四話:脇役模範:うさぎとかめと、時々、天使。
イソップ寓話のウサギとカメ、有名な話だ。
ウサギは見えなくなったカメを待とうと、競争に余裕を出して居眠りしてしまう。目を覚ましたウサギが見たものはいつの間にか逆転して、ゴール地点で大喜びするカメというお話。
教科書にも載っている、誰もが知っているお話。
そこに異論はない。問題はない。異を唱えるのは内容についてだ。
昨今、社会通念を持たない世間知らずな人間が増えてきたと思う。それ自体は政府の政策のせいだろうが、常識の消失と共に柔軟な発想さえ失われつつあるのが非常に残念でならない。
しかしどうだろう、常識を以って立ち向かってしまうと実は思わぬ落とし穴に嵌るということがあるのではないか?
今からの俺を見ていればそれらはありありと分かる事だろう。
科学的、論理的観点から検証に検証を重ねた結果、導き出した答えを、今まで世に伏せていた。
常識ばかりに囚われず、普通に考えてみれば分かる。
ウサギはカメに負けるはずがないのだ。
カメの中には意外に足の速い種もいるがウサギの俊足には敵うべくもないだろう。
空想の根本を揺るがしかねない問題だけど、それに付け加えるなら寓話の中とはいえ競争などするはずもないから差し引きゼロで中和される。
勝ち負けが始めから決まっている出来レースなど通貨の存在しない自然界ゆえ賭け事をしない彼らにとっては無意味で無価値だから。
仮に、百歩譲って競争になったとしても、常に猟師と逃げるか狩られるかの戦争をしているウサギが勝負の途中で居眠りをするほど体に疲れを残すわけがないのだ。本番前に万全を期さないマラソン選手などいないのと同じ事だ。
タイムを計測しているのかどうかは分からないが、意味のない戦いの中では自分の記録に挑戦するという価値を見出してこそのレースなのだから……。
しかし結果は誠に残念なことに言い伝えられている通りだ。一世一代の自分との争いに、決してあるはずのない居眠りをしてウサギは敗北。ウサギの眠っている横を、競馬の大穴にでも勝ったような親父臭くて陰湿な笑みを浮かべたカメは悠々とゴールし勝利。その異常事態を前に我々は論理を大幅に修正する必要性があった。
つまり、事実と真実は似ているようで微妙に違うと言うことだ。
事実とは言わずともウサギが負け、カメが勝つという奇々怪々な現象だ。
しかしそれは『所詮は幻想の中の話』と異常を流し、亀の勝利を語り継がれ、現代になっても幾人もの耳に入っている。
だが、今日はここに宣言しよう。
今から我々が語る真実とは、謀に捻じ曲げられた事実とは違うということを。
目を、そして耳を疑う衝撃の史実。しかし下記は紛れもない真実なのである。
“負けてしまったウサギは悪辣なカメの陰謀で睡眠薬を飲まされていたのだ”
一般に鶴は千年、亀は万年生きると言われている。
無論、それほど長寿な生き物はいないし、例えであることも理解している。
その中で重要なのは、『長生きをするとどんな馬鹿にも知恵が生まれる』という点である。
悪用すれば悪知恵となるそれは、当然長生きしているであろうカメにもあった。
カメは悪役俳優も顔負けの狂気によって密かにウサギが飲むであろうスポーツドリンクに睡眠薬を混入し、さらに一度も口にしない可能性も考え事前の食事にも遅延性の眠り薬を仕込んでいたのだ。それこそ二度と目覚めないほどの量を……。
「ぐふふ、これで明日はワシの勝ちですじゃ」
「ふふふ、そちもワルよのぉカメ殿?」
「いやいやお代官様ほどでは……ぐふふふふ」
という会話がレース前の夜、秘密裏に行われていたのは十中八九間違いない。いや、もしかすると観衆も既に買収されていたのかもしれない。眠りこけるウサギを起こそうという者が一匹もいなかった事からだ。
嗚呼、恐ろしいかな、カメの計略になす術もなく嵌ってしまったウサギは自己を見失い、暴走の果てに猟師の前に飛び出すという愚かな選択するのだ。まさかそれすらも計算づくだったのか、猟師にエサを貰いながら、今夜はウサギ鍋だという確定情報を影で聞き取るカメ。そしてその長寿と悪知恵をもってイソップ寓話界を支配し続けたのだ……。
この寓話はウサギの油断大敵を告げるものではなく、カメのコツコツとした努力がいつか必ず報われるというものでもない。
カメとウサギにある決定的な実力差を埋めるには強硬手段でも使わないと勝ち目はないという事と、両者の力に開きがあるとそのような策略を使ってくるかもしれないと警告するものである。
この解釈に主観が入っていないとは言わないが限りなく薄めてみたつもりである。
と、例の天使少女が起き上がりざま防衛本能的に繰り出してきた速さを重視して威力を弱めたネコパンチを、食虫植物の捕食時における凄まじい速度に匹敵するほど素早いマトリックス方式回避行動を見せて、しかし避け切れず、顔面を狙って伸びてくる乙女のものとは思えない正確さの非力な拳があごを掠り、脳を大いにバイブレーションさせられている間に考えた話だった。
だからところどころ無理があるが、亀が悪意を持っていたことは間違いないだろう。