忘れ草
こんにちは。ぺなるです。
初投稿ですが百合です。ということで、読者を選ぶかと思いますが、たくさんの人に楽しんでもらいたいです。
日差しが強い。きっと一年で最も暑い日。太陽は私の真上で、ちっぽけな人間を馬鹿にするかのように存在している。ジリジリと熱放射の攻撃してくる太陽に対し、日傘もささず、日焼け止めクリームも塗らず、私は見知らぬ道を歩き続ける。汗が一滴、また一滴と滴り落ちる。何度もそれを手で拭う。汗をかくのなんていつぶりだろう。拭っても汗腺からしつこく溢れてくるそれが、私の服に塩のしみをつくっていく。
私が今いるのは電車もバスも通っていない、己の足で歩くことしか出来ない田舎。いや。田舎どころではないかもしれない。人々に忘れ去られた土地という方が適切かもしれない。住所もないし、地図にものってない。随分と前に舗装された歩道も車道もとぎれてなくなった。
ただあるのは道無き道と、あたり一面の、私の身長の半分くらいにまで育っている草。私は、それらをかき分けかき分け進む。私の格好は、彼女とお揃いで買った白のワンピース。どう考えてもこんな所で着るものでは無い。現に、ワンピースは私の開いた傷口からにじみ出る血を吸い取って、赤黒く変色してきている。
この服は、一緒に旅行に行った時に彼女が買おうと提案したものだ。ちょうど今日のように真夏の暑い日で、できるだけ涼しいものを、と思って選んだのを覚えている。無邪気にこれがいいと笑う彼女におされて、ちょっと私の趣味とは合わなかったが、買ってしまった。
もとは真っ白だったが、破れたり血がついたり汗を吸ったりして、色がくすんできている。いつの間にか草に巻き込まれて後ろのリボンもなくなっている。
なにせ私は、三年間ずっとこの格好をしているんだから、ぼろぼろになって当たり前だ彼女と離れ離れになってしまった、あの三年前からずっと。
この服を買ったのはいつだったか。
彼女との旅行先で買ったから四年前。お互いの好きな色のリボンでおそろいのワンピースを選び、旅行を楽しんだ。彼女はあまり好みではなかったようだが、私に合わせて買ってくれた。まあ、そのあとすごく気に入ってたみたいだけど。バレエを習っていた彼女は楽しいこと、嬉しいことがあったらどこでもくるくると回った。そのワンピースを買った時も夕焼けをバックにくるくると回っていた。ワンピースが傘のようにふわっと広がり、綺麗だった。とても絵になっていた。私は、彼女がこの服を着て回るのが大好きだった。
彼女とのおそろいは沢山あったけど、二人ともワンピースを一番お気に入りとしていた。二人でデートする時、お互い何も言わなくてもこれを来てきたし、シーズンオフになっても二つ並べてクローゼットの1番手前においてあった。
あの時は本当に幸せだった。女の子2人で未来を生きていくことを親に認められていたから、未来に不安もなかったし、二人とも仕事も順調だった。全てが上手くいくと思っていた。
しかし、その一年後。彼女は事故にあった。
彼女の母親から電話がかかってきて深刻そうな声で今すぐ病院に来て、と言われた時から嫌な予感はしていた。もともと病気がちな彼女だったのだ。今回は少し重たい病気なのかなと呑気な考えで病院に向かった。まさか死んでるなんて微塵も考えなかった。
ひき逃げだったそうだ。人通りの少ない時間帯だったせいで発見が遅れ、彼女は助からなかったらしい。
あと数十分早ければ、助かったのに。医者に言われたが、そんなの出来たらとっくにやってる。
彼女はお揃いの白のワンピースを着ていた。私たちが大好きなワンピース。血がつき、ボロボロになったそれは、私の心をさらに傷つけた。でも、不思議と涙は出なかった。もう、彼女はこれを着て回ってくれない。もう、あの笑顔はこの世のどこにもない。もう、彼女と話しをすることさえできない。気持ちだけが空回りを続ける。
親戚のおじさんが死んだ時、特に何も感じなかった。おばあちゃんが死んだ時、もう会うことは出来ないのか、さみしい、それくらいにしか思わなかった。
でも、彼女は私が本当に愛していた人だから、本当に私を愛してくれた人だから。気持ちがどんどん溢れてくる。
まだ彼女の匂いがのこっている家に帰り、私は、彼女と毎日寝ていたダブルベッドに潜り込んだ。さらに強い彼女の匂いが私を包み込んだ。すると、いともたやすく私の目から1粒涙が零れ落ちた。一粒落ちてしまえばあとはもっと簡単で、朝まで私の涙は止まる事はなかった。
彼女が死んでから気づけば一週間たっていた。私はいつの間にか病院にいた。
飲まず食わずだった。連絡をしても繋がらない私を心配した母が駆けつけてくれた。倒れているところを発見され、私はそのまま救急車で病院に送られた。
別に死のうとか考えていた訳では無い。ただ、何もする気になれなかっただけだ。薄れゆく彼女の匂いに包まれ、私は幸せな気持ちに浸っていたかっただけなのだ。
一滴一滴、ぽたぽたおちる点滴をみて、私は物思いにふけっていた。
久しぶりに人と話したからだろうか。なんだか、満たされた気分になった。
もとの状態に戻った私は彼女の葬式に出席し、彼女を見送った。
眠っている彼女に声をかける。きっとあなたは気づいていないだろうけど。
そんなことを何度もした。だってもう彼女には会えないから。だからあえなくなる前にじっくり彼女の顔を焼きつけておこうと思ったのだ。私はすぐ忘れてしまうから。彼女の顔を確認するようにおでこ、まぶた、口唇、頬、そして涙のあとをなぞる。
窓の方をみると、青い空とワンピース。白と青とピンク。
ふと、私はあることを思い出す。高校の先生か、中学校の先生かが教えてくれたある都市伝説を。
「忘れ草と忘れな草」
それは、二つの草がこの世界のどこかに植わっていて、黒い花をつける忘れ草は摘み取って身につけると、恋しく思う人を永遠に忘れてしまい、赤い花をつける忘れな草は摘み取って身につけると永遠に恋しく思う人を忘れない、というもの。
聞いた当時は、なにを馬鹿なことを。子供だましもいい加減にしろと思った。そんなものあるはずがないと。
でも、今の私は信じていた。いや。信じたかった。それしか望みがないから。だが、何処にあるかはなにを調べても出てこなかった。わかるのはただ、この世界の何処かということだけ。
どうせ死ぬんだったら行ってみようと思い旅立った。一人での旅は初めてだった。だって彼女がいつもついていたから。
白と黒だけで構成された世界。私は色を奪われた。彼女の大好きだった青色さえももう思い出せない。
全く何もきこえない世界。私は音を奪われた。二人でよく聞いていた、あの曲も思い出せない。
道行く通行人に蔑まれても何も感じない。私は感情も奪われた。嬉しいとか悲しいとか、そんな単純な感情も湧いてこない。
彼女が死んですべて終わり、私は仕事に行った。その時は、頑張って彼女の分まで生きようと思って生きていた。しかし、仕事場に行ったら私は、避けられるようになっていた。今まで隠してきた彼女のことがバレたのだ。世間では同性愛者について理解を深めようとする風潮があったが、まだまだ上辺だけのもので、実際そんな人たちに対する差別は大きいものだ。女のあなたが女の恋人を持つなんておかしい。そういった目で見られるようになった。最初は、気にせず勝手に言わせておこうと思った。私が彼女にもつこの気持ちは本物だから。
でも、日に日にそんな気持ちも薄れていった。逆に大きくなっていく気持ちは、職場が嫌だという気持ちと、彼女に会いたいという気持ち。
仕事場の仲間は私にとってストレスへと変わっていった。
私は生きがいの一つであった仕事を辞めた。
その後は、何も楽しくない日々が続いた。気晴らしに彼女に教えてもらったバレエを踊ってみても何も楽しくない。あんなに楽しかったはずなのに。
その後、何をしても私は楽しいと思えなかった。
大勢の人が通るこの知らない土地の知らない道で身を投げ出している私は、まるでホームレスだ。髪は伸びっぱなし。昔はケアしていて自慢の髪の毛だったが、今ではとかしてもいない。
身なりはぼろぼろ。あのワンピースをずっと着ている。糸がほつれ、シミがつき、いつの間にか血もついている。ところどころ穴も空いている。
彼女が見たらどう思うだろうか。
そして、私は三年間当ても無くひたすらに歩き回り、やっと場所を見つけた。今、ちょうど向かっているところだ。流れる汗を何度も拭う。太陽は傾き始めている。世界がオレンジ色に変わっていく。明日も晴れだなあ。そんなのんきことを考えているあたり、私はそろそろ限界だ。
とっくの昔に覚悟は決まっている。
三年間、私を縛り続けてきたこの呪縛から開放されるときはもう目の前にある。忘れ草が見つからず、心も身体も悲しみに支配され、何度彼女を追おうと思ったか。病院に運ばれたのは一度や二度ではない。
でもここから新しい私が始まる。
もう過去に囚われなくていい。呪いから抜け出せる。
彼女のことを忘れるのはやはり辛いが、彼女も私の幸せを願ってくれてるはずだ。
私が死ぬことなんて望んでない。
視界が開けた。やっと草むらから抜けた。風が吹き抜ける。私の何日もとかしていない髪とくすんだワンピースのピンクのリボンが揺れる。
広場の真ん中にある花をつけた草も二つ、存在を主張するように揺れている。
赤い花と黒い花。
日に照らされ、妖しく光っているように見える。
間違いない。忘れ草と忘れな草だ。
長かった。本当に長かった。三年間探し続けたものが今ここにある。
フラフラと幽霊のように歩いて私は黒い花の方へ近寄る。そして、黒い花を取ろうと手を伸ばした。
彼女が来た。草むらから出てきた。同じワンピースを着て心ここにあらずといった風に立っている。髪の毛と、ワンピースとピンクのリボンが風に揺れている。
三年ぶりにみる彼女は髪の毛はボサボサで、肌もボロボロ、そして狂気だった目をしていた。
私がいなくなってからの三年間、世界は彼女をおかしくしてしまった。上手くいっていた仕事も、人間関係も、趣味も何一つとして彼女を助けてはくれなかった。そして私が大好きだった、あの笑顔を殺した。一人で頑張る彼女を、励ましたかった。一回り小さくなった細い、折れそうな身体を抱きしめたかった。彼女のすべてを満たして上げたかった。でも、この世に存在していない私には叶わないことだった。
そうしてる間にも彼女はどんどん心の病を進行させてゆく。
何度彼女の隣にたって慰めることを願ったか。何度彼女に無力な私の代わりに救ってくれる救世主が現れることを願ったか。何度、何もしてくれない神様を恨んだことか。
もう彼女は絶望の淵まで追い込まれていた。何度も自殺未遂を繰り返し、何度も運悪く病院に運ばれていた。
私とお揃いのワンピースは、色がくすんでいる。私は事故当時の血の色。彼女は何年も洗わずにそれを着ているようだった。たくさんのシミがついて、ところどころほつれている。ピンク色だったリボンもくすみ、風に揺れている。
じっと忘れ草を見つめ、フラフラと寄っていく。まるで幽霊のようだ。目の焦点もあってないようにみえる。
やっぱり彼女は忘れ草だったか。
考えるより先に体が動いた。幽霊であるはずの私も何故か、ここの忘れ草と忘れな草の植わっている聖地では人間と変わらない。さっきから草に引っかかって怪我をしていたのはそのせいだ。普段は汗もかかないし怪我もしない。でも今の私は、彼女に触れることも出来るし、彼女が私の存在を認識することも出来る。普通の人間と変わらない。
忘れ草に伸びた彼女の手をつかむ。
やせ細っていて、力を少し加えたら折れてしまいそうだった。
最初は下を向いて、いやいやと抵抗していた彼女は驚いたように顔を上げ、私と目を合わせる。
そうして次の瞬間、彼女は子供のように大声で泣き出した。私は彼女を抱きしめた。細い細い身体を大切に包み込んだ。彼女は私の首に腕を回してくる。この瞬間を何度も夢に見た。この時間が永遠に続けば良いのに。
やっぱりあなたは私がいないと何も出来ないのね。
ふっと微笑む。
死んだはずのあなたがなぜここに。そんな疑問を抱くよりまえに私は泣き出していた。彼女は泣きじゃくる私を優しく抱きしめてくれた。
懐かしい彼女の匂いが鼻腔をくすぐる。私は幸せを噛み締める。
涙なんてこの三年間、一度も流していなかったのに。溜まっていたものを一気に吐き出すように、ひたすらに私は泣いた。その間ずっと、彼女は私の頭や背中を撫でてくれていた。その、久しぶりに愛を感じることに対しても涙が溢れてくる。誰にも愛されない、必要とされない日々を送ってきたから。いや。自分が世界を切り離していただけか。弱い自分を認められなかっただけか。
そう思うと、今世界に目を向けると色を、音を、感情を、取り返せる気がした。まず手始めに、あの日見た夕焼けのオレンジ、思い出せるかなあ。
私は職場のこと、趣味のこと、両親のこと、三年間のすべてを思い出し、これからは弱い自分を殺し、強く行きていこう。そう誓った。
あなたの事を忘れようと思ってきたはずなのに、あなたのことを永遠に忘れない。そう思えた。だって、あなたは死んでもなお、助けに来てくれるんでしょう。
彼女がようやく泣き止んだ時には、もうすっかり日が暮れていた。足元の忘れ草と忘れな草は早く摘んでくれと言わんばかりに、風に揺れている。
私たちは顔を合わせ、一緒に赤い花を摘んだ。
瞬間、視界がぐらりと傾き、私たちは意識を失った。
実は、大きなまとまり一つずつ死んだ子から始まり目線が変わっています。わかりにくかったかも知れませんが…。
死んでしまった女の子は、バレエを習っていて、青のワンピースを着ている子です。
生きている子は、ピンクのワンピースを着ています。
拙い文章ですがここまで読んでくださり、ありがとうございました。