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灰色の大地に、くっきりとささるようにして太陽の強い光がかかっていき、その光に反応して、けたたましく塔のスピーカーが鳴る。

朝が来た。

昨日は相当の夜更かしだったものだから、僕は毛布を被ってまだしばらく眠っていた。しかし、どうにも耐えられなくなって、身体を起こすことにした。



月には音がない。

音、地球に住む生き物たちが至極当たり前のものとして世界を把握するのに利用しているこの物理現象は、実際のところ、この宇宙空間の中にあっては、気体が十分にある、大変限られたごく一部の環境にしか存在しない。

月の塔のスピーカーは、もっと違った原理で――いや、原理などという人間的な用語を使うのであれば、の話ではあるが――けたたましく「鳴る」。いわば、一種のテレパシー現象と考えるのが一番いいだろうか。

むろん、これは、サイエンティフィックな現象ではないのと同じくらい、スピリチュアルな現象でもない。とにもかくにも、これは目覚まし時計としては地球の音やら光やらを使ったそれとは比べものにならないほどの効果を発揮する。



脳細胞の一つ一つを叩き起されるようにして、完全に覚醒した。



階段を降りると、居間には夕べ気づかなかった絵が飾ってあった。地球の絵。そのほかは、極めて機能的なものだけが並べられている。食器棚に、椅子、何やら作業台のようなもの。

窓のところに行くと、おじさんはもう起きていて、外の駐車場のチェックか何かをしている風だった。銀色のフェンスだか壁だかわからない囲いが三角錐のかたちに組まれていて、その頂点にはツキノウサギ避けと思われる緑色の円形のウチワがくるくると回り、陽の光を鈍く反射している。中にはたくさんのヴェイキュルが留められているのだろう。おじさんは三角錐の周りをふわふわ跳ねながら、丹念に何かを確認している。窓を開けて声をかけると

「棚の中にビスキュイとコーヒーがあるんで、お好きなだけとっといてください」


なるほど、自分の星のブレックファーストが特別豪華だと思ったことはないけど、月のそれはもうほとんど食べた気がしないようなもので適当に済ますのだ。戸棚の中にはどこにでもあるような甘くないビスキュイの袋と、インスタントコーヒーの缶がある。お湯はもう沸いていた。味は特別変わったところはないけれど、どこか、慣れ親しんだ故郷のとも違い、よく来る地球のとも違う。



さて、これからどうしたものか。

当初微かに期待した、夜のうちに事態が全て終わっているということはなかった。依然として渡航禁止令は解かれておらず、地球に関する新しい情報も何一つない。なぜ地球へ入星できないのかさえ、当局は教えてくれない。わからないなんてこともないだろうに。その気になれば、惑星の一つや二つについて、起こっていることを秒単位で知らせてくれることだってできる。明らかに、何か隠している風だった。会社の方からも、依然として「待機せよ」との文言のみである。


ここにいても何か変わるということはないので、外に出てみよう。

僕はおじさんにお礼を言って、それから駅の方へ向かってみることにした。


駅の掲示板には月始発のサグンフェ行臨時特急を意味するダーン文字がずらりと並んでいた。この辺一体はダーン文字文化圏で、僕はずいぶん前にその基礎を覚えたけれども、未だに得意ではなかった。独特な地球文字の方がまだ読める。

地球へ行けず、一旦まともな文明のあるところへ下がることにしたらしい人々が、周辺の街並みの簡素さと不釣合いにたくさんいた。サグンフェまで出れば、ともかくなんとかなる。みんな考えていることは同じ。実際、ここはもうほとんど話にならないレベルで何もなかったし、当局からの情報も明らかに遅れて入ってきた。地球について知るにしても、光速2秒以内のここよりも、19光年弱離れたサグンフェの方が間違いなく良いに違いなかった。でも僕は職務柄、会社の許可なしにサグンフェまで戻ることは許されない。いや、実のところ戻ったところで業務に何ら問題があるわけではないが、ともかく上の指示を仰がないことには、何もやってはいけない決まりになっている。



大気で輪郭のややぼんやりした地球が、昨日と変わらない南の空に浮かんでいた。外から見る限り、普段見慣れたままで、とても異常な事態が起こっているようには思われない。僕は現地で落ち合うはずで、先に地球に来ていた何人かの顔を知らない仕事仲間のことを考えた。今日の4宇宙時、支店で待ち合わせ。もし仮に今すぐ禁止令が解かれてすぐ向かっても、もう間に合わない。もっとも、支店の方からも連絡がないし、もしかしたらそれどころの騒ぎではないような事態が、あの地球で起こっているのかもしれない。それとも、実情は大したことはなくて、向こうも僕が来られないことについて当局に対してイライラしているのだろうか。いや、僕が来られないから、支店の運営がどうだということはあるまいけれども。

情報をくれない当局と、支持をくれない会社と、見えているのにわからない地球とに挟まれて、まるで文字通り宇宙空間の何もないところにひとり放り投げられたような心持ちがした。

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