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葉桜の森 灯篭の色

作者: 粟生深泥

 腹の底に響くドンッという音の後、空がパッと明るくなり、歓声が上がる。

 花火を見上げる人を見ると、浴衣姿も多いには多いが、一番目立つのは薄手の長袖を身にまとった人々だ。それもそのはずで、夜まで汗ばむような熱気に包まれていたひと月前と異なり、この頃は日が暮れると多少の肌寒さを感じる。九月も下旬の花火というのは、どこか蝉が最期に一際大きな声で鳴くものと似たように感じる、というのは底意地の悪いとらえ方だろうか。

 花火というものがあまり好きではないからかもしれない。嫌いというわけではないし、綺麗だとは思うのだけど、感動を最初の5分くらいで使い尽くしてしまい、残りの1時間くらいが手持無沙汰になってしまう。

「副部長ー、飲んでますー?」

 歓声の中からそんな声が紛れ込んでくる。今回の花火大会は、俺の住む街では一番の規模のものである。だから、高校生や、俺らのような大学生はよく観に来るし、俺の所属する部活では皆で花火を観に行くことが恒例となっている。もっとも、部員のうち少なくとも3割くらいは、祭りの雰囲気をあてに酒を飲むのがメインだと思うけど。

 花火が好きでもないのに、観に来ている理由は付き合いに近いものである。別に強制参加ではなく、有志の集まりではあるのだけど、副部長という役職ゆえ、特段の事情もないのに不参加というのはよろしくないと思われた。あと、部長によって特別招集がかかったというのもあるが。

「俺はお前らの見張りだからそんなに飲めないの」

 そんな風に嘯きつつ、手元のビールを流し込む。混む前にと思って、だいぶ前に屋台で買ったため、すでに温くなってしまっており、苦みばかりが強調されている。だが、このままおいておいてもマズくなる一方なので、せめて、かすかに冷たさのある今のうちにと一気に流し込む。

「あ、いたいた。ちょっといい?」

 生ぬるいビールの苦みに顔をしかめていると、背後から呼びかけともに肩をたたかれた。

「ん、ああ、部長。どうしたの?」

 声をかけえてきたのは我らが部長である。この肌寒いなかで、綺麗に浴衣を着こなす彼女は困り顔でこちらを見ていた。

「それが、例のあの子が行方不明で」

 部長が周囲を見渡す。花火を観に来た部員が20人程度いて、素直に花火を観ていたり、酒盛りに興じていたりしている。参加メンバー全員がそろっているかはパッと見ただけではわからないが、確かに部長の言う「例のあの子」の姿は見当たらない。

「屋台に買い物かなにか行ってるんじゃないの?」

「でも、誰もどこ行ったか知らないみたいで」

 部長の視線が“例のあの子”と同じ1年生の女子たちの方を向く。彼女たちは俺たちの視線に気づくことなく、眩しげに花火に魅入っていた。同期が知らないとなると、他に行方がわかるひとはいないかもしれない。

「っていっても、子供じゃないんだし、最悪帰る時までに電話でも……できないのか、あいつは」

 その後輩に出会うまで、大学生になっても携帯を持っていない子がいるとは思っていなかった。親の方針だかで携帯を持っていないらしいのだが、本人も不便を感じていないとかで特に所持の予定はないらしい。携帯は当然持っているものとして連絡を回したりするこちらは不便しているのだけど。例えば今回の花火の集まりだって集合時間だったりは部のラインで回ってきたのだけど、多分彼女には別ルートの連絡が必要だったのだろう。

「さすがに会場にはいるだろうし、今のうちに探しに行こうと思って」

 確かに、帰り際は見物客が一斉にぞろぞろと移動するため誰かを探すなんていうのは難しくなる。人探しならばほとんどの人が花火を見上げて動かない今のうちがいいだろう。

「わかった、手伝うよ」

 動かないとはいっても、これだけの人数である。探す目は多い方がいいだろう。


 ちなみに、例のあの子、とは今年入部した1年生の女の子である。部長との間で例のあの子の呼び名で通じるのには当然理由がある。いかにもお嬢様然とした彼女は、入部以降大小様々な事件を巻き起こし、周囲――主に幹部である部長だけど――を慌てさせた。本人に悪気がなかったりで、こちらとしても対応を考えている途中だ。実のところ、俺や部長は10月には引退して3年生に幹部を譲るので、対応はそのまま丸投げすることになると思うけど。

「研究はどんな調子?」

 だから、周囲を見回しつつも、部長との話は例のあの子とは関係のない雑談になる。共に大学院への進学は決まっているので、就職への不安や期待みたいな話ではなく、今後来たる卒論をどう乗り切るかという話題が中心。

「うちは先生がゆるゆるだからね、夏休みってことでボチボチ進めてる。後でしっぺ返しはくらいそうだけど」

「いいなー、私のところは毎週ゼミだから、練習後に研究室こもりっきりになったりして。せっかく夏休みなのになー」

「あー。でも、まあ、その方が卒論前に楽になるんじゃないの?」

「先輩に聞いたんだけど、どんなに研究が順調に進んでも、やることが増えるから卒論前は大変らしいのよ」

 部長のうんざり顔に、こちらも苦笑を返すしかない。理系にとって、研究室選びは残りの学生生活に大いに影響するっていうのはよく聞いていたけど、こういうのも一つの要素なのだと思う。どちらがいい悪いというのは置いといて。

「だから、せめてこういうイベントくらいは楽しまないとねー」

「なら、とっとと迷子を見つけなきゃな」

「あら? 別に、ハプニングは好きよ?」

 どこまで本気かわからない部長の言葉。まあ、せっかくの花火大会を邪魔されてご立腹、なんてことになっていないのであればいいやと思う。今のところ、視線は人垣の中をさまよわせているし、ずっと話をしていたから、花火をほとんど意識しないでいた。

「でも、せっかく気合い入れてきたんだし」

 周囲を見回していた視線を、部長の浴衣へ向ける。極々シンプルな柄というのが部長らしいが、それがなんとも部長を引き立てていた。

「ん、変?」

 俺の言葉をどう捉えたのか、怒ったような困ったような複雑な表情で、袖を持ち上げた。

「いや、似合ってる」

 本心なのだが、自然な感じを意識していうのに非常に苦労する。日ごろ女性をほめる機会がなく、こういうのは慣れてない。

 言葉足らずではあったと思うが、部長は納得してくれたらしく、それ以上の追及はなかった。花火がパッと上がり辺りが明るく照らされる。はっきり見えた部長の顔を見る限り、どうやら俺の対応は不正解ではなかったようだった。


 20分程かけて会場を一周したが、目的の女の子を見つけることはできなかった。まだ花火の時間は残っているが、同じ探し方をして見つかるかというと怪しいと思う。

「二手に分かれたほうがよさそうかな?」

 相手が移動している可能性も含めると、少しでも出会う確率を高めるにはその方がいいと思う。が、部長は難しい顔をして、すぐには結論を出さなかった。

「……そうね、見つかったら連絡して。あまり私たちがいないのもマズいと思うから、見つからなくても20分後には部のところに」

「了解」

 時計を確認して、相手がどんなところに居そうか考えつつ歩きだす。視線のようなものを感じて、ちらっと振り返ると、部長はまるでこちらに手を伸ばそうとしているように見えた。だけど、どうかしたのか、と尋ねるよりも先に、部長はこちらに背を向け、俺が歩き出した方向と反対方向に歩き出した。

 しばらくその背を視線で追う。声をかけるべきかもしれないし、後を追うべきかおもしれない。が、時間の猶予があまりないことを思い出す。考えつつも、部長に背を向け、歩を進める。

歩きながらも、想像する。俺と例の子の共通点は少ないが、俺が彼女だったらどこに行くだろう。花火があまり好きではなく、もし、大勢でワイワイやるのもあまり好きではないとしたら。それでいて、帰るわけにもいかず、どこかで時間をつぶさなければならない。

 さっきまでは会場でもメインの花火が見やすい場所を探していたが、そんなところには端からいなかったんじゃないだろうか。

 会場から離れる方向に歩を進めていく。駄目元で、俺だったら何処に行くか、そこに行ってみよう。

 部長と別れてから5分程歩き、目的の場所につく。花火大会の会場は城跡なのだが、元城主を祀った神社がある。立地自体は花火を観るのにいいのだが、鎮守の森というのだろうか、背の高い木に囲まれており、高くまで打ちあがった花火でないと観ることができないため、まずここに花火目当ての人はいない。

 しかし、というか、だから、というべきか、神社の奥に進んでいくと、彼女はそこにいた。

神社に石段に腰を掛け、夜空――多分花火――を見上げている。花火会場のざわめきからは切り離され、神社という場所のせいか一人佇み空を見上げる彼女の姿は、とても神聖なものに見え、声をかけるのさえためらわれた。このまま場所だけ部長に知らせて、あとはどこかに行かないかこのまま見ておけばいいのではないか。

「あ、先輩。どうしたんですか、こんなところで?」

 だが、そんなことを考えていた矢先、先方がこちらに気づいた。俺の苦労も知らず、ニコニコした顔でこちらを見ている。毒気を抜くような笑顔。

「……探したぞ」

 色々言うべきことが浮かんでは消えて、結局その一言に落ち着いた。人騒がせな後輩から少し離れたところに腰を下ろす。先ほどまで彼女がしていたように空を見上げてみる。が、やはり背の高い木々に囲まれ、花火の音はすれども、姿を見ることはできない。

「先輩が、私をですか?」

 どういうわけかニコニコ具合を増して、尋ねてくる。

「お前を、だ。携帯持ってないし、連絡つかないだろ」

「連絡つかなくて困りますか?」

 そんな質問が返ってくるなんて想定しておらず、一瞬答えに詰まる。

「いざ帰るって時にいないと、何かあったのかって思うだろ」

「あれ? 終わる時間までには戻りますって、近くにいた先輩に言ってから来たんですけどね」

「ん、そうなのか?」

 もしかしたら部長は1年生だけに確認して、他の人には確認していなかったのかもしれない。らしくない気もするが、部長も急いでいたのかもしれない。

 何はともあれ、場所は突き止めたし、終わるまでには戻るという。部長にその旨を連絡すればお役御免で、あとは戻って、ちびちびお酒でも飲んでいればいい。たしかにハプニングのおかげで時間の大半をつぶすことができたし、悪くないかもしれない。

「ちゃんと時間……そうだな、あと30分くらいしたら戻れよ?」

「あ、先輩、行っちゃうんですか?」

「お前以外にも、色々やらかしかねないメンバーがいるからな」

 0次会をしてきた後輩もいるというし、そろそろ誰かしら酔いつぶれてるかもしれない。介抱することを考えるとうんざりするが、周囲に迷惑をかけないためには誰かがやるしかない。

「そういえば、先輩は誰にも聞かずにここに来たんですよね? どうしてわかったんです?」

「あー、それか……」

 どこがそういえばかはわからないが、質問に浮かせかけた腰を落とす。あまり答えたくないけど、上手いごまかし方もすぐには浮かばない。元々、そういうのは得意ではない。

「俺も1年生のとき、ここで時間つぶしたんだよ」

 仕方なく、正直に話す。1年生の頃、同期の誘いもあって参加したが、花火が好きではないのは当時からであり、また、同期とワイワイする気にもなれず、ここならと思って逃げ込んだのだ。同期に伝えていったこともあり、当時の部長や先輩から怒られるということはなかったが、今の部長には同期であるにもかかわらず、何故かしこたま怒られたのが懐かしい。怒られた理由が未だにわかっていないとは、言えていない。

「でも、ここ、全然花火見えないだろ?」

 尋ねてみると、彼女は意外そうな顔をしたのち、面白そうな笑みを浮かべた。

「あれ、先輩、知らないんですか? ここ座ってみてください」

 そう言って後輩は少し横にずれた。言われるがまま先ほどまで彼女がいた場所に移動する。特に違いは感じないのだが、先ほどの彼女のように空を見上げて、息をのんだ。

 夜空は森の木々に阻まれてよく見えないのだが、ここからは絶妙な円形の隙間があった。まるで窓のように開いた隙間からは、全てではないまでも、花火の姿を見ることができる。

「この神社で、ここからだけは花火が見えるんですよ。私のお気に入りの場所です」

 後輩の言葉が耳元から聞こえる。一度場所を譲ってくれた後輩が、今はすぐ横に密着していた。軽い肌寒さを感じるなか、体の片面――ほどなくして全面――が軽く熱を帯びる。

「おい」

「私も花火、観たいですもん」

 少しずれるが、後を追ってきた。

「あと、ここ、ちょっと寒いですし」

 それは今考えただろ。そう思いつつも、仮に立ち上がった後の後輩の顔を想像し、離れることができなかった。これは優しさとかではなく、単なるビビりだ。軽く息を吸い、さっき部長の浴衣にコメントしたように、努めて自然さを意識する。意識した自然さなんて、すでに自然じゃないとは思うけど。

「……花火は好きですけど、静かに観たいんです。変わってますかね?」

「昔ここに逃げ込んだ俺に聞くのか、それを。そもそも、静かに観たいなら、部活の集まりに参加せずにここに来てもよかったんじゃないか?」

「部長さんに熱心に来るよう誘っていただきまして……でも、結局、みんなの場所から逃げちゃって、部長さんには悪いことをしましたね」

 部長がそんなことをしていたとは知らなった。部長なりの考え――同期同士の親睦とか――があったのだろうけど。部長とは4年目の付き合いになるが、まだまだ知らないこと、気づけないことが多い。

「部長さんには、いつもよくしてもらって感謝してます。これでも私、周りのみんなとペースを合わせられないなって自覚してますから……でも、たまに部長さん、ズルいなー、って思うことはありますけどね」

 後輩がイタズラっぽい笑みをこちらに向ける。例のあの子なんて部長は呼んでいるけど、知らないところでは互いに気を遣いながら前を向いていたのかもしれない。

「ズルい?」

「ええ、ズルいんです。もしかしたら今日も……」

 それより先を言うことはなく、後輩は視線を花火に戻す。多分聞いても答えてくれないだろうから、俺も追及せず、彼女に倣った。

 そのまま、それ以降は特に話をすることもなく、森の窓から花火を見続ける。歓声も何も必要としない花火というのは悪いものではなかった。或いは、木々の隙間が作る枠の特別感がそう感じさせたのかもしれない。

 やがて、一際大きな花火が咲いたと思ったところで、花火大会の終了を告げるアナウンス。いつの間にか魅入っていた俺より、隣の後輩の方が立ち上がるのは早かった。

 ちょうど森の窓があった位置に立つと、後輩ははにかんだような笑顔を浮かべる。

「ここは私のお気に入りなので、他言無用でお願いしますね?」

「ああ、誰にも言わない」

「はい、秘密です」

 笑顔の種類が変わった、と思う頃には後輩は俺に背を向けて、神社の外へ向けて歩き出した。遅れて腰を上げ、後を追う。立ち上がっただけで、森の窓を見ることはできなくなった。神社の外を出たところで、急速に花火大会会場からのざわめきが聞こえてきて、現実に“帰ってきた”ことを感じた。

「来年は院生ですから、他の後輩の面倒は見なくていいんですよね?」

「お前の面倒も見なくてもいいんだぞ?」

「さあ、それはどうでしょう?」

「……来年のことはおろか、今のことすらよくわかってないからな。わかりようがないさ」

「部長さんにでも聞いてみましょうか?」

 後輩は冗談めかして言ったようだが、花火大会の現実に帰ってきた今、部長というワードに非常にマズいものを感じる。

「やべぇ……」




 その後、携帯を確認した俺は着信とメッセージに顔を青ざめさせ、部員みんなが帰ったあと、1年生の頃のように後輩共々部長によってしこたま怒られるのだが、それはまた別の話。


夏祭りとか、SECRET BASEとか、夏だったり夏の終わりを感じさせるものが好きです。

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