表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/8

latency (2)

 

 電話をかけてみると、日曜日の夕方だというのにあっさりと繋がった。

 受付らしき女性から回された電話に、深江(ふかえ)と名乗る医師が出た。

 事情を説明すると、深江医師は、落ち着いてくださいと告げた。そして、ゆっくりとした口調で尋ねてきた。


「九条さん。自分がいまどこにいるか、わかりますか」

「たぶん、自宅だと思います……確証はありませんけど」


 問われるままに部屋の特徴を伝えると、深江医師は、わかりましたと答えたあとで続けた。


「いまちょっと手が離せないんです。できるだけ早くそちらに行くので、どこにも出かけないでください。二度とそこに帰れなくなる可能性もありますから」


 医師にそう宣告されて、俺は急に不安になる。たしかに次に気が付いた時も、今回と同じような状況である保証はない。


「すぐに行きたいんですけど、あいにく看護師の鷹取(たかとり)さんが無断欠勤しちゃってて」


『看護師の鷹取さん』という言葉が、俺の心をざわつかせた。

 白衣を着た女がしゃがんでいる姿が、ふっと脳裏をよぎる。俺は、そのうなじを見下している。

 そこで回想らしきものは霧散してしまった。

 俺は諦めて、はあっとため息を落とす。

 それを俺の不満だと思ったのか、すみませんと謝ってから、深江医師は電話を切った。




 あいかわらず、鈍い頭痛は続いている。

 これから、どうするか。

 俺は思案する。

 ふっと、ある考えが浮かぶ。

 人が来るのなら、あれを片付けないと、まずいことになるんじゃないのか。

 ……。

 あれを片付ける、とはどういうことだ?

 なにかを思い出しそうだった。

 俺には、やらなければならないことが、あるんじゃなかったのか?


 そうだ、あのDVD。

 ホラーの方はまだしも、もう一本はさすがにまずい。しかも、組み合わせが最悪だ。俺の品性が疑われかねない。

 パソコンの前にあるビニールレザーのカウチに腰を下ろし、アダルトビデオのDVDを手に取る。猟奇的な内容のカットが、ジャケットにちりばめられている。

 ディスクはまだパソコンの中にあるようだ。

 ふっと魔がさす。

 観てみるか、どうせ暇だし。

 俺はパソコンの動画プレイヤーを起動した。ヒューンというスピンドルの回転音がする。

 ブラックアウトしたディスプレイに、NP666GTAAVの文字がちらりと見えた。



 *


 バスルームの床に、血まみれの女が倒れている。


 その白い服と下着を、俺は乱暴に破り取る。

 意識が、いやたぶん、もう命がなくなっているだろう。だから抵抗はなかったが、動かない身体から服を脱がせるのは難儀だった。

 その甲斐があって、そこに現れたのは想像通りの、素晴らしい肉体だった。

 くびれたウエストと不釣り合いに豊かな双丘を、俺はしばし鑑賞した。

 それから、白い肌にまとわりついている血を、シャワーで洗い流す。


 女の準備が整ったころには、俺自身の準備もしっかり整っていた。


 *



 気が付くと、動画は終わっていた。

 身体は火照っていて、心臓の鼓動が早くなっている。

 なんだ、今のは。まるで実際に経験したみたいに、やけにリアルだったな。

 いずれにせよ、他人に見せられるような代物じゃない。

 でも、もういっかい観てみようかな……。


 そう思ったときだった。

 ピンポンという大きな音がした。

 不意を突かれたせいか、心臓がドクンと鼓動した。

 ふたたび、ピンポンと音がする。

 ドアチャイムの音だ。

 深江医師が来たのだろう。

 俺は慌ててDVDを片づけ、トイレで後始末をしてから、玄関に立った。


 ドアスコープを覗くと、そこには見知らぬ若い女が立っていた。

 ショートカットが似合う、まだ少女といってもいいくらいの年ごろの女だった。

 かるく首を傾げた女は、もう一度ピンポンとチャイムを鳴らした。

 看護師(・・・)が先に来たのか。

 なぜかそう思った俺は、ドアチェーンをはずして鍵を開けた。


 ドアを押し開けると、夏の夕方のもわっとした熱気が入ってきた。

 女は、薄手の白い開襟シャツを着て、黒のスキニーパンツを履いていた。どう見ても、看護師ではなさそうだ。

 新聞の売り込みか、あるいは宗教の勧誘か。俺はいささか、がっかりする。

 だが、意外なことに、俺の顔を見た女は嬉しそうに顔をほころばせた。その素直な笑顔に、俺は気を取り直す。

 女は、好奇心の旺盛そうな、大きな瞳をじっと俺に向けてくる。

 見つめられているようで悪い気はしないが、下腹部のあたりがむずむずとしてきて、どうにも居心地が悪い。

 なんでしょう……と言いかけた俺の機先を制するように、うっすらとルージュがのった唇が開いた。


「九条悟史さん……」


 まるで知り合いのように、俺の名を呼ぶ。

 そして、行きずりで関係した相手を、ようやく訪ねあてたかのように尋問してきた。


「あたしのこと、憶えてますか?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ