表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

お狐さまとこけしちゃん

お狐さまと月見ちゃん

作者: 芦川玲

登場人物:九尾の狐と女子中学生

 懐中電灯の白々しい光にすがって、黙々と登る石段の先。狐火の灯る境内にたどり着く。マツムシの合唱に枯葉の絨毯。誰も手を入れない寂れた神社の、古ぼけた賽銭箱の前に、九尾の狐が鎮座していた。


「お狐さま、こんばんは」

 言って、お狐さまの隣に座り込む。そろそろお尻が冷たい時期になってきた。なにか対策を練らないとな、なんて考える。

「おや、本当に来たのかい」

「もちろん。ちゃんと許可とって出てきたよ」

 どうやらお狐さま、私が来ないと思っていたらしい。その割に点っていた狐火は、ちょっと理由が不明だけど。

 まあ、これは優しい人だから。



 時刻は六時半。藤の空がじわりと紺に染まり、カーディガンなんかが一枚欲しくなってくる時間だ。


「晴れてよかったね」

「晴れるさ。この日は必ず晴れるんだ。ずっと前からそう決まっているんだからね」

「ああそう。それはいいね」

 適当に相槌をうって、持ってきたスクールバッグの中身を取り出す。

 魔法瓶、紙コップ、そしてお団子。カーディガンは忘れた。


「お団子は市販の三色団子だけど、お狐さま食べられる?」

「団子は好きだよ。でも饅頭の方が好きだ」

「月見にゃ団子よ。他は邪道。そうやって相場が決まってるでしょ」

 なんにせよ食べられるなら良かった。


「熱い日本茶は? 狐は猫舌じゃないんだっけ?」

「動物は基本猫舌だ。それにしてもお前、俺に狐のまま茶を飲めと言うのかい」

「え、やだ、化けるの」

 思わず心の声が漏れてしまった。

 そっか、確かに前足でコップ持つのは大変だ。化けられると私が大変なんだけど。


「まさかお前、俺が懸想している男に化けたのを、まだ根に持っているのか」

「なっ、違います! 別に好きじゃなかったし、根に持ってなんかないし!」

 必死に否定したが、鼻で笑われてしまった。くそ、なんでまだ覚えてるのよ。

「心配しないでも、今のお前の懸想相手なんて知らないさ。北里、だったか。あいつの顔はまだ覚えているが」

「名前を出すな!」

 ばっちりじゃないか。私だって彼の顔はもうぼんやりとしか覚えてないのに。

「まあまあ、同じことは二度とはしないさ。それに化けるのも久しぶりだ。さすがに他人の顔になりたいとは思わん」

 同じことは二度とはしない。一時期、私に会うたび某○里くんの姿をとっていた人とは思えないセリフだ。


「別に、いいよ」

 それでも私が是というまで化けないのがなんとも。

「うん、ありがとう」

 笑って、お狐さまの姿が消える。錯覚かと思うほどの一瞬見えなくなって、瞬きすると、そこにはもう男があぐらをかいている。相変わらず早い。アニメのような効果音も、漫画のような小道具も、小説のような呪文もない。狐だったのが嘘のよう。


「最初は狩衣着て登場したのにねえ」

「他に人間を見てこなかったんだから仕方ないだろう。俺の知ってる最新の衣服はあれだったんだ。神社の参拝客なんて目に止めなかったんだから」

 昔のことを持ち出すと、むすっとした顔で言い返された。人間の顔は、感情の変化がわかりやすい。

「それが今ではTシャツにジーンズ……。成長したねぇ」

 からかって頭を撫でようとすると、なんとお狐さまの頭のてっぺんに手が届かない。しまった。自分の身長が伸びしろなしの159センチだったのを忘れていた。

 頭一つ半分高い長身男は、立って見合えばさながら壁だ。


「うん? 撫でないのか」

 お狐さまがきょとんとした顔で私を見る。待機してたのか。

「――お狐さまの身長が悔しくなったので撫でません。お団子食べます」

「チッ」

 舌打ちされた。なんだこのガラの悪いイケメン。


 ともかく、お団子パックの蓋を開ける。三色一本が三本入りだ。

「お狐さまが二本、私が一本ね」

「俺は別に一本でいい」

「片方はお供え物だよ。月よりお狐さまの方がご利益ありそうだし」

 そしてお茶。魔法瓶から持ってきた紙コップ二つにお茶を注ぐ。私のはコップを重ねて二重にした。熱さのあまりこぼしたら洒落にならないし。

「はい、お茶。熱いよ」

「……?」

 差し出すと、不思議そうに見つめ返された。

「俺のは二重にしてくれないのか?」

 生憎とコップの予備はなかった。



 ~~~~~~~~~~


 結局二人して一重で我慢することになった。どこかの大人気ない狐が「平等でないのはダメだ」と言って譲らなかったせいだ。素直にお揃いがいいって言いなよ。おかげで熱くて持てやしない。

 コップは足元にそっと置いた。



 さて、お月見である。東から昇った月は、もうずいぶん高い位置にある。

 澄んだ空に映える金色は、『ぽっかり浮かんでいる』というより『上から吊るされている』。こんなに質量のある月光の源が、浮かぶほど軽そうには見えない。


「荘厳だな」

「うん。――お狐さまでもそんなこと言うんだね」

「どういう意味だ」

「お狐さまプライド高そうだし、なにかを荘厳だなんて言わないのかと」

 思っても口にしない人だと思っていた。誰かの前で認めるのは悔しい、みたいな。

「お前の中の俺の人格が歪んでいる気がしてならない」

「本物は歪んでないと?」

「今日のお前は口が悪いな」

「月の光のせいだよ」

 もしくはお狐さまがそんな姿をしてるせいだ。団子を一口かじって、咀嚼する。


「それにしても綺麗だねえ」

「中秋の名月、というくらいだからな」

「十五夜お月さま、見て跳ねる」

 少し節をつけて歌う。昔は音程がとりにくくて苦手だったっけ。

「俺は跳ねないからな。あれは兎だ」

「残念」


 お狐さまはもうお団子を食べ終わって、お茶を少しずつ減らしている。全然熱そうじゃない。やっぱり必要ないんじゃないか。一人で二重コップにすればよかった。


「ところでお前、十三夜を知っているか」

「なにそれ? おととい?」

 十五夜の二日前のことだろうかと思って言ってみたが、どうやらまるで的外れらしい。笑ってむせたお狐さまが顔を逸した。ふん、背中なんてさすってやらない。


 団子の最後の一粒を嚥下して、パックごと鞄にしまう。


「その逆だ。一ヶ月ほど先に、今日に次いで月の綺麗な晩がある。それを十三夜と呼ぶのさ」

「ふうん。十月かあ。寒いね。その時は肉まんも持ってこよう」

「お茶は玄米茶で頼む」

「注文の多い狐だなぁ」

 私は普通の緑茶が好きなのに。こっそり梅こんぶ茶でも用意してやろうか。

「その分帰りは家まで送ろう」

「家の近くまでなら乗った」

 玄関には表札がつけてあるしね。

 さすがに姓名を知られるのは避けたい。腐っても九尾狐。人を化かす悪弧に違いはないし。


「よし、わかった。それでいい」

「交渉成立で」

 ほんのり温かい日本茶を飲み干し、立ち上がる。喉がほこほこして気持ちいい。

「じゃあ今日は、このへんでお開きにしますか」

 お狐さまにコップを催促すると、彼はちびちびと飲んでいた残りの緑茶を飲み干した。

 まだ飲み終わってなかったんだ。




「そんなことよりお前、ご覧よ」


 紙コップをこちらに差し出しながら、お狐さまが頭上を指さす。


()()()()()()()()()()


 伸ばした指先がかすかに触れている。早くコップを受け取ればいいものを、身じろぎもしない私は阿呆か。

 対する彼はどうだ。にこにこと笑って、綺麗だという月を見ようともしない。

 これだから化けたお狐さまは嫌いだ。


「……ええほんとうに」

 それはもう。



(本当に、怖いくらいに月が綺麗で)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ