が見つかった...優しそうな老夫婦だ。きっと、大切に育ててくれる...」
しばらく沈黙が流れる。
「どうして...勝手に...私に何も言わないで...」
「あの二人は俺に怯えていた、そんな状況でこの家でまともに暮らしていけるはずがない...ならもっと普通の家庭にあずけたほうが...」
「どうして勝手にって聞いてるのっ!」
「まともに、話し合える状況じゃなかっただろう?ロイ...そんなに子供が欲しいなら...俺たち二人で...作ればいい...実の子を...」
本当はレイルに子供を作る気などなかったが、とにかく今は彼女を落ち着かせたかった。
落ち着いてしばらくしたら本当の気持ちを打ち明ければいい、そう思ったが状況は甘くはなかった。
「ころした...の...?」
彼女の発した言葉にレイルは愕然とした。
「ろっ...ロイっ!聞いてくれ...殺してなんかいないっ!俺は君にも危害は加えない!絶対に!だからっ!」
レイルはドアを開けようとした。
しかし開けられない。
開けて彼女の怯えた顔を、見れない。
しかし次の言葉がさらにレイルの心をえぐる。
「私も...ころすのね...」
「私の家族も...あなたが殺したんでしょう...?」
膝から力が抜ける。
その場にうずくまる。
心臓の鼓動が早くなる。
彼女の次の言葉を聞くのを拒否するように耳をふさぐ。
ガチャ
耳をふさいでも分かる背後の扉が開く音。
おそるおそる振り返る。
無表情なピンク色の髪の少女がそこに立っていた。
鋭く横なぎに何かが迫る。
訓練された羽根刃の動きでそれをつかむ。
つかんだ少女の手には皿の破片が握られ、そこから血がしたたり落ちていた。
慌てて少女の腕から破片を取り除く。
少女が大勢を崩す。
転びそうになった彼女を抱き寄せる。
そのまま彼女の唇に自分の唇を重ねる。
舌を入れる。
唾液を絡ませる。
少女が抵抗するように腕で叩いてくる。
かまわずさらに深く接吻を続ける。
抵抗がさらに強くなる。
お互いの指を激しく絡ませる。
廊下でロイに覆いかぶさったままレイルは吐息をついた。
彼女のほうを見ると、ぼうっとした生気のない瞳で空に視線を向けていた。
頬に涙の跡がある。
「ロイ...」
レイルは彼女が怪我をしている事を思い出した。
すぐに立ち上がり彼女の手を取る。
しかしロイは無表情のままレイルをどけると、乱れた服も直さずに、のそのそと自室に戻っていった。
レイルは台所で昨日の残りのスープを温め、包帯と一緒に彼女の部屋に運ぶ。
手の傷を手当した後、スプーンでスープすくい、ベッドの上に座り込む彼女の口元に運ぶ。
彼女は口を開こうとせず、汁がツーと唇からたれた。
レイルはスープを自分の口に含むと、少女に口移しで飲ませた。
バサッ
長い間、放置し玄関にかけてあった黒いローブをひるがえし身に着ける。
羽根刃専用のブーツを鳴らし外に出た。
二人の子供の手を引き、薄暗くなりかけた道筋を歩く。
ジェニファーとドロシーだ。
レイルは二人の居場所を突き止め、連れ戻すのに成功した。
素早く歩くレイルに、二人の子供は疲れ果てた足で大人しく付いて行く。
逆らったり駄々をこねたら、ただじゃ済まない。
子供ながらにそれが分かった。
それほど今の羽根刃の格好をしたレイルは、神経をとがらせていた。
自分の街の入り口に帰ってきた。
しかし様子がおかしい。
門番もなく、中から灯り一つもれずに静まり返っている。
ただ、真上に上がった大きい満月と、夜風だけが彼を出迎えていた。
レイルは警戒しながらそっと街に入った。
目を見開く。
血の海だった。
街の住民の首と、それを失った胴体がそこかしこに転がっていた。
住民に混じって甲冑をまとった死体もある。
逃げようとして追いつかれた跡と、戦おうとして敗北した跡がそこに残っていた。
ロイはっ!
怯え硬直する子供二人をその場に置き去り、レイルは街の中を駈けた。




