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五話:脇役模範:その目で霊視しても意味が無い。

「それで? 説明をしてもらおうか。いや初対面に、ただの拳ではなく捻りを入れたコークスクリューブローを間一髪アウトで入れたことは不問ふもんにしてアゲルからその翼とか輪っかがないところとかそういえば目は黒いんだな出来ればそれがコスチュームプレイだって言う結論に駆け足で達して満足して直ちにただちにに帰ってくれると速攻布団に入って朝まで寝られるので幸せになれるし人の幸せは天使の幸せじゃないのかという問いに悩まなくて済むし良いと思うよ特に俺がね。で、野菜炒め美味かったか?」

 天使に適当な服を(あて)がい、自分自身が落ち着いた瞬間から、ほぼ句読点を入れずに一息で言い放った。

 綺麗か可愛いかと問われると、後者だと十人中九人までが言う彼女はあまりの言葉の波に処理能力が追いつかず呆気にとられているっぽい。


 威力アップの為に捻りを加えたストレィトをリンボーダンスのように回避して、脳震盪まで起こしたのに手に持っていた野菜炒めとご飯を皿から一欠けらたりとも零さかったのは奇跡に近い。

 ボディに食らってたらノーダメージだったものを顔面直撃コースマニューバを取ってしまった為に一ラウンドK.Oノックアウトさせられた。

 だがそこまでして死守したものを、十分程度のダウン中に目の前の少女にペロリと平らげられてしまっては言葉に怒気が宿るのも無理はないでしょう。


「あぅ――っ。えっと、つい条件反射で……でも美味しかったです。もし、その、出来ればで良いんですけど追加をお願いします」

 そ、そうか? ……むぅ。

 彼女は怒った俺を見て一体なにを思ったのか、一瞬だけ怯んだあと、控えめにだがベテラン芸人もビックリの常識の枠に囚われない斬新な発想のギャグ、もといウチを無料の食堂と勘違いしてる非常識発言を、その天使らしい可愛いくちびるから言ってくれました。

「……はぁ。いいけどさ。俺も腹減ったし」

 だが、こんな日常ブレイカーとっとと追い出してやると反骨精神はんこつせいしんたっぷりで意気込いきごんでいた俺には出鼻を挫かれた感があった。

 なにかって、手料理を美味おいしいと言われて喜ばない人間はいないからだ。


 そして現在の立ち位置をすぐさま理解した。

 ツンツンでもデレデレでもないのだから興味ないというか眼中にないって事だ。初対面だから当然なんだけど。

 つまり、天使に居候されそうになる哀れな男Aあわれなおとこえーという端役か、望むところだ。

 その瞬間から天使が何故いるかという疑問を放棄して、ただ舞台の隅に立っているだけの木を演じ始めた。で、一応の形式的な説明をもらうのは飯を食ってからにすることに。それに端役ってのは主役級の言う事を聞いてれば出番が終わると、相場は決まってるからな。

 変な連中を居候させるのは悲しいことに慣れている。それゆえの対応の速さで俺はこの異空間に順応してしまった。

「一応、リクエストを取って置く。というか早くその翼をしまえ、邪魔だ。天使ならなんとか出来るんだろ?」

「ホントですか! わたし、お肉が食べたいっ!」

「うぉっ! 近い、いきなり近い!」

 言葉を聞くやに、意表を突いて顔の前数センチまでにじり寄って来る。

 唐突とうとつに動くな。視界がピンボケレンズのように不鮮明になったかと思うと鮮明になって目が合ってそれとなく困ります。しかも羽収納の件はスルーされた、不都合なことは耳に入らないタイプと見た。というか肉!? 我が家にそんな高級なものはない、あれば野菜炒めに入れてたところだ。知らない人に肉を要求する天使ってどうなんだ……それより天使って肉食うのか。天使ってのは預言者アウラアムさんの系譜に連なるなんとやらで酒と肉を禁じてたりしないんだっけ。

 アイドルのトイレに入らない伝説が崩れ去った若かりし頃と同じく、俺の中のなにかが崩壊した。

「肉はない。魚もない。今は冷蔵庫には野菜しかない。おーけーですか?」

「えー、そうなんですかー。ぶーぶー。じゃあ美味しかった野菜炒め待ってます」

 なんだよその駄々を捏ねる赤子の真似のような趣味の悪い甘え方は! 可愛くない。断じて可愛いなんて思ってないぞ。

 あーあ、頬を膨らましたまま風船のように飛んでいけばいいのに。

 人間の身体にどれほどのヘリウムガスを詰め込んだら空を飛べるようになるのか一秒だけ考えて中断したのは秘密だ。



 俺は渋々しぶしぶ台所まで降りてフライパンに油を通した。

 切れ味の悪くなってきた包丁でもって野菜を白米がなくなったので多めに――というか冷蔵庫の中身すべてをぶつ切りに。塩と胡椒を適等に振りかけてあとは炒めるだけ。ウスターやら醤油しょうゆーには頼りません。にんじんなどの固いものから先に突っ込んできゃべつ等比較的やわいもの経由で最後にもやしを入れる。それで完璧。高火力で汁を出さないようにして野菜の旨みを中に閉じ込めるようにするのがポイントです。

 ところでお袋の味ってこうなのを言うんだろう。近年の出来合い物に慣らされ切った現代っ子には厳しい食生活だよなぁ。

 フライ返しも使わず、菜箸さいばしと手首のスナップだけで空中に舞い上がる様々な野菜たち。ちょうどいい感じに彼らやさい火炙りにしたら出来上がりと。

「おぉー、凄いですね」

 という観客の声もあってか、彼らやさいはいつもより多めに炎の中を舞い踊っておりますってちょっと待て。

 いつの間にか背後にいた、翼が相変わらず邪魔な天使モドキに注意する。

「なぁ、無音移動ストーキングはやめよう、心臓に悪い。って思ったらスリッパ履いてないのか。そっちにあるから履け。我が家は一応、裸足厳禁!」

 一階はロクに掃除してないので足の裏が砂埃すなぼこりまみれになってもいいというなら許可するけど。

 履かなくても問題ないような奴らばっか相手してたせいか実体相手には勝手が違うことを忘れていた。

「あ、わたしお皿とって来ますね」

 華麗みごと無視スルー。そのまま裸足でぱたぱたと食堂に回りこむ。

 もういいっす。自由にしてください。

 そう彼女を突き放した瞬間、脳裏に経験則から生み出される正しい未来が映った。だけどそれはコンマ数秒の僅かなあとに起こることで、事態へ直面したときの緩衝材以外になんの役にも立たなかった。いやもしかしたらある程度予測できたことかもしれない。しかしながら後悔とは後に悔いるものなのである。

 心にはそれなりの防御機構があるはずなのに、それでも精神的にくるダメージって言うのは得てして厳しい。幼年期とか思春期にトラウマが残りやすいのはきっと防御機構が出来ていない時期のダメージだからだろう。

 他人……というかコイツはもう信用ならんね。

「きゃ――っ!」

 がらがら、がっしゃーん、……がっしゃーん、ばきり。

 コミカルなコメディドラマのような擬音ほど現実世界リアルで起きるとしゃれにならないもんだ。

 背後から円盤状の陶器が複数枚が一度に割れるような耳と心を貫く轟音。そのあと食器棚の倒れるような泣きたくなる音、ついでに木製のなにかが割れる音が追い打ちのように聞こえてきた。

 反射的に、というか悪い冗談を訂正するつもりで振り向いた。その眺めは前後の話と合わせて絶望的な惨状になっていた。

「嘘だろ……」

 これはひどい。

 どうやら暴食ぼうしょく天使にドジっこ属性をプラスしなければならないようだ。だが例え記号の塊になろうともこちら側から見れば迷惑極まりない存在という立ち位置が変わることはなかったのだけど。



 音で聞いて立てた予想以上にその光景はヤバイ事になっている。ピサの斜塔を始めてみたときに思ったヤバイと肉薄するヤバさだが、その斜め具合が塗り替えられたと知ったときの方がショックだったのでまだ耐えられた。

 野良猫も寝床に帰る二十三時前なのに我が家では大掃除を開始しなければいけない気配が漂っていた。

 事故現場は大嵐が通り過ぎたあとよりも惨憺さんたんたるものだった。

 自分の家具を壊された憎しみを差し引いて言ってみるが、同じ瓦礫がれきの山でもビルの取り壊し現場の方がいくらか落ち着いてると思うね。

 どこをどう爆破すればこうなるのか、犯罪者じゃない俺にはとても見当がつかないような悲惨っぷりだった。

 具体的に言うと食器棚が収納されていた皿やコップごとパーフェクトに全壊して、その倒れた棚に巻き添えまきぞえを食った少しガタが来ていたダイニングテーブルも真っ二つに半壊した。半壊といっても使えなければ全壊も同じの粗大ゴミと同じ扱いだよ。

「それで、……俺になにか言う事あるか?」

 見た目以上に冷静なのは後悔で怒りが塗りつぶされているからです。本当は結構怒ってるよ? だからそのクールさを怒りのベクトルへと生かすためにも思いっきり冷ややかな視線と声色で告げてやった。

 我が家に始めて訪れた未曾有みぞうの大災害である。

 俺は言葉を失い、それを人災というか天災と呼ぶか迷っていた。

 もちろん、横で借りてきた猫のようになっている使のせいだからだ。

「うぅ……すびばぜん……」

 意気消沈してうなだれる暴食ドジっこ天使。

 だけど涙目で聞き取れない謝罪を言われてもこっちが泣きたいんですが。というか惨状がリアルすぎてホントに直視できないんですが。

 少なくとも野郎おとこだったら殴ってるぐらいに怒りのボルテージは絶賛上昇中。だが怒りが上昇していくことと反比例してやる気は低下してゆくのはなんでだろう。

 このままだとやる気はいちじるしい低下を続け、早い段階で阻止しとかないと地殻を割ってマントル、果ては地核まで辿り着きかねないので魔法の言葉でリセットをかけてみる。

「明日やろう……」

 “明日できることは明日やればいいんだよ”

 もはや格言レベルまで引き上げられた怠惰の象徴を使ってやる。

 後回し……んん〜、なんと素晴らしく甘美な響きなのだろうか。人生を楽しむコツは今を楽しむことだよ、つまり面倒なことを今やるワケいかないのだよワトソン君。

「くぅ〜ん」

「ん? お、セピアか」

 悲しげな鳴き声の主は犬。小さめの大型犬、ラブラドール・レトリーバーだ。

 全身真っ黒というところから連想ゲーム。まず墨で、次がイカ墨で、そしてセピアとなるらしい。セピア調ってのはイカ墨で作られたからだろう。

 らしいっていうのは首輪に記されてあった名前だからだ、ってことは名付け親が他にいるって意味で、だけど捨て犬ってワケでもない。だが半分は捨てられたようなもんだし気にしない。

 あっと叫ぶ間さえもなく短時間でゴミ置き場になったリビング兼ダイニングルームの傍らでその瓦礫に寂しそうな視線を向けていた。そういえば崩落した食器棚からなにかを掘り出そうとしていたのを視界に捉えていたような気がする。

「あ、そっかそっか。ちょっと待ってろセッピ〜。いま掘り起こしてやるからさ」

 採掘現場の元家具の土を掻き分け、目的の宝石を見つけ出してやった。原型を留めいていないとはいえ元は馴染なじみの食器棚だ、簡単にどこになにがあるか分かっていれば見つけられる。

「あーあ、お前の皿壊れてら……全部あいつ一人の仕業だからな、俺はかんけーないぞ?」

「ワン!」

「よしよし分かってくれたか。セッピーはいい子だからな、フードをやろう!」

 その宝石にも匹敵する缶詰。人でも美味く食えるという謳い文句のスペシャルドッグフード、『ナチュラルドッグ』の缶を開けた。

 肉成分が含まれてるいい香り、空腹はらペコ生き物の唾液分泌だえきぶんぴつ促進そくしんする。

 ……うぁ? 思いっきり腹ペコ天使が睨んでいるのはなんでだ。これはあくまで犬用のくいものであって、人様が食っても美味いが自尊心やらが邪魔をするはずなんだが……。

 瓦礫から割れていないお皿を取り出して、ツナみたいな中身を乗っけて出してやる。

 するとセピアは嬉々として食べ始め、十秒足らずで完食。その食いっぷりはいつ見ても爽快だなぁ。

「ど、どうしてあなたこのワンちゃんが見えるんですか!?」

 天使は声を荒げて、かなり動揺した風でこちらを見ていた。

 ……ふむ、そっちについて睨んでたのか。てっきり肉性の食物に目を奪われたのかと思ってた。

「そりゃ見えないさ。視えかんじるんだから」

 セピアが目に見えないオーラ的なもの食べ尽くして高級感のなくなった、ツナを素手で口に運ぶ。んー、やはり犬用に作られてるから味が薄いな。でもこれはこれでイケる。


「――だってその子、幽霊ゆうれいじゃないですか!」


 当然だ。人の居候の場合、食い扶持が増えて困るのは俺なんだから。

 それに――。

「天使のあんたが言うな」


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