第三章「娼婦」2
ロイは新しい街の新しい家を気に入ってくれた。
二階建ての前の家より広く部屋数の多い綺麗な家。
この家を契約する時、レイルはいつもの黒いローブを脱ぎ、普通の服に着かえ一般人を装った。
村を出る時、やっと厄介払いが出来るとでもいうように村人達がほっとしているように見えた。
しかし、そんなことはどうでもいい。
これから新しくロイとの生活が始まる。
二人だけの生活。
「レイル」
二階の部屋で窓を眺めていたレイルに、廊下からそっと覗いたロイが声をかける。
「服もたくさん買ってきて嬉しいんだけど...そんな大金、どこから?」
「ああ、仕事で...気にするな」
レイルは不安そうな彼女のそばに歩み寄った。
「仕事ってどんな?」
「それは...」
言いかけ目を伏せる彼の顔を、少女の青ピンク色の瞳がのぞき込む。人を殺す依頼を受けているなど、彼女にはとうてい言えなかった。
少女の故郷を自分が廃人にしたことも思い出す。
「それより、これを着てくれ、今日買ってきたんだ」
レイルは罪悪感を振り払うかのように部屋のクローゼットを開け、衣類を取り出す。
フリルやレースで飾られた豪華なドレスだ。
「わぁ...素敵...」
頬を髪と同じ色に染めながら彼女はドレスを手に取る。
「着変えてくるね」
ドレスを持って自室に戻ろうとした彼女の腕をつかむ。
「ここで...俺の目の前で着変えてくれ...」
自分でも何を言っているのか分からなくなりながらも、さっきの罪悪感はなくなった気がした。
ロイはレイルに見とれたように小さく頷き、そっと衣服をほどく。
彼女はもう一人では生きていけない...
なら、自分が守り幸せにするしかない...
レイルは心の中でそう自分に言い聞かせた。
黒いローブを玄関にかけたまま外に出る。
レイルはこの街では羽根刃の格好をするのを止めた。
噂になって大鳥国の耳に入る可能性があるからだ。
宝石店でピンク色の宝石が散りばめられたネックレスを買うと、レイルは女用の衣服店を物色し始める。
「あら、あの人...素敵...」
服を見ていた女がレイルのほうをチラ見する。
「ほんと、けどちょっと声かけづらそうじゃない?」
レイルが振り向くと女達は慌てて目をそらした。
「またあんたかい」
服屋の店主が彼に声をかける。
レイルは以前もここで大量にロイの服を買っていた。
「どうだい?前の服気に入ったかい?」
「ああ」
短く答えるレイルに、店主はいぶかしげな顔をした。
この青年はいつも一人で女用の服を買う。
見たところ今日も連れのような女はいない。
「まさか君、女装癖があるんじゃ...」
「これをくれ」
店主が最後まで言う前に、レイルが白い純白のドレスと金貨を手渡してきた。
店主が金貨と衣服の値札を見比べる。
「これじゃ足りないよ」
その言葉にレイルはズボンのポケットからもっと金貨を出そうとする。
しかし出てこない。
所持金が底をつきかけていることに気が付いた。
レイルはそのままの足で例の裏仕事紹介屋に向かった。
「今日は羽根刃の格好じゃないんだな」
そこの店主がそう言いながらも、今依頼で来ている裏の仕事を紹介する。
レイルは顔をしかめる。
殺しの仕事はそこにはなかった。
今日はあきらめ仕方なく店を出る。
店を出ると、そこの道筋はこの街にきたばかりの頃に通った娼館が並ぶ路地裏へと続いていることに気が付いた。
窓から覗く暗い表情の少女達の姿が目に浮かぶ。
レイルは気になり、そっとその道をたどった。
「どーだい...そこの若僧、溜まってないかい?」
そんな彼に声がかかる。
しかしレイルが目を向けると、声をかけた男は目をそらした。
裏の仕事をやっているものの勘だろうか、レイルが普通の人間ではないことに気付いたのだ。
「店に案内しろ」
かまわずその男に近付いていく。
男はレイルとはあまり関わりたくないようだったが、客としてなら邪険にするわけにもいかず、不愛想に手招きした。
レイルは物おじせずその後をついていった。
古びた建物の中に案内される。
外とはうって変わった暗く湿った空気がレイルを出迎えた。
奥に進むと複数の少女達が固まって寄り集まり、彼に生気のない視線が向けられる。
「さっさと選べ」
男はそれだけ言うと背後で待機する。
目の前の少女達は皆幼く、まだ子供だ。
「なにやってんだ!さっさとしろ!」
そばの階段から怒号が聞こえてきた。
「いたい!いたい!」
「ぐずぐずすんな!さっさと客の前に並べ!」
振り返ると、別の男がおさげ髪の少女の髪を引っ張り降りてきていた。
「やめろ」
気が付いたらレイルは男の腕をつかんでいた。
レイルが助けなければロイもこの少女と同じようになっていたかもしれない。
その事実を思い出したからだ。
「なんだ?てめぇっ」
男は苛立ちを隠そうともせず、今にも殴り掛かりそうだった。
「客か?見ねぇ顔だな」
「いや、女を買うつもりはない」
「はぁ?!」
レイルが客ではないと知るとさらに男は声を荒げた。
「じゃあなんでこんなとこにいんだよ!ガキどもを連れ戻しに来たのかぁっ?!帰れっ!」
しかしレイルは無表情のまま動こうとしない。
「クソこのっ!」
その態度に苛立ったのか、男はあろうことか彼に向かって拳を振りかざしていた。
その動作に反応し、レイルは男の首を刎ね飛ばしていた。
胴体が倒れる重い音。
首が鮮血と共に地面に転がる。
「うわっ!」
レイルを案内したもう一人の男が驚いた声を上げる。
羽根刃である事がばれたと思ったレイルは、その男の首も口封じに刎ねた。
「うあぁぁあっ!」
奥で固まっていた子供達が悲鳴を上げた。
床に敷かれた血だまりを踏み、子供も全員殺そうと向き直る。
しかしふと、足元に鉄の箱があることに気が付いた。
金庫だ。
返り血で染まったその金庫のダイヤルを回すが開かない。
魔力を集中させ、金庫の頑丈な鉄の上部分に合わせ腕を払う。
風切り音と共に、そこに線が入り斜めにずれた。
開いた隙間から金庫の中身を覗き、レイルは息をのむ。
大量の金貨がそこに入っていた。
彼はそばにかけてあった布切れを手に取ると、そこにじゃらんと一つかみの金貨を入れ封をし、後ろで固まったままの子供たちに投げた。
ドサッと子供たちの足元に落ちる。
「今のは見なかった事にしておけ」
「待って!」
レイルの意図を察したのか、背後でおさげ髪の少女が立ち上がる。
少女は素早く、固まっている子供たちの輪に入ると、臆せず真っすぐにレイルを見つめる。
「こんなお金持ってても、大人にどうこう理由つけられて没収されるか、無理矢理奪われるだけだよ。わわしたち、親に売られたんだもん。故郷に帰ってもまた売られるだけだよ」
少女の言葉に、死体を運ぼうとしていたレイルは手を止めた。
「それにいいの?ほうっておいたら、わたしたち言っちゃうよ。あなたのこと。それだったら連れて監禁した方が安心じゃない?」
「やめてよ...20番、あんなひとのとこ行ったら、なにされるかわかんないよ...」
暴走する少女の袖を、そばの三つ編みの女の子がつかむ。
「このままここにいるよりはマシでしょ?それにあの人、わたしを助けてくれたじゃん!お金だって売上のカスほどもくれないあの男たちとちがってこんなにたくさん...わたしたちの価値を分かってる証拠じゃん!」
20番と呼ばれた少女は足元に転がった金貨の入った布袋を拾い上げ、うっとりとした表情でレイルを見つめる。
羽根刃であるレイルにまともに視線を向けられるのは、この少女だけだ。
「分かった...」
レイルは少女たちに視線を向ける。
「この死体の処分を手伝ってくれ」




