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二話:プロローグ:退屈な毎日の幸せ。


浅葱が女口調? いえいえそんな事ありません。

実在する人間をモデルに原型の残らないほど大幅な改変を加えたキャラクターですから。

 それは例えば宿命。

 俺という存在が世界に一人しかいないなら、何らかの果たすべき役目を与えられていても良いはずだという考え方だ。

 だが宿命やら運命やら、そういうのに縛られた人間ってのは少なくとも俺じゃないと思うんだよ。

 彼らは主人公気質で、どっちかって言うと正義っぽくて、そんでもってちょっぴり不幸な方々だからだ。 

 不幸な状態を何とかするのが物語だし。

 んで、そんな不幸の中でも彼らは死ぬことがない。主人公特性って言うんだけど、そいつが死なないように世界は回る。

 いいねぇ、そんな特性。だけど欲しいとは思わない。

 ところが俺は現状になんの不満も抱いていない。

 冒頭から人体実験なんてされてたけどアレは過去の話なんでね。ちなみに忘れたい過去って誰でもあるじゃん? まぁ、そんな伏線めいたどうでもいいような話は置いといて。

 俺は今、それなりに幸せなんだよね。

 青春特有の悩みとか、置いてくれているお家事情とか抱えちゃったりしてるけど、基本的にはハッピーな境遇にある。

 だから余計な宿命なんて負いたくない。

 そんなところに不幸の種を置いてくれる神様バカヤロウがいるなら全力で抗議したいぐらいだ。

 そりゃあ俺も男ですから? 運命の出会いとその少女が持ってる不幸ぐらいなら全身の気力を振り絞れば背負えるだろうけど、それでも死にいたるようなアホくさいもんは却下、拒否、全面禁止が基本方針。

 まぁ、何事にも例外はあるけど普通は、やだよなぁ。


 タイプじゃないし、英雄になる力もつもりもない。救うべきお姫様も、打開する状況もない。

 だから俺は主人公じゃない。

 これは決定事項で、結論で、どんな口論でも結局はそこに帰趨きすうするんだよね。



「遅い! 今が何時なんじだと思っているんですか!? 本当に毎度毎度……。もう少しなんとかならないの? 例えばバイクの免許でも取るとかヘリをチャーターしてにそれに乗るとか灯夜様がスーパーマン化して電車より早く走るとかテレポーテーションに目覚めて一瞬で移動するとか!」

 学びの庭から日が落ちかけて暗くなっている夕刻に帰宅した俺へ一番にかけられた言葉である。言葉じゃなくて罵詈雑言ばりぞうごんの嵐だけどこの際無視。

 電車通学じゃないから徒歩でとぼとぼ帰ってきた次第だ。

 灯夜ってのは俺の名前ね。浅葱 灯夜あさつきとうやってのが正式名称。

 言い放ったのは見目麗しい、真っ直ぐな姿勢、真っ直ぐな瞳。頑固で融通ゆうずうが利かなくて、生真面目きまじめ。二十代後半の女性。水城 沙久耶みずしろさくやさん。

 玄関すぐの廊下に仁王立ちしている。だがその顔立ちの美しさといったら、まるで抜き身の真剣のような雰囲気だ。それは褒め言葉じゃないってか。なら言い直そう、まるで人を惑わす妖刀のようだ。

 どちらにしろ人切り包丁に例えられるのは静かな殺気を発してこちらを睨んでいるからで本人は関係なかったり。

 その視線は怖いのなんのって、時々真面目な殺気と間違うぐらいだ、まぁ怖気づくほどのものでもないけれど。

 ちなみに体型も刀同然で、全体的に細い。出るところが出ていたりはしないのである。

「……」

 その沙久耶さんは、今、心を読んだように眉をしかめてる。怖えぇこえぇ

 残念ながら正確な年齢は知らない。聞く度胸がないからだ。

 他に言う事はないのか、と問うた事があるがそれは早く帰ったときだけの話らしい。

「酷い言われようですね。だけど原付ならまだしもバイクの免許を取るにはあと一年間待たないといけないし、ヘリを呼び出すなんて馬鹿げてます、一時間で百数万円かかるんですよ? 一体誰が払うって言うんですか。あと後半の二つは沙久耶さくや)さんの脳内だけにしてくださいよ」

 沙久耶さんに言われた言葉が酷いなら、言い返す俺も相当酷かったかもしれない。

 だけど今のようなやり取りは毎日のように行われるし、本人もちょっと気にしている様子はあるものの、問題ない。彼女相手には慣れない敬語まで使うのだ。そう、まったく問題ない。

「反論は結構です。早速ですが、さっさとお着替えになってください。皆さんお待ちになっています」

 そう言って通路の奥へ誘われる。

「はいはい、お仕事ですね。俺も数奇な運命に生まれちまったもんだなぁー。もっと楽なところが良かったよ。子が親を選べないのと同じか」

「貴方がそんなことを言ってはなりません。神々と対話する神子みこなのですから……」

「呼び捨てにしましたねぇ」

「――っ! し、失礼しました神子様!」

「いいですよ。どーせ敬われんのはこの神社に住んでくれる神様だけでしょうから。結局、俺がパイプ役でしかないのは分かってますんで」

「……」

 また今日も面倒な儀式が始まる。

 いちいち装束に着替えて、手順を踏んで、印をつける。

 俺にとっちゃ義務みたいなもんだ。放棄しようなんて考えたことはない。



 朱音市あかねし

 比較的温暖な気候のその町には独特の文化があった。

 神童信仰しんどうしんこうと呼ばれる、何十年かに一人、神から授かりし奇跡の人という年端もいかない幼い子供を、どんな選定基準で選んでいるのかも不明瞭ふめいりょうなままバア様が決めて祭り上げ、人々の信仰対象とされた子供を神子と呼び、とにかく崇めて祈り倒すという訳の分からない伝統。

 それは実質、選ばれた神子みこが神と同格のように認知されるということで、ちびっこ暴君ぼうくんが現れたとき下々しもじもの者は耐えるしかないという自虐的じぎゃくてきな信仰だ。

 市長以下、重要な役職の人々が信者であるため神子となった子供は朱音市の主導権を握っているのと同じだった。

 だが類稀たぐいまれなる良識を持つ今代の神子、この俺、浅葱 灯夜あさつきとうやは民というなの一般人を虐げるしいたげることなく日々を過ごしていたのだった。


 その神子の唯一無二ゆいいつむににして最悪の仕事が神の降誕こうたんってやつ。

 神童信仰の拠点である在沙ありさ神社に幸運をもたらす天上の住人を怪しげな紋章で呼び出すことなのでした。



 で、今は神社の奥。祭殿さいでんの内部。儀式ぎしきの用意バッチリ。

 儀式といっても普段となんら変わらない。いつも神社の奥に人目につかないように隠されているので俺はその場に行くだけでいいのさ。

 毎日行う儀式なのだから当然と言えば当然なんだけど……。

 背後には石畳の上に心底ありがたそうにしている爺さん婆さんたち。

 俺はというと、どっかの神社の神主かんぬしが着るような長い袖付きの無駄にボリュームのある着物を纏ってまとって烏帽子えぼしをかぶり、悪霊あくりょうを払うときのような木の棒にお札をごっそりつけたもの、大幣おおぬさというらしいそれを手に持って振るいに振るっていた。

 ちなみにやり方なんざ習ってもいないので自由に振るう。

 振るい終わったら地面に書いてある、ゲームに魔方陣として出てきそうな紋様もんようにチョークを使い、己の感性を信じて一つ一つ書き足す。

 さっき怪しげな紋章と言ったのはこれのことで、円の中に不均等な図が書いてある。しかし我ながらなかなかの出来栄えだ。美術が二というギリギリの腕にしてはだけど。


 この地方ならではの文化にこれがある。

 見てみれば分かるが珍妙ちんみょうな儀式。

 つまらない。無価値すぎる。興味が無い。

 そんな儀式。

 何でも、俺が大幣を振るうことで場と振るった者(俺)の心が清められ、その清い心を持った者が考えた降誕の陣を描くことによって、出てくる天上の民と対話することが出来るのだとかなんとか。

 それ以外にも意味ならあるらしいが生憎あいにく、俺にはそれを調べるような時間はない。というか面倒だからやらない。


 ところどころに修正を加えつつ、今日の陣を書き終える。これで目に見えない神様は少しの間だけ降りて来て、守り神に変じるのだとか。

 おぉー、と後ろから爺婆様たちの控えめな歓声。

 その声を区切りに役目終了。俺は神社側に一礼、爺婆に一礼してその場をすたすた去る。それだけ。

 なんの捻りもなくそれだけだ。

 しいて上げるならその魔方陣を儀式を終える前に消すことぐらいだ。

 俺はこの後着替えて、そして日常生活に戻っていく。

 不毛ふもうかつ、めんどくささと日々の自由の制限に腹が煮えくり返るような儀式だった。

 ほんと、毎度のことなんだけどな。


「よく出来ましたのぉ神子様」

 バア様が話しかけてくる。

 バア様といっても見た目はかなり若い。人によって三十代ぐらいにまで見えるんじゃないかと思うぐらいぴちぴち美人で、沙久耶さんと同じく実年齢は不明。

 一度聞いたときに千五百数歳せんごひゃくすうさいと聞いた。自ら不老不死とか名乗っている怪しげな人だ。だが分かる気もする。

「バァ様。まだ正式には終わっておりませんので……」

 俺が敬語を使う数少ないうちの一人でもある。

「おぉ、そうじゃったの。つい気が逸ってはやって、歳はとりたくないものじゃのぉ?」

「では、締め括ります」


 式典しきてんの最後を飾るべく、俺はかなり真剣に書いたそれを躊躇いためらいもなく水とブラシで流そうとした。

(……ん?)

 だが、なーんか違和感いわかん

 ぼわわんというか、ぼわ〜んというか。淡い光があたりを包んだような感覚がしたような気がしたのだ。

 忘れがちなことだけど、一応は神社の周りなのでこれぐらいの不思議は日常茶飯事にちじょうさはんじで。

 いつもの事みたいなんだけど、淡い光なんてものはこの行事を続けていて始めての感覚だったので気になったのだ。

(「灯夜様? どうかなさいましたか?」)

 小声で、沙久耶さんが話しかけてくる。

 本当は静謐せいひつなまま行われなければならないのでお喋りは厳禁だが、意外に心配性な沙久耶さんであった。

(「いいや、なんでもないよ」)

 それは些細なことだ。この式中には今までだってそんな感覚を覚えたこともあった。

 確かにちょっと違う気もしたけど、俺個人の感覚なんて当てにならないっしょ。

 俺は陣にバケツの水を引っ掛けた。



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