六話:脇役模範:その耳で聞き取らずとも話は進む。
すっかり冷めた野菜炒めを再び温めてフライパンごと上に持っていった。ツナ犬飯はレンジに入れてして野菜炒めにブッこんでやった。
セピアはまだ食い足りないのか、俺の部屋のテーブルに置いたそれを虎視眈々と狙ってくれる。
別に霊であるセピアが全部食べたって料理が無くなるワケじゃ構わないんだけど高級感というか飯的な新鮮味というものが消え失せてしまうので不味くなる。
だから伏せさせているのだが……目が光ってるよキミ。
天使は……ところでこの天使って変だな。頭に輪っかもないし翼人の方が近い。
天使改め翼人はなぜか意気消沈していた。
「食わないのか? 俺も二人分だと多いんだけど」
「……」
「ならこの状況を説明してくれるとありがたい」
「……」
「そーかい、天使ってのは人の家に上がりこんでおいて黙る奴の事を言うのか」
「……」
「……セピア。そいつの羽ならいくらでも食っていいぞ」
「や、止めてください!」
ようやく反応があった。……ってセッピー、マジで食べていいかなんて俺に聞くな。そのテの視線を向けるな。
「わ、分かりました! 説明します」
はいはい宜しくお願いします。出来るだけ手短に、かつ分かりやすくな。
「わたしはメガリスと言って、天使です!」
知らねぇなそんな名前。一体なんの遺跡だ。書物には載ってないぐらい下級天使なのか。そうだとしても名乗られたからには名乗り返さなければなるまいて。
「あー、俺は灯夜。浅葱灯夜」
「灯夜さんですね。よろしくお願いします」
いや、宜しくするつもりはないんだけど……。
説明が、あまり長くなっては頭に入らない危険性がある。なにせ今日はとても眠い。本来夜行性の俺がここまで眠いのはちょっとした異常事態だが、それも気に留めれないほど眠たい。
大きな欠伸を一つついて涙を拭き取る。
「その、わたしがどうしてここに居るかと言うと……。えーっとそれを説明するには天界とは何かという事をお話しなければダメなようです。天国とか黄泉の国とかとは違いますよ? お空にある、人の魂が還るところではなくて、具体的な場所が存在しない隔絶されたところです。実体のある人間が雲に乗れないように、時空間の層がズレているのだとか。そもそも天界と言うのは地上を反映させた鏡のようなもので、在って欲しいという願いが集まって出来た場所なんです」
所持品を持っていなかったはずなのに、どこからかメモ帳を取り出して、書いてある字を目で追いながら話している。
こちら側からは『人に会ったときに見る』というセンスが欠片もないタイトルが見えるせいで、出会った人間にテンプレートな説明を突きつけるための走り書きにしか見えない。
大量の付箋が貼ってある事からどうやら長くなりそうなので、眠気覚ましも兼ねてテレビをつける。だが一周ザッピングしてもロクなものがやってない。やっててもニュースばっかりだ。各局は十一時前後にもっと力を入れるべきだと思う、視聴者はそれなりに増えるから。
「うーんと……。あ! あったあった。都市伝説が現実になったものと考えてくれて構いません。神を信じる人たちの想いがわたしの住む世界を形作ってくれたんですね」
せっかち天使は付箋の意味を失わせるように何度もページをめくり、探しているのを横目に俺は野菜炒めを口に運ぶ。
――うげぇ、最悪だ。冷めた野菜を再度温める過程で水が出てしまったらしい。塩加減も元から薄かったようでほとんど味がしなくなっている。温野菜とも言えない、生暖かい一時間放置のラーメンのような触感がするサラダに似ていた。大量に作りすぎたか……。
「ところが昨今、神様を信じる人が少なくなってきているのです。現代化の影響でしょうか? 地球が暖かくなって行くのとは反対に人々の心は冷めていってしまっているんですね……嘆かわしいことです。が、ここに問題があります、信じるものが居なくなればわたし達は自動消滅してしまう点なんですよ。大変です! 一大事です! それでですね、神様の存在を世に知らしてる為の尖兵と言いますか。天界では今、秘密裏に信仰心を集めようって話になったんです」
「へぇー」
これは美味そうだな。深夜帯のニュースにはこういう料理特集があるから止められない。お手軽だし今度作ってみよう。……翼人、メガリスって言ったな、なにか話してたようだけど全然聞いてなかった。やばい、どうしよう。
「話、じゃないな、ここは修正しておかないと……。基本的にここで言う神様っていうのは、ほとんど意思のない存在なんです。だから地上の状況に後手で対応しているって感じですかね」
ここで言うってどこでだ。あぁ、ホントダメだ、俺に語学力を期待したのがそもそもの間違いなんだよ。だから現実逃避に入りたいと思いまーす。
説明を続けるメガリス嬢の横で、新しく買ってきたゲームソフトのパッケージを開ける。そして本体にセットして起動。
ふっふっふ、窓の外が真っ暗な夜にスプラッタ系ホラーな血でどろどろの映画を見たことがあるだろうか? 老人が心停止でご臨終したとまで言われるシチュエーションである。本来、映画はストーリーが決まっていて誰が死ぬかまで指定されている。始まりから終わりまで決められている。
だが! 今からやるゲームは操作キャラの行動しだいで彼らの運命が決まるという、そっちの時間制限的な意味でもドキドキなホラーである。内容自体は阿鼻叫喚の地獄絵図から始まって仲間と共に謎の洋館に閉じ込められ、知恵と勇気とちょっぴり過激な重火器によって迫り来るクリーチャーを薙ぎ払い脱出するという至極単純なゲームだ。
コントローラーを握る手が汗ばんできた、まだ始まってすらいないのにだ。俺も心停止はしたくないがそのスリルは中毒になったように止められない。OPが始まり、ドロドロのグチャグチャが開始される。あぁ、もどかしい。俺はさっさとスキップ機能で操作できるところまで飛ばした。
「あぁ、くそっ、いきなりゾンビーズに囲まれるなんて無しだろ!? 出口分かんねぇよ!」
画面に表示されるYou Died.
難易度が高いとは聞いていたが、まさかこれほどとは……っ! 恐ろしいぜ、海外輸入版!
「ちょっと! なにやってるんですか! わたしが丁寧に丹精込めて説明してあげているというのにあなたと来たら……っ。ちょっとそれ貸しなさい!」
「は? なにを貸すって? 言っとくが金はないぞ」
「違います! その、こんとろーらーです!」
天使って国外のものなのに、なんでカタカナをひらがなで言うんだろう。それも呂律が回らない風に。
と、天使はさっき見せたネコパンチのような速度で操作権を奪うと、勝手に再開し出した。
おいおい、出来るわけないだろう。確かに俺が下手って言うのは否めないけどこれは海外でも屈指の難易度を誇るとか言われたものをそのまま日本語用にしたっつードM御用達の一品だぜ。俺がそうだとは言わないがクリアまでにどれほどかかることやら。
ましてやそんな羽つけるコスプレ趣味のお嬢様には絶対無理!
って思ったのが十五分前の話。
メガリス嬢は連携して迫り来る化け物どもの隙間を、糸を針に通すような精密さでスイスイ駆け抜け、自動拳銃を入手してからは一騎当千の活躍ぶりで物語を進んでくれてやがりますよ。ホント天使とか嘘でしょ、何者ですかあなた。
達人クラスの腕を持ってとてもスムーズに進んでいるのにも関わらず、それでも傍らで見ている俺さえホラーゲームとして成り立っているこの不思議。
毎度毎度引っかかるビックリする仕掛け――ゾンビがロッカーから飛び出してきたり、トラップが急に作動したり――に大声を出して恐怖でパニックになりながら冷静に対処していくんだけども、俺はその悲鳴に心臓を抉られるような驚きを覚えるんだよ。これは非常に効率のいいゲームの楽しみ方ではないかと哲学してしまうほどメガリスさんはお上手なお方でした。
「ふ、ふぅ。怖かったぁ〜、死ぬかと思いましたぁ……」
ストーリー進行に必要最低限の事だけをこなし、仲間はみーんな洋館に取り残されたまま、一人でさっさと脱出してしまった。
「ねぇよっ! アレだけゾンビたちを散弾銃で吹き飛ばしておいてその甘え方はねぇよ! 客観的に見ても可哀想なのは彼らだってのっ!」
今では彼女の腕を自他共に認めてますよ。えぇ。俺はといえば買った次の日に、ほとんど出来ずに終わったソフトの追悼式を大々的に行いたいぐらい複雑な気分で、今はとにかく即刻のこと眠りたいだけだ。眠って今日の事は全て忘れてしまうんだぁぁああーっ! うぅっ。
とその時、ぐぅ〜、と腹ペコを象徴する音が響く。
自分の胃が収縮して鳴らしたのかと錯覚した。が、残念、伸びきったラーメン風野菜炒めを全て食べきった俺は満腹で、一食分食べておきながらも次を催促した暴食天使が頬に朱を入れていた。
恥じらいを感じる乙女って言うのは、どんな男でも一目で恋に落ちるぐらい可愛いハズなんだが、なぜだろう……山の獲物に困窮した巨大で凶暴な狼が里に降りてきて生物を狙っているかのような寒気する。つーかなぜか複数の殺意に満ちた視線を感じる。というかこちらを凄く睨んでくる。
「わたしの、……野菜炒めは?」
怖いって。怒気を隠しているから震えているんだと声が主張してるから! 単純そうだから意図してやっているワケじゃないんだろうけどさ。
「どこにあるの?」
「え、えっと、俺の胃袋に収納した」
そう言うしかあるまい。しかしあれは人に食わせれる代物じゃなかった。砂糖と塩を間違えたケーキぐらい痛い。
「返して」
「返却不可、俺の吐瀉物でいいのなら吐き出すけど」
俺にそんな笑いの取れないだけでなくドン引きになるような不毛な一発芸技能はない。だがそう言っておけば引き下がって――。
「新しいのを要求します! あの肉入りのっ!」
――くれませんでしたよー。暴食天使め、パンでも食ってろ。ワインは……未成年っぽいな。ちなみに俺が未成年でも嗜んでいるのは内緒。そのワイングラスたちも雪崩に巻き込まれて消失しましたがねっ!
と、そういえば食パンが二枚ほどあったな。だがしかしここで餌を与えて良いものだろうか。丸々太った子豚になりたいなら食べればいい。だが他所でならの話だ。なんと言ってもこいつは既に一食分を平らげている。しかもなんの断りもなしに、だ。一般家庭なら追い出しているところだろう。俺は確かに丸裸のところを見てしまった。その罪悪感に流されてきた事も認めよう。だがあれは不可抗力であり、と同時にメガリス嬢の過失でもある。というかなんで来たのかまだ聞いてないな……それはさて置き。いい加減、普通の対応を取っても良い筈だ。住居不法侵入罪で捕まえられてもおかしくないのだ。
「お肉〜っ♪ 肉〜、肉っ♪」
とか歌っているようでは、おそらく俺が肉料理を作るまで居座られるような気がする。
……警察は嫌い。んが、この際は致し方ない。無垢な天使のような純真な笑顔を持つ天使の気持ちを裏切って出頭させる。それはゴキブリをスリッパの裏で叩き潰すときぐらい重大な罪悪感を覚えるが俺はその決断を選択しなければならない。決して私情は挟んでいないがゲームの恨みである。
「あぁ、分かったよそんなに連呼するな。その肉をサンドイッチにして持ってきてやるからここで待ってろ」
いいえ、通報します。ごめんね〜。
「きゃーっ! ありがとうございます。はい、待ってます! それはもう忠犬ハチ公のごとく待ってまーす!」
すごく良い笑顔。可愛い笑顔。極上の笑顔。
よほどの事がないと笑えない俺はそれが羨ましかった。だからと言ってどうするワケでもないけれど。
「あぁ……」
再度、一階に降りた。